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002.森の中

雑木林の中を黒い影が駆ける。大人の狼を思わせるその影は、2つの紅い瞳に映る命の光を奪うことに執着している。


魔獣とは勇者大戦の終結と時を同じくして発生するようになったといわれている存在の総称だ。犬や鳥、魚や竜など、この世界に生きる様々な生き物の形を模しているものが確認されているが、どれも共通して全身が吸い込まれるような黒で覆われており、血のように紅い瞳をもっているのが特徴だ。この魔獣は人気(ひとけ)のないところで突然発生し、命あるものを見かけると分別なく襲い掛かる危険な存在として一般的に認知されている。


その影から逃れるように、数メートル先を走る人影があった。防具らしい防具はつけておらず、ところどころに艶を消した金属の装飾(・・)はあるものの動きやすさを重視した布製の装いだ。左腰には50センチほどの短剣を差し、両手には革製のグローブを付けていた。短剣にもグローブにも、衣服と同様、艶を消した小さな金属の装飾(・・)がちらついている。見た目の(よわい)は17、8程度。体格からして男性だろうか。170センチほどの身長に、やせ型ながら締まった筋肉が見受けられるその体つきは、素早い動きを得意としつつ、荒事に慣れている印象を見た者に与える。

逃走を続けるその人物は、短く揃えた薄水色の髪がほんのり湿り気を帯び、軽く(ひたい)に張り付いている。その汗の具合と安定して聞こえる整った息遣いから、この逃走が彼にとって過剰な運動ではなく、適度な運動であることが(うかが)える。この逃走劇の最中に幾度か魔物が背後から飛び掛かってきたが、周囲を的確に視認していたことでその襲撃を察知していた彼にとって、その回避は容易なことであった。その際にカウンターを当てることもできたのだが、こと、魔獣討伐において、多数の木が生い茂るだけ(・・)の林の中は戦いにくい環境である。そこで万全を期すために、事前に目星をつけていた場所へと魔獣を誘導している最中だった。


紅い瞳の中で踊り続ける人影は、殺意以外の感情がないはずの魔獣に(わずら)わしさを与えていた。遭遇した瞬間、即座に(きびす)を返して走り出したその生き物は、戦意や殺意など全く感じられない弱い存在に思えた。すぐに追いつき一撃の下に散らせるはずだったその命は、未だ逃走を続け生き長らえている。何度か無理な加速をして飛び掛かってはみたが、どれも危なげなく(かわ)されてしまった。そういったやり取りを経て魔獣は思考する。速さではあの生き物に追いつけない、が振り切られもしていない。相手は命ある生き物。疲弊(ひへい)は必ず溜まっている。それに対しこちらには疲労という概念はない(・・・・・・・・・・)。このまま相手が疲れ果てるのを待ち、そこで仕留めればいい、と。

そう結論付けて追走劇を継続すること幾許(いくばく)か。遂にそのときは訪れた。急に目の前の生き物の動きが止まったのだ。待ちに待った瞬間を得た魔獣は、ここぞとばかりにそのままの勢いで獲物に飛び掛かった。


森の中を駆けていたもう一つの人影である青年・カイリは、開けた空間に出た。森の中で(いびつ)な円形に開けた空間の中央。直径20メートルほどの歪な円を描いたその空間は、そこだけ木々が生えていなかった。ときおり動物が休憩所に使っていたのか、ところどころに大地がむき出しになっている所がある。その空間の中央にたどり着いたカイリは、それと同時に右足を軸に反転する。重心を内側に移動し、勢いを適度に殺しつつ回転に変え、魔獣に向き直りながら左の腰に差した短剣を抜き放つ。

まずは一閃。地面を削る音を立てつつ魔獣に向き直ったカイリは、方向転換の際の勢いを利用して刃を振るう。手入れの行き届いた刃はそのまま、飛び掛かってきた狼型の魔獣の左わき腹に吸い込まれて深い切創(せっそう)を作った。襲撃と同時に思わぬ一撃を貰った魔獣は、その衝撃で着地に失敗して地面を転がりながら滑っていく。振り抜いた短剣を構えなおしながら再び魔物に向き直ったカイリは、その姿を確認しようと目を凝らす。その両の瞳には青い魔法陣(・・・・・)が浮かんでいた。


紋様(もんよう)、それはこの世界に生きるヒトに類する生き物(・・・・・・・・・)が体のどこかに持つ特殊な(しるし)だ。この紋様を持つ生き物は、能力(スキル)と呼ばれる特殊な能力を持つ。そのスキルは多種多様で、水を操る者や、己の筋力を強化する者、さらには物質を具象化する者などもいる。

カイリの場合、その紋様は両の瞳にあった。魔法陣が浮かぶその瞳は、精霊──行方不明になった両親に倣ってそう呼んでいる存在──を色を備えた(概念)として捉える。そして空間に漂っているこの精霊(・・)は、どうやらスキルの発動や行使、魔獣の動きと密接な関わりがあるらしい。というのも、この仮説(・・)は実際に証明されているものではなく、カイリが自身の経験則から得た学びであるからだ。スキルの発動や魔獣の動作に応じ、この精霊たちは集合したり整列したり、散らばったりを繰り返す。特に、魔獣の動きに伴ってその体に黒く染まった精霊が集い、黒い(よど)みを帯びることをカイリは経験として得ていた。


そんなカイリの青を(たた)えた視線の先では、わき腹の裂けた黒い狼が傷口から黒い(もや)(こぼ)しながら地面から立ち上がりつつあった。直後、魔物が四肢に黒い澱みを宿しカイリへと跳び掛かる。後ろ足の光は跳び掛かる際の力の溜め、前足の光はカイリを引き裂くための溜めだろう。そう判断したカイリは魔獣の射線上から滑らせるようにして身を引く。獣の影はそのまま虚空を切り裂きながら跳び過ぎ、カイリは何もない空間に短剣を走らせる。

「毎度、ここからが大変なんだよなぁ……」

そう漏らしながら、再び襲い掛かろうと身構える魔獣に向き直る。そして先ほどと同様の黒い(よど)みが、今度は魔獣の後ろ脚と顎に宿るのを見届けると、先ほどの動きをなぞるようにまた体を一歩ずらした。


魔獣は繰り返し獲物(・・)に向かって跳び掛かる。カイリはそれをかわしつつ、何もない空間に何度も短剣を走らせる。そんな不毛にも見えるやり取りが繰り返されていた。しかし、そんな繰り返しにも終わりを迎えるときがくる。

「溜まったか」

青い視線を短剣に向け、カイリはそう(こぼ)す。その短剣は、カイリの目には(・・・・・・・)淡い光を湛えて映っていた。

カイリが視線をふと逸らしたことで、魔獣はそれを疲れによる隙と捉えた。この隙を逃さまいとばかりに、これまでの中で最も鋭い一筋を描く。この一撃で決着をつけるためだ。これまでよりも早く、しなやかな、そんな一撃がカイリの首筋めがけて襲い掛かった。


魔獣が襲い掛かってくるのが視える(・・・)。その姿がより強く黒い澱みを帯びているのを捉えたカイリは、先ほどまでとは違いその一歩を踏み込んだ。首筋を狙った一撃を逸らし、そして決定打とばかりに、通り過ぎる魔獣を淡く輝く短刀の切っ先で撫でた。

それは、劇的な結果をもたらした。淡い光を湛えた刃を振り抜いた後に残されたのは、魔獣の体が一刀の下に両断されたという結果だった。

力の入り具合は開幕の一撃と大差なかった。むしろ、今の一撃に回転の勢いが乗っていなかった分、開幕の一撃のほうが威力は大きかったはずである。それ以外の違いといえば、短刀に宿る淡い光だ。その違いが、魔獣に切創(せっそう)を付けるに留まるか、一刀両断の下に切り伏せるかの違いを生み出していた。


その光の正体は精霊。カイリは空間中に散在するそれらを短剣に宿し、戦闘を行っていた。精霊の存在する空間(・・・・・・・・・)を瞳で捉え、その空間を短剣でなぞる。カイリは魔獣の襲撃を(かわ)しつつこの動作を繰り返し、短剣に精霊を蓄積していった。その結果として、短剣は淡い光を(まと)い、魔獣を引き裂いた絶大な威力の源となった。


一刀両断された魔獣はすでに地に伏し、黒い(もや)となって空間に融けつつある。瞳からは力が抜けており、その亡骸の存在感は時間の経過とともに徐々に薄れていった。そしてその魔獣を斬り伏せた短刀からも、力の源であった光が霧散しつつある。魔獣とは違い、こちらの霧散した光は再び(・・)空中を漂い始めているのがカイリの眼には映っていた。


「終わったー」

ひと仕事を終えたカイリは盛大に伸びをする。

『魔獣討伐』。これはカイリの日々の糧を得るための仕事の一つだ。組合(ギルド)からの定期的な依頼を受け、必要に応じて街周辺の魔獣を狩る。ちなみに、今日彼が討伐した魔獣はこれで2体目だ。

「これで、今日のノルマも終わったし街に戻るか」

温まっていた体をほぐしながらそう口にすると、カイリは林に向かって歩き出した。

踏みだした足元からは驚いた虫が飛び出す。陽は少し傾きはじめており、遠くの空では鳥の鳴き声と共に黒い翼が(ひるがえ)る。そんな風景に背を向け、カイリは林の中に姿を消していったのだった。


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