034. 純白の猫01
突然の出来事に、カイリもサフィも一瞬何が起きたのかと手を止めて視線を上げた。聞こえてきたのは、男性を思わせる気持ち高めの声。反射的に、誰かが声をかけてきたのか、と思ったからだ。しかし近くに人影はなく、誰かに話しかけられたというわけではないことをすぐに理解する。そもそも言葉の内容からするに、視線を向ける方向が間違っていることは直ぐに理解することができた。
「こっちだ、こっち」
再びしたその声に従い、その方向へと視線を落とす2人。
「そうだ。俺だよ」
そこには言葉を発する白い猫がいた。
「猫が──しゃべった……?」
カイリとサフィに緊張が走る。膝から転げ落ちるのも気にせず、カイリとサフィは瞬時に立ち上がり、猫から距離をとった。
「おいっ、危なっ!」
そんな言葉とともに、変な体制で膝から転げ落ちたにもかかわらず、白い猫は本能のまま態勢を整えて着地をした。
「しゃべる……猫?変異個体なの?」
「にしては、どこかおかしい──気はする。何か仕掛けてくる気配もないし、コミュニケーションをとろうとしてきた感もある」
何かあればすぐにでも能力を使えるよう態勢を整えて言葉を交わすサフィとカイリ。そんな2人を青と白、左右で異なる色の瞳に写しながらその猫が口を開く。
「おいおい、いきなり剣呑だなぁ。さっきまで、散々撫で回してたじゃないか。そっちの兄さんに至っては、毎朝律儀に挨拶までしてたのに。今更警戒されても、こっちとしても困るんだが──」
そんなことを、のうのうと言ってのけた。
「生憎なんだが、言葉を話す動物にはつい最近苦い思い出があってな、そう簡単に気を許せないんだよ」
カイリが視線を逸らさないように、警戒を払いながら猫に答える。カイリとしても、言葉を話す変異個体の話を昨日聞いたばかりだ。得体のしれない猫に対し、警戒するなというほうがむつかしい話である。猫は、はあと嘆息し、視線をサフィに移した。
「おーい、そっちの子なら多分わかるだろ。なんてったって俺と同類だ。そっちの兄さんのこと、ちょっと説得してくれないか?こんな空気じゃ、落ち着いて話もできない」
その言葉にサフィは反応をする。同類。その単語の意味するところがサフィの考え通りなら、この猫も自分と同じ境遇なのかもしれない。そんな思考が頭をよぎったのだ。それならば、ぜひとも情報の交換がしたい。そんな感情がサフィの中で膨らんでいく。
「カイリ、待って。その猫の話、詳しく聞きたい」
そう言いながら、サフィは警戒をしたまま猫へと歩み寄る。カイリはそんなサフィを見て何かを察する。そしてサフィに倣い、警戒を怠ることなく猫へと近寄って行った。
「そんな警戒せんでも、取って食ったりしないって」
とは猫の弁である。ひとまず話をしようということで、噴水脇にあるベンチにカイリとサフィが座り、その正面の地べたに猫が座り込む、という奇妙な図画でき上がっている。カイリたちの雰囲気が未だピリピリしていることを察せる猫にとっては当然の反応と言えなくもない。
「でだ。とりあえず、その話の方を聞きたいんだが」
とカイリが話を進めるように促した。
「その前に、だ。そっちの子、サフィでいいんだっけか?このカイリって兄ちゃん、どこまでの関係者だ?」
その問いに戸惑ったのはサフィだ。自分たちの名前を知られていたこともそうだが、カイリとの関係性まで、何かしらの当たりをつけていたことに、より強い衝撃を受けた。何とかその戸惑いを内に秘めつつ、答えを返す。もちろん、ある程度のぼかしを入れ、カマもかけてみる。
「手紙の名指しよ。あなたにはいなかったの?あと、どうして名前を知ってるのかも聞きたいんだけど?」
「それなら納得だ。だったら話は早い。ちなみに、俺に案内人は──いないよ。1人でこの街に来た。名前については、普段呼んでいるだろ?それを耳にしたから覚えてるだけさ。ほら、2日前くらいか?昼過ぎごろに俺をその辺の道で撫でていた時にも話をしていただろ」
その言葉には一瞬の間があったものの、内容が正しいことをなぜだか二人は納得することができた。1人という単語には引っかかりを覚えたものの、話には関係がないと考え、そこは2人ともがスルーした。名前の理由についてもそう。確かに2日ほど前、サフィに街の案内をした日、その道中に猫を撫でていた覚えはある。その時の会話で名前を呼んでいることは十分にあり得る事だった。
「どうだ、一旦の信用はもらえたか?」
猫はそう言ってサフィを見やる。それに合わせて、カイリもサフィへ判断を任せるとばかりに視線を向けた。
「多分だけど、大丈夫よ。信用できるかは分からないけど、少なくとも魔獣の類ではないわ。ただ、そんな前からずっと観察されていたことは納得してないけどね」
そんなサフィの断定に従い、カイリたちは警戒の糸を多少緩めた。
「信用してもらえたみたいで、痛み入るね」
ようやく張りつめた糸を、多少なりとも緩めてもらえたことに対して、少々の皮肉を込めた一言だった。
「ひとまずは自己紹介かな。ハクだ。よろしくな」
ハクと名乗った猫は現在、木で組まれた机の上に陣取って座っている。
場所は変わってカイリの家のリビング。「場所を変えて話をした方がいい。話している姿を見られたくないし、できれば他の人の耳がない場所で」というハクの進言により、移動した結果だ。カイリとサフィは机と組になっていたのであろう、同じ趣向のデザインで統一された椅子に腰を下ろしている。
「まず最初に聞きたいんだが、カイリ、そこのサフィ、どんな子だと認識している?」
そんな言葉から、その話は始まった。
「どんな子……っていえば、不思議な子かな?最初、能力は使えないって言うし、この街のこともあまり知らないみたいだった。そもそも、顔合わせにしても突拍子もなかったし。それに、たまによくわからない言葉も使ってるのもあるかな」
そんなカイリの評価を聞いて、サフィは少し羞恥を覚えた。自分では普通に振る舞うように気を付けてはいたが、やはりいろいろなところでぼろは出ていたらしい。それを気づきながらも指摘をせず、気づかないふりをしていたというのは、されていた側からすると非常に気恥ずしいものがあった。
「そんなもんだろうな。この世界の常識なんて知らないんだ。違和感のない振る舞いをしようとしても無理がある」
そんなハクのフォローもありつつ、言葉は続く。
「じゃあカイリ、本題だ──」
わざわざそんな前置きをして。
「──おとぎ話や伝説にある『勇者』って存在、聞いたことないか?」
案内人のくだり→005.青の街03
猫を撫でる2人→007.青の街05




