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025.サフィ・ブルームテール02

カイリとヴィシーは満身創痍になっていった。

サフィが変異個体の背から跳躍(ちょうやく)した個体に組み敷かれたとき、カイリはその焦りから一瞬攻撃の息を乱した。それは尾による不意の一撃をカイリにもたらし、その体を吹き飛ばす結果となった。カイリの不覚により戦況は乱れ、ブレスを吐き終えた変異個体はその尾を縦横無尽に展開し、軌道を予測できない攻撃を周囲に振りまきながらカイリに追撃を加えようとした。その意図を汲み取ったヴィシーは、変異個体に追撃を加え、カイリのフォローをしようとしたが、その糸は尾に絡み取られ、逆に吹き飛ばされる事態となってしまった。

カイリとヴィシーの視界の隅には、(とら)えられたサフィとそれを組み伏せる狼は均衡を保っているのが映る。すぐにその拘束を解いて戦線復帰をしないところを見るに、そう長くは持たないだろう。そんな推測はカイリにじわじわと焦りをもたらした。

ヴィシーの糸は、それが放たれるたびに縦横無尽に駆け巡る強靭な尾に絡めとられ、まともに機能していない。糸の片端(かたはし)に無理やり()わえ付けられた変異個体という大質量は、もう片端のヴィシーという質量に対して脅威となるには十分すぎた。


その後も猛攻は続く。横薙(よこな)ぎに振るわれる尾は頭上をかすめ、精霊の刃は(ほとばし)奔流(ほんりゅう)に消える。標的の両断を求める糸は空を切り、張り巡らせた糸は無為に絡めとられる。有効打といわれる有効打は(ことごと)くしのがれ、カイリとヴィシーの傷は体中に増えゆくばかりだった。体に響く衝撃はカイリたちの体力を大きく削り、その疲労を否が応にでも意識に昇らせる。意識してしまった疲労は蓄積を繰り返し、必然、ヴィシーたちの動きを(なま)らせることとなった。

糸による移動を制限され、素の体力がカイリに劣り、より経線時間が長かったヴィシーに先にその瞬間は訪れた。ヴィシーが尾の薙ぎ払いをステップで躱した瞬間、その踏み込みが甘く、重心の移動に(とどこお)りが生まれた隙を変異個体は逃さない。消えるとも錯覚する勢いでヴィシーの(かたわ)らを過ぎ去る瞬間、その尾の先端はヴィシーの脇腹を大きく削り取った。


ヴィシーが負傷したことで、形勢は一気に傾く。ただでさえ攻撃を複数人に分散させつつ、合間を縫って一撃を加えるという状況だった。そこでヴィシーが負傷となれば結果は推して知るべし。彼女を(かば)いながら、カイリが防戦一方になるのだった。ヴィシーは糸を用いて傷口を圧迫、応急処置を(はか)るも、傷が大きく止血にもならない。緩慢(かんまん)な動きになったヴィシーを庇い、カイリの生傷も増加の一途を辿った。尾の一撃を(かわ)し、ヴィシーへのひと振りは刃でいなす。そうして攻撃を凌ぐカイリにも、その時は迫る。

左右に駆けまわる巨躯(きょく)から放たれる一撃一撃が、正面から受ければその衝撃すらダメージになるほどに、カイリの節々は悲鳴を上げていた。精霊で強化した掌底ですれ違い様に突き出された尾を弾き、横に払われた尾を(かが)んで躱す。間を置かず、しかも斜め上から襲い来る3本目の尾を、カイリは屈む過程の姿勢で受け止めることを強要された。重心を地面に近くまで落としたカイリの上半身に、斜め上からの力が加わる。その力の流れに抗いきれなかったカイリは、尾を弾くことには成功したものの、その反動でバランスを崩し大地へと叩きつけられた。

起き上がる猶予(ゆうよ)は与えないとばかりに、変異個体の腕が、爪がカイリへと迫りくる。今まで的確な状況判断を以ってアシストを重ねてきた歴戦の糸使いは、すでにその視界が(かす)んでいた。


サフィは考えを巡らせる。

紋様を構成する要素。それは形と色だ。

この世界に来たサフィが目にした紋様は、すべて異なる模様をしていた。だが、そのすべてが青かったことで、紋様が青で描かれていることが普通だと思い込んでいた。

いや、記憶を掘り起こしてみると、この世界に来た直後、街中で興味本位に話しかけたエルフの女性。白い猫を抱えていたあの女性の、つい目が行ってしまったふくよかな谷間からは、翠色(みどりいろ)の紋様と思しきものが覗いていた。それはつまり、紋様にも色という概念があることに他ならない。

ならば──と、サフィは能力(スキル)を発動する。

意識するのは七芒星。蒼色(あおいろ)の七芒星だ。カイリやエディ、ヴィシーと共に拳を奮う中で、彼らの紋様を(つづ)る色は何度も目にしてきた。蒼穹(そうきゅう)を思わせる透き通った色。その色をサフィは思い描く。今まで無意識のうちに彩色していた紋様は改めて色彩を帯びた。

数メートル先ではヴィシーが血を流しながら地に伏し、変異個体の鋭爪(えいそう)がカイリへと迫っていた。


一陣の風が吹く。その風は肉体の一部を切断し、その飛沫(しぶき)をカイリへと浴びせかけた。

カイリへと迫っていた腕は切断され、その勢いを失って大地へと落ちていった。立ち上がったカイリは、頬へと飛び散ったその(しずく)を拭う。

「水……?精霊の……?」

飛び散った雫の正体が水だったと認識する一方で、その水を視たカイリの眼は、それが精霊で構成されていることを読み取った。カイリは風が過ぎ去った方向を、もとい、その水を生み出した張本人がいるであろう方向へと視線を向けた。

そこには四肢(しし)を使って大地を踏みしめ、澄みきった水で右腕を覆われた銀色の少女の姿があった。


「待たせてごめんなさい。ここからは、私がやるわ」


エルフの女性の谷間を覗いちゃうサフィちゃんはこちらから

004.青の街02


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