038. 二人と一匹01
翌朝、サフィの部屋をノックする人影があった。
「サフィさん、おはようございます。もう起きてみえますか?」
ギルド内に用意されたサフィの部屋は遠方からの来客向けに用意された客室であり、組合の奥まったところにある。当然一般の人間が簡単に立ち入ることができる区域ではない。
「はい、起きていますよっと」
そんな声とともに、内側から部屋の扉が開く。扉の前まで跳ねるようにして移動したのだろうか、ほのかに髪と尻尾が揺れている。
「えっと、トーシャさんでしたっけ?おはようございます。どうかしたんですか?」
部屋の前にいたのは一人の女性。以前カイリと組合受付へと行ったときに、組合の仕組み、主にランクなどについてサフィに説明を行ってくれた女性だった。そんな彼女の名前を記憶の中から呼び起こし、要件を尋ねる。
「えっと、組合長からの手紙を預かっています。サフィさん宛と、カイリさん宛に1通づつ。カイリさんへのものはサフィさんに渡して構わないと言われているのですが、こちらもお渡ししても大丈夫ですか?」
そう言って差し出されたのは2通の封筒。手紙が入っているらしいその封筒は、中身が見えないよう、しっかりと厚さのある紙でできている。
「はい、大丈夫です。確かに受け取りました」
そう言って、サフィはトーシャの差し出した手紙を受け取った。
「ありがとうございます。カイリさんにもよろしくお願いしますね。今日もお怪我のないよう、気を付けてください。それでは失礼します」
そんなサフィに対してトーシャは微笑み、一礼をして踵を返す。
「綺麗なお姉さんの笑顔を朝から見ることができた」と朝からご機嫌になったサフィは、ほんわかとした雰囲気で、されどもてきぱきとした歩幅で去っていくトーシャの後姿を清々しい気持ちで見送ったのだった。
「えっと……手紙って言ってたけど、なんだろう」
部屋に戻ったサフィは2通ある手紙のうち、自分宛のものを開封する。
「ランクの更新……?手続き等をしたいから、時間のある時に受付でその旨を伝えるように、と。なるほど?」
手紙の内容を確認したサフィが首をかしげる。先日登録したばかりだというのに、といった疑問が浮かぶものの、その是非を確認する相手はいない。何をするにしてもまずはカイリと相談してからにしよう。そう考えたサフィは、そのまま身支度を整えるのであった。
組合のロビーに向かうと、すでにいつもの定位置にカイリがいた。サフィも適当に朝食を注文して席に着く。
「おはよう。えっと、それは──どうしたの?」
挨拶の言葉に続いたのは疑問だった。その視線は、空いた席に丸くなって陣取り、気持ちよさそうにすやすやと寝ている白い猫に向けられている。カイリはおはようと返し、状況を説明する。
「いや、実は最近よくうちの前で日向ぼっこをしてたんだ。今日も家を出るときに門の上にいてさ、それで昨日の話もあるし、どうせだから話をしようとここまで連れてきた」
「なるほど、そういう事ね。じゃあ、ひとまずこっちの話からいいかな?」
状況に理解を得たサフィは、そう言って先ほど受け取った手紙をカイリへと差し出す。
「今朝トーシャさんが、私のところに持ってきたの。組合長さんからだって。これがカイリ宛ての手紙」
「ぼく宛?なんだろう」
いくつか内容の想像をしながら、カイリは受け取った封筒を開き内容に目を通す。2、3分ほどでその手紙を読み終えると、その内容を共有するために口を開いた。
「なるほど、どうやら森の警戒をしてほしいみたいだ。この前の騒ぎにはひとまずケリはつけたものの、完全に鎮静化したとは判断しきれないみたい。その確認も含めて、森の中の見回りと魔獣の討伐を依頼したいってことらしい」
「臨時の依頼……ってやつ?そういう依頼って、いつも手紙で来るの?」
「いや、いつもは受付で、かな。組合証とかで個人を認識した時に伝えられるんだ。こうやって、わざわざ手紙を出すようなことはほとんどないね」
「そうなんだ。じゃあ、これも珍しいことかな?」
そう言って、サフィは自分に宛てて渡された手紙をカイリへと差し出した。
「これは……これも特例じゃないかな。少なくとも、登録直後に昇格なんて話は聞いたことがないから、何かしらあったんだと思う。ひとまず、後で受付に行ったときに手続きだけしちゃおうか」
そう言ってこの後の予定に組み込んだ。
2人がちょうど朝食をとり終わるころ、タイミングを見計らったかのように、椅子の上の毛玉がもぞもぞと動き出した。
くわっ、と大口を開けて伸びをすると、椅子の上に座る姿勢をとり、カイリとサフィに視線を向けた。
「用事を済ませるから、そうしたら街の外まで一緒に来てもらってもいいかい?」
そんなカイリの言葉を聞いた元毛玉は、言葉を発することなくこくりと頷いた。
知った顔を見つけ、サフィたちはその受付へと向かう。その足元にはハクが付き従っている。
「トーシャさん、今朝はお手紙ありがとうございました。その件でお手続きをお願いしたいんですが、大丈夫ですか」
サフィにそう声をかけられたトーシャは「はい、どうぞ」という明るい返事とともに続きを促した。
「えっと、今朝受け取った私とカイリ宛ての手紙の内容なんですが、それぞれこういった形で──」
そう言って手紙の文面を見せながら、その内容を伝える。
「──私の組合証の更新と、カイリへの緊急の依頼になっていました。なので、それぞれの手続きをお願いしたいと思って」
「そうなんですね。分かりました。確認するので、少し待っててくださいね」
そう言うと、トーシャは一度組合の奥に確認をしに行った。
5分もたたないうちにトーシャは席に戻ってきた。
「お待たせしました。先日の貢献をもって、組合長側でランクの更新を進めたみたいですね。サフィさん、組合証のほうを見せてもらってもいいですか?」
その言葉を受けて、サフィは自分の組合証を取り出しトーシャに手渡した。
「ありがとうございます」
そう言ってトーシャは差し出された組合証を受け取る。そして裏面を確認すると、もう1枚の組合証を机の下から取り出した。
「確認しました。こちらがサフィさんの新しい組合証になります」
そう言って新しいカードを手渡す。受け取ったサフィが裏面を見ると、対魔獣戦闘がCに、対人戦闘がDに上がっている。また特記事項には第零種との記載が増えていた。
「あれ?第一種はともかく、第二種も上がっているんですが?」
「ああ、それですね。どうやら組合長が組合員を使って確認をしていたみたいで、その資格在りと判断したみたいですね。それにしてもこの速度で認可というのは異例ですが」
そのトーシャの回答を受け、サフィの頭には2人の人影が思い浮かんだ。そんなサフィをよそに言葉はもう少し続いた。
「古いカードについてはこちらで処分させていただきますね」
トーシャはそう言うと、手元に残ったサフィの古い組合証を事務用のシュレッダーで破砕した。
「これでサフィさんの用件は完了ですね。えっと、次はカイリさんの方になりますね」
そう言ってカイリの方へと視線を移した。
記憶の彼方にあるトーシャさんの登場回→11.異変01




