024.サフィ・ブルームテール01
『拍子抜けだな、青の転生者』
開いた口から発せられたのは、その禍々しい外見からは想像もつかないような中性的な声だった。少々の落胆を含んだその声色と言葉の内容に、サフィの意識は無意識に戦闘から会話へと切り替わる。
「──!?」
そんなサフィの戸惑いを意に介することもなく、その獣は頭をわずかに下に向けたままその瞳を下に向けて続きを紡ぐ。
『あの程度ということは、あれとはまだ会っていないか?それとも何もしていないだけか──』
誰に向けられたものなのか、その言葉は考えを巡らせながらひとりごちているようであり、わざとサフィに聞かせるようでもあった。言葉を構成する一音一音に理性や思考、感情が感じられ、まるで人が話しているかのような錯覚すら覚える。そこに先ほどまで命を求め獲物を襲っていた獰猛さは微塵も感じられず、いっそ別の存在だと言われた方がしっくりくるほどだ。
「それは……どういう……」
淡々と紡がれるその言葉に対し、滲む痛みを堪えながらサフィが疑問をぶつける。
『それは知らなくていいことよ。それよりもいいのか?このままだと他の者が死ぬぞ?今あれを斃せる可能性があるのは、この場ではお前だけだ』
「なんで……そんなことを私に……?」
『必要ない。必要なのはお前が今、どうしたいかだ』
獣はサフィの疑問を切って捨てる。そして赤い視線を動かすことで、未だ死闘が繰り広げられる場へとサフィの視線を誘導し、その意思を問うた。
──今、為すべき事は何か──と。
「……だめ……カイリたちを死なせない──」
その言葉で、その光景を目にしたことで、サフィの意識は再び戦闘へと切り変わった。その視界の中で、ヴィシーの服は大きく破れて血濡れになっており、カイリが猛攻を庇い致命傷にならないよう攻撃を防いでいる。
ここで縛られているわけにはいかない──と、サフィの精神は興奮状態になった。力のこもった視線で獣を睨みつけると、組み伏せられている上半身を支点に、下半身のばねを用いて獣と自分の間に足を滑り込ませる。その勢いのまま足を延ばし、獣の腹を力いっぱいに蹴り飛ばした。
獣は大きく吹き飛び、空中で器用に態勢を立て直すと四肢を以って大地に着地した。そのまま尻を地につけサフィを、いや一連の事態の顛末を眺めるような態勢に入ってしまった。そんな予想外の行動を見たサフィは、先ほどのやり取りも踏まえて襲撃の意思なしと判断、カイリたちの下へと駆けだしたのだった。
走りながらサフィは思考する。自分にできることは何かと。あの獣は言った。あの変異個体を斃せるのはサフィのみだと。では、未だ決定打を繰り出せないカイリ、ヴィシーにはなく、自分にあるものは何かと思考する。
まず思い至ったのはその肉体。長年の生活で戦闘に適応してきた彼らに対し、サフィのそれは幼いともとれる小さな体だ。それは世辞をもってしても彼らより優れているとは言えない。
次に経験。これも肉体と同様、未熟も甚だしいものだ。積み重ねもなければ、何かしらを裏打ちする技術もない。敢えて言うのであれば、未熟ゆえに繰り出される定石から外れる行動だが、そもそも定石とは行動を最適化した末に生み出されるもの。そこから外れた奇をてらう行動が、運よく打開策となることを期待するのは、未だ見ぬ機会をどぶに捨てるようなものだろう。
そして知識。これも違うだろう。元いた世界の知識はあるものの、この場で即座に活用できるものがあるかといえば、そんなものに心当たりはない。仮にあったとしても、それを見通した上で先の発言があるとは考えにくかった。
ともすると能力だろうか。カイリとの特訓の末に問題なく使えるようになったものの、未だ使いこなせているという実感はない。それは他の3人の能力の使い方を見て、体感して、痛感したことだった。様々な場面に合わせて、手をかえ品をかえ繰り出される彼らの戦い方は、現状ただ肉体を強化して殴るのみ、という戦闘スタイルのサフィが学ばなければいけない最たることだ。能力の使い方、ここを改めて掘り下げるのが最も可能性が高いという結論が、サフィの思い至ったところとなった。
カイリは何と言っていた、思い出せ──。
引き延ばされた思考の中で、サフィは必死に思考を巡らせる。
──能力を使うとね、周囲の精霊がひとつになって、紋様の形を作るんだ──
──能力を使っている間は、集まった精霊は融け合ってひとつの紋様として浮かび上がるんだ──
能力を使うためには、まず精霊が融け合って紋様の形を成す必要がある。自分の場合それは身体強化をするときであり、肩口に紋様が浮かび上がっている、とカイリが言っていた。では、他の人の場合はどうか。そう考えてさらに記憶を掘り起こす。
──ぼくの場合は目。ぼくがスキルを使うときは、この瞳に精霊が集まって紋様を形作る──
カイリのスキルの場合は自分の体。サフィと同じく紋様のある場所だ。自分の体に何かしらの変化を与える場合、精霊によって組み上げられた『紋様』は、自身の身体に刻まれた『紋様』に宿るのであろう。
──他には武器。剣とかの武器を能力で強化する能力の場合、精霊はその武器に紋様として刻まれる──
──エディみたいな物に影響する能力は、その物に宿った状態で精霊に文様の形を取ってもらわないといけないんだ──
エディのように、物に影響を与える能力の場合、自分の体にある紋様ではなく、その対象に紋様が付与されると考えられる。それはカイリの短剣にエディの紋様に似通った装飾を施していることからも察せられた。
ふと、そこであることが気にかかる。
「紋様を付与──?」
サフィ自身、何に引っかかりを覚えたのかすぐには思い至れずにいた。そこでその思考を掘り下げる。紋様を付与するということは、その付与される紋様は、それを構成する要素が満たされているということだ。では、紋様を構成する要素とは何か、と肩口に視線を流す。そこには円に内接する七芒星があった。能力を使うとき、自分はこの七芒星を意識する。散々地面に描いたその形状はすでにサフィにとって慣れ親しんだものだ。
「違う」
と、頭の中をよぎる。紋様を構成している要素は、形状だけではないと。そして過去の自分の言葉を掘り起こす。
──私にはその紋様の色が強くなる、っていうのはわからないけども──
そのことに気づき、もう一度蒼の七芒星に目を向ける。
紋様を構成しているもう1つの要素を、理解した。
回想の会話の場所はこちらになります。
009.街の外で02
019.山狩り05
008.街の外で01




