036. 純白の猫03
「くそ、どこまで話をしたのか忘れたじゃないか」
そんな苦言とともに、話は再開される。
「えっと、確か俺とサフィが勇者だってとこまで話したんだっけ」
そんな自問に対し、カイリとサフィは「そう」と答える。
「一応なんだが『勇者』ってのは、あくまでそういわれる存在と並ぶ力を持っている、というだけだ。俺たちは聖人じゃない。私欲もある。もちろん誰かのために動く義務なんかないし、そんな義理すらないんだ。そこは履き違えるなよ。俺たちはこの世界で生きることになった、力があるだけのただの人間だ」
そう前置きして言葉を続ける。
「そんなわけで、俺たちみたいな存在は全部で6人。それぞれの街が1人ずつ抱えてるってわけだ。その街に留まってる奴もいるだろうし、俺みたいにふらふらしてる奴もいる。もしかしたら、お偉いさんとかに囲い込まれてる奴もいたりしてな。まあ、この世界で何をするにしてもそいつの自由だし、俺は特に口出しをするつもりはない。それに、多分だがサフィもそう言われたんだろ?」
そう最後の部分を強調して、わざわざサフィに視線を送る。それをされた側のサフィには、「ああ、やっぱりこの人も──」という思いが浮かんだ。
「ちょっといいか?さっきから勇者とは言っているが、話の中の勇者は、世界が危機に瀕した時に現れた、ということだ。それはいくつもある話の中で、数少ない共通している部分なんだ。もしハクやサフィが勇者みたいなものなら、今は世界の危機、という事なのか?」
カイリが口にしたのは、かく当然の疑問だ。
「その可能性は捨てきれないが、俺は少なくともないと思うぜ。サフィならわかると思うが、俺たちをそれぞれの街へ招いたのは、常識から外れた存在だった。そんなのの考えは、俺たちの物差しじゃあ測れないだろうよ。もし何かしらの理由があったとしてもだ、俺たちをこの世界にほっぽり出して、言った言葉は好きにしろだ。これで何かしてほしいことがあるってんなら、指示出しが下手くそにもほどがある。これならまだあの上司の『バグ、いい感じに直しといて』のほうがマシまであるぞ……」
後半は何か別のものに対する不満をぶつける形になっていたが、それを察することのできる者はこの場にはいない。間をおいて少し冷静さを取り戻したハクは、続きを口にする。
「まあそんなわけで、この世界が危ないなら、俺たちより先にもっとあくせくするべき連中がいる。それに先んじて俺たちがざわついても、いいことはないさ。俺は言葉通り、自由にやらせてもらうだけだ」
「自由にって言うけど、具体的に何をするの?何か目的とかを立ててるの?」
ハクの言葉を聞いたサフィは、疑問に思った点を問う。当てもないこの世界で、青の街までやってきたハクに対し、何を思って行動を起こしているのか聞き
たかったのだ。
「特に決めた目的があるわけじゃない。せっかく目にした新しい景色だし、まずはこの世界を知りたいと思っただけだ。そう思って昼寝をしてたら、荷物に紛れて馬車に積まれたらしくてな──あとは聞くな……」
そう言って目を細めた。少々おいて再び目を開くと、
「ま、結果青の街にたどり着いたから人間万事、塞翁が馬。せっかくだしお仲間を探してみようと思ったわけよ」
と、結んだ。
「サフィ、思うんだけど──」
「大丈夫。私も、多分同じことを思ってるわ」
2人の思考は「この猫、思った以上にダメな子かもしれない」という点で一致した。
「それで本題だ。よければ俺も、2人と一緒に行動したいと思っているんだけど、だめか?」
ここまでの話の流れで、前置きのようなものは終わったのだろう。ハクは本来の目的であろう題目を押し出した。
「正直なところ、知らないことが多くてな。手探りな部分ばかりなんだ。世界を見て回りたいのもあるが、それにしても何が危険とかの知識もない。加えてこのなりだと、誰かに教えを乞うこともままならなくてな。そういうところも含めて、同じ境遇の奴なら、まあ、共感してくれる可能性が高いだろ。加えて、もし案内人付きなら、俺としてはこの世界の知識にもあやかれる。そんなわけで、一緒に、パーティにー入れてもらえたらと思ってるわけだ。俺と一緒にいる事でそっちに何かメリットがあるかと言われたら怪しいし、無理にってわけじゃない。俺が何かの役に立つか、って言ったらそれこそ未知数だしな。現状、多少の戦力になる程度だろうが、そっちにすでにサフィがいるならそれも十分だろう。だからまあ、後はそっちの判断次第だな。幸い俺は時間があるから返事は今すぐじゃなくていい。2人で考えて出してくれたらいいさ」
本題を切り出したハクは、その要望の可否を2人に託した。
「その間、ハクはどうするの?」
「なに、その辺をぶらぶらとでもするさ。この街も意外に広くてな。適当にぶらぶらするだけでも意外と時間が潰せる」
その話を受けて、カイリは考え込む。最近の自分の周りで起きていることは、今まで経験のないことの連続だ。それこそ、不可解なとでも言い換えられるほどに。
そんなカイリの頭を1つの記憶がよぎる。失踪した母親が幼いカイリによく言っていた言葉だ。
──不思議な出来事が起こったのなら、どんどんそれに首を突っ込みなさい──
その言葉の裏にはどんな意味や含みがあったのか、それをカイリは知らない。昔から母がよく口にしていたのだが、その真意を尋ねる機会を得る前に母親は父親共々失踪してしまったのだ。母親が何かしらの未来を見据えてその言葉を言っていたなどと、そんな御大層なことを口にする気はない。が、その言葉はカイリの行動方針の一角を無意識のうちに形成していた。だからこそ、サフィの件についてもその場で快諾に至ったのだ。それを踏まえての現状である。今更1人増えたとことでというのもあるが、この出来事に首を突っ込むことに、不思議とカイリに抵抗はなかった。結果、
「その件については、ひとまずサフィと相談するよ」
カイリはハクにそう答えた。さすがにカイリ1人で決めるべき事柄でもなく、サフィと改めて相談しよう、そう考えたのだった。




