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033. 確認03

「へえー、イタリアン(・・・・・)のお店なのね」

店に入って席に着き、メニューを見たサフィの口を突いて出た言葉である。

以前アクアパッツァを頼んだお店は、メニューに様々な国籍の料理が並んでいた。この世界でどうかはまだ分からないが、少なくともサフィにはそう捉えられる品揃えだ。今回入ったヴィシーのおすすめというお店は、パスタやピザ、リゾットなどを中心にイタリア料理(・・・・・・)と呼べるものが、メニューにずらりと並んでいる。洒落(しゃれ)たお店のように複数品頼むような方式ではなく、一品で完結するような頼み方でも満足できる料理の品ぞろえは、随所に働く人々へ向けた気配りがよみとれる。店の入り口に緑白赤の旗こそないものの、サフィにとってこのお店は紛れもないイタリア料理店であった。


注文を終えて数分。カイリたちのテーブルには4つの皿が並んでいた。

カイリが頼んだのは茄子とベーコンのトマトソーススパゲッティ。油で揚げ炒めた茄子は黄色と紫が映えており、口に含むとしっとりとした甘みが広がる。ベーコンの塩気と風味が移ったソースは香ばしさが立ち、トマトの酸味が一口ごとにその味を洗い流してリセットする。好みで振りかけるチーズの絡め具合でまた、一口ごとにその味を楽しめる良さがあった。

サフィの前にあるのはペスカトーレだ。魚以外にもエビにいか、ムール貝など、様々な魚介のだしを主軸に()えたトマトソースが食欲を増進する。1つ1つの素材の味が違和感なく絡み合い、1つの味へと調和する。さらに海鮮から染み出した塩気が、だしと風味を違和感なく結び付け、一口ごとに潮騒(しおさい)をなびかせた。

エディの注文はボロネーゼ。うま味とともに香ばしさを出すためじっくり焼いたひき肉を、パサつかないように丁寧に赤ワインで煮込んだトマトベースのソースがスパゲッティによく絡む。口に入れると広がる肉のうま味とワインの芳醇(ほうじゅん)な香り、トマトの酸味と甘みが互いに喧嘩することなく調和を奏でる。一口ごとに畳みかけられるうま味の波は、それを口に運ぶ手を阻む思考を(ことごと)く否定した。

ヴィシーが注文したのはブッタネスカだ。娼婦風とも呼ばれるこのパスタは、アンチョビやオリーブを中心にして塩気(しおけ)が強く唐辛子と黒コショウをアクセントにした刺激的な味だ。麺に少し細めのパスタであるスパゲッティーニを用いることでソースの絡みをよくし、さっと炒めたパン粉を気持ち程度にまぶすことで、それがソースを吸い味の濃淡を生み出すことに成功している。

各々の手元に運ばれた料理を前に4人の口数は減り、食欲という欲求に駆られて黙々と手と口を動かすことになった。注文した品はそれぞれの嗜好に合致(がっち)したものであり、必然的にてきぱきと、皿の上はきれいになっていくのであった。


食事を終えた4人は、再び街の外れへと戻っていた。午前中で基本的な確認は終えていたので、ここからはその利用方法の確認だ。エディたちが合流したのも都合がよく、様々な視点からサフィの能力についてアドバイスを行うことができた。

「技に名前を付けたりしない?」

とはヴィシーの(げん)だ。

「技の名前、って、ヴィシーの蜘蛛糸の繭(コクーン)みたいなの?」

「そう。恥ずかしいからって、カイリもエディもやらない」

「えっと、名前を付ける利点は何かあるの?」

「かっこいいイメージが()く」

「ごめん、わたしもカイリとエディ派かな……」

というやり取りもあれば、

「こんな感じだとどうかな?」

と、腕から糸のように細く伸ばした水を見せながら、サフィが問いかける場面もあった。

例えば今など、ヴィシーの糸を真似たその形状をうねうねと動かしながら、何かに使えそうかと実戦経験豊富な面々に問いかけていた真っ最中だ。

「形が自由にできるのなら、鍵開けとかそういう細かい作業にも使えるんじゃないか?まぁ、あれは固体とかの、形をしっかり固定できないものじゃないと厳しいらしいが」

エディが水を自在に操るサフィを見てそんな感想を述べる。それを受けて、サフィの返答はこうだ。

「簡単な形ならいいけど、複雑な形はちょっと無理みたい。千枚通しみたいになら行けそうだけど、鍵や手みたいな複雑な形や作業はかなり厳しいと思う。ある程度の形をイメージしないといけないから、その範疇(はんちゅう)から外れる形は維持しにくいんだと思うな」

「そんじゃあ俺の能力みたいに、何か獲物をイメージしたらそれとして使えるのか?」

「なるほど、やってみるわね──」

そんな風にして午後の時も過ぎ去ってゆく。昨日の喧騒が嘘のように、街の背後で緑を(たた)える森には静寂が漂っていた。


空に陰りが差し始めるころになると、4人は街へと戻っていった。街の中に入りしばらく歩いたところ、噴水のある広間辺りまで差し掛かるとエディとヴィシーは別の用事があるとのことで、カイリたちとはここで別れるとのことだ。そんな2人に礼を言いつつ、その背中を見送ったカイリとサフィは組合へと足を運ぶのだった。


2つの背中を見届けたカイリたちの前に、ふと白い猫が姿を現した。その姿を見たカイリがすぐに気づく。

「なんだお前、最近朝によく見る子じゃないのか?」

そう言ってカイリはその猫を抱き上げようと、屈んで両手を伸ばす。猫は逃げる気配もなくその両手を受け入れると、されるがまま持ち上げられた。嫌がる気配もないその猫を抱きかかえつつ、カイリとサフィは噴水の(そば)に腰を下ろす。猫が好きな2人にとって、(たわむ)れの時間は至福も等しいものだ。カイリはそのまま膝の上に猫を乗せると指先で猫の顎を掻く。数秒の後、猫は目を細めて夢見ごこちな表情へと変わっていった。

「それにしても、能力(スキル)があるといろいろできるのね。今日1日でこれだけ収穫があるとは思わなかったわ」

カイリともども、猫を軽く撫でながらサフィが今日1日の感想を漏らす。

「そうだね。身体強化もそのまま使えるみたいだし、正直、戦闘に関してはかなり突出してると思うよ。それにヴィシーを見てるとわかると思うけど、水を操るのって相当汎用性(はんようせい)があるからね。使いこなせればすごく重宝すると思うよ。戦闘も人並み以上にできて汎用性も高いとなると、それこそ個人的に契約をしたいっていう人も出てくるんじゃないかな。今はまだ組合(ギルド)が何か抱えてるみたいだし知名度も低いから大丈夫だとは思うけど、何かのきっかけで名が売れたら引く手あまたになるはずだよ」

そうカイリが言うと、サフィは顔を(ゆが)めた。

「うへぇ、そういうのは苦手だからなあ。自由気ままにできたほうがいいな。多少収入とかが不安定でも、何かに縛られて生きるよりはやりたいことをやりながら生きていきたいわね」

「サフィがそういうんなら、きっと組合も悪いようにはしないさ。向こうもサフィみたいな人材には、誰とも知れない個人に抱えられるよりも組合に所属して活動してもらった方がありがたいだろうしね」

「そうね。都合よく組合長(ボストーク)さんも私の能力を耳にしてることだし、今度きっかけがあれば、その意向を伝えておくのも手かもしれないわね」

「サフィの挙げた戦果を考えれば、個人の下に所属させるなんてことは危なくてできないさ。無下にはしないよ、きっと」

「それはそうと、いい加減、ちょっと撫で過ぎじゃないかな?おふたりさん(・・・・・・)……」

カイリの膝の上から、呆れるような、2人の会話へと割り込む3つ目の声がした。


なんか食事回が多い気がする。多分気のせい。


え?スパゲッティとスパゲッティーニの違い?それなら麵の太さです。そうめんと冷や麦くらい大きな違いですよ!正確に言うならそうめんの細さまで行くとカッペリーニという別物になりますが……違う?

気になってるのはそこじゃないって?


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