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023.成獣03

変異個体が大きく横に吹き飛ぶ。背中の小さな個体を直撃したサフィの拳は、その巨体を吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。

「大丈夫?」

サフィが3人の安否を気に掛ける。

「大丈夫だ。でも、あの一撃でも大したダメージは見込めないみたいだね」

カイリの返答を聞いてほっとするも、もうもうと立つ砂煙の中に平然と立つその姿を確認してわずかに口角が()()った。

再び変異個体が突進を仕掛ける。同じ手は通じまいと、今度は全員が射線から大きく退き様子を見る。それを予期していたかのように、変異個体は尾を地面に突き立て、4人の中心で強引に停止をした。そして再び立ち込める砂煙の中、カイリの瞳は黒い澱みの収束を見た。

「何か来るぞ!」

そんな警告も(むな)しく、目くらましとなった砂ぼこりの中から(ほとばし)る黒い奔流にエディが飲み込まれた。


「エディ!」

ヴィシーが声を荒立てる。普段の淡々とした口調ではない。その意識があることを確認するかのような叫び声だ。エディが黒い澱みに飲み込まれた瞬間、それを認識した(・・・・・・・)ヴィシーは反射的に手元を手繰り寄せた。黒い澱みから外れたエディは、その手にナイフは握られておらず、そのまま地に倒れ伏した。その体に損傷は見られないものの意識はなく、戦闘の続行は不可能であった。

「大丈夫、息はある」

糸を通してその生存を確認したヴィシーは、そのままエディを蜘蛛糸の繭(コクーン)で覆い戦線へと立ち戻る。

黒い奔流の発生源である変異個体の口腔(こうくう)からは、その残渣(ざんさ)が零れていた。


「今の、見えたか?」

そんな光景に奥歯をかみしめながらカイリは状況の分析を行う。

「見えた。エディ―が黒い何か(・・)に飲み込まれた。あんなのは初めて見る」

カイリが確認したかったのは2点。攻撃の兆候として視た(・・)黒い澱みの収束と、その後エディを飲み込んだ奔流。この2つをヴィシーとサフィが視認できていたかだ。

「私も。エディが黒いビーム(・・・)の直撃を受けたのは見えた」

「じゃあその前、攻撃の兆候で奴に黒い澱みが収束したのは?」

「そっちは見えなかった」

「同じく」

その回答を踏まえて、カイリは即座に推察する。

「多分、あの黒いブレス(・・・)は精霊に関係するもの……だと思う。それが実害ある形になって放たれてるんだと思う。躱すか、能力(スキル)での防御に徹して、間違っても物理的な手段だけでは防がないようにして」

そう2人に告げた。あのブレスの後、変異個体に収束していた澱みは消失している。加えてエディが発動していた能力(スキル)と、それに伴う精霊が攻撃を受けた直後には消失していた。これはカイリが戦闘で多用する魔獣の澱みと精霊の相殺(そうさい)に酷似していた。それを踏まえての推測だった。


実際のところ、その推測はおおよそ(・・・・)正解だった。変異個体の放ったブレスは魔獣が利用する|黒い澱みを物質化させたもの《・・・・・・・・・・・・・》であり、カイリの言うところの精霊(・・)と相殺する性質()持つ。そのブレスはエディの紋様に集まる精霊を消し飛ばし、そのスキルを打ち消したのだった。しかし同じく能力で生み出されたヴィシーの糸(・・・・・・)は打ち消されなかった。これは糸を構成する精霊をブレスが相殺するも、ヴィシーの紋様から随時精霊が供給されることでその構成を維持していたためであった。


そんな推測を的中させたカイリだが、状況が(かんば)しくないことに変わりはなかった。エディが倒れたことで焦りが生じたカイリたちに対し、変異個体はその隙を突こうとはせず、そのやり取りを睥睨(へいげい)するのみだった。余裕の表れなのか、わざわざカイリたちが冷静さを取り戻すのを待ち、次の行動を起こした。

カイリの眼に、再び黒い澱みの収束が映る。先ほどは立ち込める砂煙で解らなかったが、今度ははっきりと、その口腔に収束しているのが見て取れた。

「来るぞ!」

そう叫び、その化生(けしょう)の頭の動きに注意するよう促す。その注意から一拍遅れて再び迸った奔流は、ヴィシーへと狙いを定めていた。


カイリの警告によって、その兆候を察したヴィシーは間一発のところでその攻撃を躱した。反動が強いのか、そのブレスを吐き続ける頭の向きは固定されており、ヴィシーの動きを追従する気配はない。その攻撃の間、変異個体はその体を無造作にさらしていた。

カイリがその隙を逃すまいと精霊を宿した短剣で左後方から切りかかる。身体強化と組み合わせたその一撃は、並の魔獣であれば容易に両断できるほどだ。頭をブレスごとヴィシーに向けているため、その視界にカイリは入っていない。斜めに切り下ろす形でカイリの刃が変異個体の胴へと振り下ろされた。

ギンっと硬質なもの同士が衝突する音が響く。カイリの攻撃は変異個体の尾が()がれたことによって食い止められていた。カイリの動きを捉えていたのは背に生み出された2つの瞳だった。先ほどまでサフィを観察していたその眼差しは、現在カイリの瞳をじっくりと見つめていた。

不意に、背の個体の顔が笑みを浮かべた。妙に人間らしさを伴うその笑みは、生物的な嫌悪感を(もよお)す外見と相まって、全身を這い回るような怖気(おぞけ)をもたらした。カイリがその感情に支配された直後、笑みを湛えていた背中の個体が姿を消した。


ヴィシーへと放たれるブレスに合わせ、カイリが死角から切りかかる。それと同時に拳の一撃を放とうとしていたサフィは、気が付けば大地に倒されていた。

前方にいる巨大な狼を模した3本尾の黒い影、それを適正サイズにしたような姿を持つ個体が彼女を組み附している。異なるのはその額に水晶のようなレンズが浮かんでいることだろうか。

彼女の両掌は狼の爪に貫かれ、ずきずきとした痛みと共に赤い液体が(にじ)んでいる。痛みには慣れていないはずの彼女がその痛みに耐えられているのは、現状、本人には至れぬ疑問だった。

直後、サフィは視界の隅で、カイリとヴィシーが尾を振り回す変異個体に吹き飛ばされるのを捉える。それを待っていたかのように、サフィを組み伏す個体が口を開いた(・・・・・)


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