020.山狩り06
その刃は、何の抵抗もなく水晶の中に滑り込む。カイリの眼に映るそれはほのかな光を発しており、それが水晶の中の靄と触れ合う瞬間がきた。刃は靄を断ち切り、かき乱し霧散させる。それは水晶の中に蓄えられた力が、まるで失われていくような光景だった。
「順調には、進んでるんだろうな」
十分程経っただろうか。2、3度精霊の補充を行う事にはなったが、カイリは順調に水晶に蓄えられた靄を取り除いていた。もう数分あれば靄を完全に散らせるであろう。
「それにしても、魔獣を発生させる道具か。状況証拠しかないけど、それがちゃんと証明されたら大変なことになるな……」
魔獣の発生原理は不明とされている中で、それを生み出す道具が見つかったとなれば世界の常識が変わってしまう大問題だった。魔獣の発生をコントロールすることで、人的被害を減らすことができる可能性もあれば、その逆に命を奪う事にも事欠かない。
「なんにしろ、破壊した後で組合に持ち帰って、調査をしてもらうしかないな」
そう溢しながらカイリは作業を続行する。水晶の中の靄は、消えるのを拒むかのように揺らめいていた。
一方、繭の外では絶えず激戦が続いていた。
「おい、さっきの地響き、やりすぎなんじゃねぇのか!」
繭を中心に大地が揺れたことについてエディが突っ込みを入れる。
「だめ。それでも壊れないみたい。試行錯誤してるらしい」
「そんなに頑丈なのかよ、あれ」
そんなやり取りを織り交ぜながら、エディは手にした長剣で跳びかかってきた狼型の魔獣の攻撃を器用に受け流す。攻撃を流された魔獣は、ある一角に勢いよく突っこむ形となり、そこに張られた糸によって両断された。
「それにしても、キリがないねぇ」
もう数十体は倒しただろうか。それでも一向に魔獣の数が減る気配はない。派手な立ち回りは自重して体力を温存しているため、まだしばらくは問題なく戦えるが、このままの状況が続けば危ういことに変わりはないだろう。
「あと大半が狼か熊なのは助かるな」
魔獣にも多様な形態はあるが、今二人を取り囲んでいるものは狼型か熊型のものばかりだった。
「このあたりで出る魔獣の種類に依存してる?」
「それはあるかもっ、なっ」
そう言いながら、突進をしてきた熊型の魔獣をヴィシーが糸で編んだ網にかけ、エディが両断した。
ちょうどその時、繭の中からヴィシーの袖を引く感覚があった。それを受けて、ヴィシーがエディに伝えるように言葉を発する。
「破壊は完了。繭を解く」
それと同時、広間の中央にあった繭はその形を霧散させ、中から砕けた水晶を手にしたカイリとサフィーが姿を見せた。
カイリの用いた精霊の刃によって黒い靄を失った水晶は、サフィの拳で簡単に破壊することができた。カイリは水晶を視て靄が霧散していることを確認する。サフィにも確認をしてもらったが、怖気を感じるような気配も失せているとのことだった。消失した黒い靄が何処へ消えたのか、それを確認する術はないが、現状において周囲を取り囲む魔獣が延々と湧き続けるという事態は避けられたと考えるべきだろう。
カイリは繭の周囲で戦闘を行う2人に合流するため、白い壁から突き出している糸を引いてその旨を伝えたのだった。
「遅い!危うく合流前に全滅させるところだったぜ?」
「その割には、まだずいぶんと残ってるように見えるけど?」
軽口をたたきながら、カイリがエディの守る前線に合流する。エディはまだ余裕を残しているのか、襲い掛かる魔獣の対応には一部の隙もない。
「ひとまず、魔獣がこれ以上湧くのは阻止した──と思う。ここからは減らすだけだ」
「そりゃありがたいね!もともと撤退って話だったが、このまま殲滅でもいいくらいだ」
「そこはサフィの状況次第だな。せいぜいぼくが撤退の判断をする前に、思う存分暴れてくれ。余力は十分残してるんだろ?」
「そうだな。周りの状況を心配する必要が減ったから、ここからは好きにやらせてもらうさ」
そう言ってエディは魔獣の中へと突っ込んでいった。
「えっと……エディ、突っ込んだ行っちゃったけど大丈夫なの?」
「大丈夫。さっきまで暴れ足りなくて不満そうだった。これでストレス発散」
エディが進んで、黒い波の中に呑み込まれて行くのを目にしたサフィは、呆れを浮かべつつも一応の心配をする。
ヴィシーの回答を肯定するかのように、エディが消えたあたりを起点に黒い物体が宙を舞い始める。
「ほら、ね。」
心配は無用といわんばかりの言葉だ。
「こっちも始める。サフィ、好きに動いて。フォローはする」
そう言ってヴィシーは戦闘の主導権をサフィに譲った。
「じゃあ、どこまでできるかやってみる。フォローお願いします!」
そう言って、サフィも魔獣に向かって跳びだした。
「だいぶ減ったなぁ──」
周囲を取り囲んでいた魔獣は、その数を大きく減らしていた。群れの中で暴れまわるエディに、直線状にいる魔獣をまとめて吹き飛ばすサフィ。カイリとヴィシーは主に糸を用いた援護を中心に行っており、その光景を観察しながらの一言だ。
最初は数えるのも嫌だった魔獣の数は今や20匹前後といったところか。
そんな中、戦況に変化が訪れた。
「おっ?!」
「んっ?!」
その異変に気付いたエディとサフィは、後方支援を行っていたカイリとヴィシーの元まで飛びすさる。
「お出ましか──」
そう呟くカイリを始めとした一同の視線の先には、ほかの魔獣より一回りほど体格の大きい影が3つ、姿を現していた。




