031. 確認01
微睡の中で夢を見た。
なかなか寝付かない自分を膝に抱き、暖かく包み込んでくれた母親の腕。それは優しくあやすように、心地いいリズムで体を揺らしながら、いつも穏やかな口調で寝物語を紡いでくれていた。
難しく考えることはない。重要なのは物語そのものではなく、それを奏でる声色だ。優しく溶けていくその音は、幼いカイリを夢の世界へといつも優しく引き込んでいくのだった。
その物語の内容は──
自分の部屋、布団の中で目覚めたカイリは肩を鳴らしながら大きく伸びをする。コキコキと独特な音を感じながら体をほぐすと、先ほどまで見ていた夢が頭に浮かんだ。
「懐かしい夢だったな──」
普段通り身支度を整え家の門を出る。小さいながらも両親が残した一軒家だ。気持ちばかりに構えられている、簡素ながらもしっかりした門の上には、今日も1匹の猫が陣取っている。
「お前、相変わらずそこを気に入ってるんだな」
そう言って、軽く顎の下を掻いた。一週間ほど前からカイリの家の周りをうろつき始めたこの白猫は、最近はここが気に入ったのか、朝方はカイリの家の門柱の上で日向ぼっこする姿をよく見かけていた。人懐っこい性格なのか、近寄っても逃げようともしないのをいいことに、出かけ様にこの猫と軽く戯れるのがカイリの日課になりつつあった。
「いってきます」
と猫に告げ、カイリは組合へと向かう。
その背中をしばらく見つめていた猫は大きな欠伸をすると、青と白のオッドアイを閉じて再び日向ぼっこに精を出し始めるのだった。
組合におけるサフィの朝は身支度から始まる。袖の短いブラウスに腕を通し、ショートパンツからはぴょこっと尾が飛び出る。獣人用にとあしらわれたそれは無理なくサフィの尾を受け入れ、ふりふりと揺れる自由を担保していた。サフィがこの世界に来て数日、朝食はいつも組合のロビーにて済ませていた。体を動かすことが多くなった今、朝からしっかり食べて1日に望むように心掛けている。
一通りの身だしなみを整えると、朝食のために組合のロビーへと向かうのだった。
ロビーに着くとサフィに向かって手を振る人影が目に入った。こっちこっちと主張するその人影に近寄ったサフィは、そのテーブルへと着く。
「おはよう。今日も早いのね」
「おはよう。まぁ、習慣だしね」
そう互いにあいさつを交わすと、2人は朝食を頼んで午前中の活動に向けて体調を整える。結果、机の上には野菜や卵などが、これでもかと詰まったサンドイッチがいくつも乗っている。しっとりとしたパンと瑞々しい野菜、そこにコクの強いスクランブルエッグ。それらをからしマヨでまとめた味は、シンプルながらも食べる楽しさがある。またレタスとポテトサラダと挟んだものは、ポテトサラダに混ぜ込まれたアンチョビが適度な塩気を供給してその舌を飽きさせない。さっぱりしたものとしては、葉物野菜にスモークサーモン、チェダーチーズを挟んだシンプルなものもある。スモークされた風味とチーズの甘さが、シャキシャキとした食感に引き立てられて食べる者の手を止めさせない。
所狭しと皿の上に並べられたサンドイッチたちが、空腹を主張するカイリたちの腹の中に消えてなくなるまで、さほど時間はかからなかった。
食事を終えた2人は、今後の予定を話し合っていた。
「組合長さん、忙しそうにしてたね」
朝食をとっているときから、組合全体が、主に事務方を始めとした裏方が忙しそうにしていたのを目にしていたサフィが言葉を発した。
「そりゃ、昨日の今日だしな。あれだけいろんな報告があれば、忙しくもなると思うよ」
「それもそっか。私たちのところまで、そのドタバタが届いてないのは感謝するしかないわね」
本来であれば、直接その姿を確認し、戦闘まで行ったカイリたちが報告に巻き込まれるのは当然だろう。しかし、報告から日が経たない朝に、こうしてのんびり朝食を堪能できているのはボストークの計らいもあってのことだ。
「明日からは普通に過ごしてもらって構わない、って、どういう風の吹き回しなんだかな」
カイリたちの協力を遠慮し、日常に戻って構わないと言ったボストークの発現を怪訝に思うも、突いてヘビを出すのが嫌だったカイリはその言葉にありがたく従うことにしたのだった。「どうせ、なにか必要があればお呼びがかかるだろう」とも思っているので、その時はその時だ。
「予想以上に商隊の被害が大きかったのも、忙しさの原因だろうな」
発見・討伐された成獣の数は想定より多く6体。街道沿いの警備にあたっていた組合員らの報告によると、交易路からは総数40を超える遺体が発見されたとのことだった。それもあってか、山狩りを行った後も警備にあたっていた面々は、その安全が十分だと確認できるまでしばらく警備にあたるとのことだ。
「成獣って、本来であれば現れにくいものなんだよね?」
と、確認がてら疑問を口にするサフィ。
「ああ。組合で定期的に魔獣を狩ってるし、街道の警備もある程度している。街道を利用する正体を警護する組合員も、腕がある程度保証されているから、基本的に魔獣の被害は出にくいんだ。それで成獣の発生自体は抑えられている、といった感じかな。だから、魔獣によって人が亡くなる事態があれば、成獣は簡単に現れるとも言い換えられるかもしれないね」
成獣の発生頻度は人の努力の下に抑えられている。その努力が報われない時、成獣の脅威に多くの人を晒されるということを、カイリは改めて感じた。
「今回のあっちの?小さいほうに関してはどうなるのかな」
周囲への配慮から言葉を選びながらサフィが発言をする。うっかり変異個体という単語を出し、万が一にも騒ぎになることを防ぐためだ。カイリもそれを察して回答をする。
「それについては、それこそ組合長の考え次第なんじゃないかな。必要があれば招集がかかるし、ある程度様子を見て、問題が退いていきそうならそのまま保留になるかもしれない。街同士の情報共有に関しては、どこまでするかなんて上の方の考え方次第じゃないかな」
「そっか。じゃあ私たちがどうこう、っていう事にはならなさそうなわけね」
「ま、なったらなったときだね」
そう返すカイリもまた、逃した獣について思いを巡らせる。カイリ自身が刃を交えた変異個体ですら、その脅威は計り知れないものだった。その個体から生み出されたあの獣は、果たしてどれほどの力を秘めているのか。言葉を介すその存在は、果たして何を考え、行動をしているのか。少なくとも、カイリはその答えにたどり着く道標を持ち合わせていなかった。
また、変異個体そのものを圧倒したサフィについても確認したいことが山ほどあった。
「ところでサフィ、あの時の能力の検証は大丈夫?あれについてはぼくも初めて見たから、いろいろと気になるんだけど。ぼくの能力も含めて、よければ検証させてもらえないかな?」
「大丈夫よ。私も、あのときは無我夢中だったからどんなものなのかいまいちよくわかっていないの。それを把握するためにも、私からもお願いしたいな」
そうして、2人は街の外へと足を運ぶ。
街の外へ向かって歩くその姿を、遠巻きに見つめる小さな影があることに、2人が気付くことはなかった。
小さな影、なにものなんでしょうねー




