037. 純白の猫04
「サフィはどう思う?」
部屋の中にいるのはカイリとサフィの2人のみ。ハクは、一通り話し終えると「返事はまた聞きに来るよ」と言って外へと出て行った。そのためカイリとサフィは部屋の中で、ハクについてどうするか話を継続していた。
「私はいいと思うわ。彼も私と同じ立場で困ってるみたいだし。何より、伝手はあったほうがいいと思う。昨日の魔獣のこともあるし、人手というか、力があることに今は越したことはないんじゃない?それに彼の力も私と同等にだとしたら、ふらふらされるよりも分かりやすいところに置いておきたいんじゃない?まあ、今日の振る舞いから人柄を見る分には悪い人には思えないし、パーティーを組む分には問題ないと思うわ。傍目からは3人パーティーには見えないだろうけど」
サフィは、もしカイリという人物と出会うことなくこの世界を彷徨うことになっていたら、と考える。今となってはそれを察することしかできないが、きっと心細く、少なくない不安を抱えることとなっただろう。人としてある自分でさえそうだ。それが猫という立場となれば、その難易度は跳ね上がるだろう。自分であれば誰かとのコミュニケーションも憚られ、頼る者もなかったに違いない。サフィはそんなハクに、自分がカイリにそうしてもらったように、何かしらの助けになりたいと思っていた。
そんなサフィの思いを知らずして、カイリも自分の考えを述べる。
「ぼくもそう思う。変異個体も1体取り逃がしてるし、これから何があるか分からない。何かあったときに対応できる人を確保しておくのは重要だね。まぁ、利益ばかりに目がいってるけど、単純にぼくが首を突っ込みたい、っていうところもあるかな。いろいろ思うところがあってさ」
2人の意見の方向性は一致しており、時間をかけずしてハクを迎え入れる方向で話は進んだ。
ひとまずのまとまりを見せた話題は、自然と先ほど聞き及んだ題目へと移り変わる。
「それにしても勇者か。話が膨らんできたね。サフィは勇者ってなんだと思う?」
「私は──なんだろう。ひとまずは、すごく力を持っている存在、みたいなのでいいんじゃないかな?見分け方としては、私みたいに突然現れた人で、世間の常識が抜けている人──ってかんじかな?」
そう言いながら、「猫もいるみたいだけど──」とさりげなく付け加える。
「多分そうなんだろうね。もっとわかりやすい指標みたいなのがあればいいんだけど、そんな都合よくないよね。それが恐らく6人か。サフィレベルの能力を持っているとなると、悪用する人がいないといいんだけど、って思っちゃうな」
「そうね。多分力だけで言ったらこの世界でも上の方に食い込むみたいだし、驕って妙な気を起こしたりする人がいないといいわね」
そんな風に、勇者という存在に思いを馳はせながらも時間は過ぎてゆく。気が付けば窓の外で陽は落ち、星々の瞬きが空を覆い始めている。時計を見ると夜の8時ほど。カイリはギルドまでサフィを送り、夕食を一緒に摂ることにした。
カイリとサフィと囲む机の上には、メインとなる皿が2つ置かれていた。
1つは熟成豚ロースかつ。適度な時間、温度で肉を寝かせることによって熟成させた肉は、タンパク質分解酵素の働きによってうま味となるアミノ酸が増え、肉質も柔らかくなる。サクッと揚げられた衣は厚すぎず薄すぎず、軽快な食感を生み出している。断面にはほんのりと赤みが差し、絶妙な日の入れ加減が窺える。またその断面は、ほんのりと香る脂と肉汁できらきらと輝いており食欲を煽る。店側で一口サイズに切られた状態で提供されたかつは、衣と肉が一体となった状態を保たれており、衣がはげることなくかつを堪能することができる。店特性のさっぱり目に仕立てたソースが、肉のひと噛みごとにあふれ出る脂身のくどさを濯ぎ、お互いの甘みを引き立て合った。付け合わせには刻んだキャベツとポテトサラダ。数切れの肉を運んだ後に手を出すことで口の中の味をリセットし、もう一度最初から肉を堪能することを可能にしていた。
もう1皿はビーフシチュー。野菜と肉をコトコトと煮込んだであろうデミグラスソースは、雑味でその味を曇らせることなく、それぞれの良さを万全に引き出していた。野菜の風味と甘さに肉のだし。それらが一体になり赤ワインと合わさることで、一口ごとに風味豊かな香りと凝縮されたうま味が押し寄せる。シチューという海の中に浮かぶ小島は牛すね肉。そこに添えられているのはブロッコリーと人参だ。ナイフがその重みだけで沈むほどに煮込まれた牛すね肉は、食べるときには余計なことを考えず、その味を堪能することだけに集中することを良しとする。グラッセもかくやというほどに甘みを引き立てられた人参は、ビーフシチューを絡めることでその風味をさらなる高みへと引き上げられ、単調なまま手が進むことを許さない。絶妙な茹で加減に仕上げられたブロッコリーは、人参とは違った優しい甘さを引き出されるとともに、はじけるような食感が際立つ優秀な役者だ。そういった面々が揃ったこの一品は、シチューの中にごろっと転がる肉の塊に対して、添えられた野菜が彩りを加える、見目もきれいな一皿と仕上がっていた。
カイリはロースかつを、サフィはビーフシチューをそれぞれもくもくと口に運ぶ。
一日中体を動かしていた彼らにとって、食べるというその行為は、翌日への栄養補給と同時に、自分へのご褒美でもあった。そうして翌日への鋭気を養うのだ。
今日も今日とて2人の皿はあっという間に空になる。その皿を前に2人は翌日のことについて言葉を交わした。
「ひとまず、明日ハクと会ったら今日の話を改めて伝えようか」
「そうね。方針はある程度決まったわけだし、それは伝えておいた方がいいわね」
そうして、翌日また組合で落ち合うことを約束し、今日も2人は解散するのであった。
……決して食事回ではありません!




