022.成獣02
状況は好転。カイリが多を引き付けている間に、サフィとエディが1体ずつ成獣を討伐する成果を上げた。魔獣も大幅に数を減らし、残るは成獣一体と魔獣数体といったところだ。
残る1体、サフィを背後から襲撃した個体は着地後そのままの勢いで距離をとり、現在4人をね睨めつけいる。
「何かおかしい」
そんな成獣の行動をカイリは訝しむ。
「襲い掛かってきたのなら、どうしてそのまま攻勢に出ない?特にあの1体に関しては、重ねて攻撃を仕掛ける機会はまだあったはずだ。それに何を仕掛けるにしろ、頭数があった最初が最も好機だった。成獣がその有利を何の考えなしに捨てているのはおかしい」
考えを共有する意味も込めて言葉に出すも、その回答はすぐに得られた。
「それもあるが、例の水晶、とられてるんだが?」
エディがその答に言及する。
気が付くと、彼らを相手取る成獣の尾は狼のものではなかった。今まで体の影に隠れされており気付くことができなかったが、3本あるその尾はそれぞれが不自然にたわみ、鞭のようにしなっている。尾の先はほんのりと膨らみを持っており、何かしらの器官であることが推察された。そして、よく見るとそれぞれの尾は割れた水晶の破片を巻き取っている。
「えっと、とりあえず嫌な予感がするんだけど?」
「奇遇だな、ぼくもだよ」
サフィが直感的に感じたことを口に出し、カイリがそれに追従する。
その感覚を肯定するように、成獣の尾の膨らみが広がり、水晶のかけらを飲み込んだ。
それを引き金として、成獣の背に1つの瘤が生まれた。その瘤は次第に膨れ上がり、等身大の狼の形を成してゆく。最終的に出来上がったのは、成獣の背という壁に狼を横向きに象った磁石がくっついているかのような奇怪な光景だった。小さな狼もまた成獣と同じ見た目をしており、煌々とした赤い光でカイリたちを見据えていた。
「成獣の……変異個体……」
そんな異常な光景を目にしてヴィシーが言葉を漏らす。
──変異個体──
それは、自然に存在する生き物にはない特徴を持つ魔獣の総称だ。例えば狼型の魔獣であれば、本来その体は狼を模倣したものとなる。しかしその変異個体となると、尾が魚のものになったり、翼が生えたり、果てには頭部が別の生物のものと挿げ替わっていたりと、本来の狼の姿から離れたものとなるのだ。変異個体の魔獣は変異の仕方によって強さに甲乙あるものの、発見の報告自体が少なくその危険性が重要視されることはあまりなかった。
しかし、それが成獣の変異個体ともなれば話が大きく変わってくる。成獣の変異個体については正確な発見報告は残っておらず、一説によると、それは都市が沈む規模の魔獣の大量発生の原因とも伝わっているほどだ。具体的な発見報告が残っていないことについても、発見、もしくはその影響範囲内にいた者については悉く鏖され、その記録が残せなかったからだ、ともまことしやかに囁かれている。
そんな空想上の産物ともいえる存在が、今4人の目の前に立ちふさがっていた。
「これは……厳しいな」
それから漏れ出る圧迫感を受け、カイリが苦言を吐く。
「犠牲覚悟、ってとこか。何なら伝令で1人街まで走らせたいが……」
「無理。あの小さいの、ずっとこっち見てる。個別行動をしたら、多分餌食になるだけ」
「そうすると、私たち全員で対応にあたったほうが、まだ現実的ですか……」
変異個体との間をとりながら、緊迫した会話をする。こちらを観察するように見続けるそれは、ただ見ているように見えて四肢にたわみを持たせており、臨戦態勢であることが見てとれる。背に負う個体についても四肢に動きが差し始めており、独立した個体となるのは時間の問題に見えた。
「来るぞ!」
そのたわみに強い澱みが宿るのを察知し、カイリが叫ぶ。
変異個体の突進はその咢と爪による攻撃を伴っていた。尾はその巨体のバランスをとるためなのが、後方で器用に振り回されている。カイリとエディが手に持つ武器で爪と牙による一撃を逸らす。ヴィシーが糸を張り巡らし、その巨体の自由を奪おうとする。サフィはそれによってでてきた隙に一撃を加えようとした。
「ぐっ」
くぐもった声が響く。それも1つではない。最初の声に連なるように、さらに2つの音が続いた。強制的にスピードを削がれたことを利用し、変異個体がその尾を前方に振り放った結果である。尾は前方にいたカイリ、エディ、ヴィシーの三人を打ち付け、吹き飛ばさないまでもその場で硬直させる程度の衝撃を与える。尾の先端、膨らみを帯びた部分は特に硬質化しており、それが3人へのダメージをより大きくしていた。尾の動きはそれで止まらない。対象にぶつかった反動を利用し、その場でさらに暴れる。二度、三度と鞭打たれ、3人へのダメージは蓄積の一途を辿った。
それに待ったをかけたのはサフィの一撃である。突撃を避けるようにして横に線をずらしたサフィは尾の射線外にいた。そのまま尾が前方に向かい鞭のように振り回されるのに合わせ、踏み込みながら背にその一撃を振るった。
小さな煌々とした赤い瞳は、サフィのそんな一連の動きをすべて観察していた。




