019.山狩り05
「おいおい、どうなってんだよ!さっきまで何もいなかったじゃねぇか!」
エディとヴィシーは今、戦闘の真っ最中だった。
「さっきはさっき、今は今。それで、今は囲まれてる。それが全て」
襲い掛かってくる魔獣をいなしつつ、ヴィシーとエディが文句を垂らしながら戦場で暴れる。エディは両の手に長剣を携えて立ち回り、ヴィシーはその独特な投げナイフを投擲しながら舞う。投げたナイフが攻撃の合間を埋めるように、リズムよく手元に帰ってきているのは能力を利用したものだろう。
「おい、2体カイリたちのほうに行ったぞ!」
「大丈夫。仕留めた」
カイリたちの察した気配は百を超えるだろうという魔獣の大群のもの。それは、見通しのいい祠の傍で情報の共有を行っているカイリたちを円形に取り囲んでいたのだ。全員、警戒を怠っていたわけでも、気が緩んでいたわけでもない。言葉通り、一瞬にしてその魔獣たちは現れたのだ。だからこそ、魔獣が現れたその瞬間、カイリたちは即座に戦闘態勢をとることができたのだった。
そこから戦闘に突入するまでも一瞬。魔獣たちは即座に襲い掛かってきた。一点突破の策は難しく撤退の余裕はない。それを許すような密度ではなかった。
「水晶に溜まっていた靄が薄れてるのか──?」
「嫌な感じはそれほど変わってない。周りの魔獣の感じもちゃんとしてる」
戦闘中のエディとヴィシーをしり目に、カイリとサフィは祠を確認していた。
魔獣が突然出現した直後、2人は祠の方に違和感を覚えたのだ。そしてそのことをエディとヴィシーに伝え、戦闘をいったん任せたうえで祠の確認にあたっているのだった。そんな二人は今、祠を中心に現れた直径3メートルほどの白い繭の中にいる。
──蜘蛛糸の繭──
そう銘打たれた繭は、ヴィシーの能力によって生み出されたものだ。軽量でありながら強靭、かつしなやかなその糸で編まれたこの繭は、火以外に弱点はない、と思えるような強度を持つ絶対の盾として機能していた。
「水晶の中の靄は減ってるが、また周囲から取り込みつつあるな。もしかしてこれ、魔獣を生み出してる原因だったりするか……?」
「その可能性はあるかも。魔獣が現れたとき、祠から何かが押し出されるような圧を感じた。もし関連があるなら、それ、壊してみるのも手かな?」
そう言ってサフィは水晶の破壊を視野に入れる。
「壊して靄がそのまま散ってくれるならいいが、それで溜め込まれた靄が暴走して何か引き起こすとかはごめんだな」
「確かに、周りの魔獣も数が多すぎて全然減ってる気がしないし、これ以上数を抱えるのは勘弁したいところね……どうしたの?」
水晶を見つめるカイリが、何か疑問に思った表情を浮かべたため、サフィが気になって尋ねた。
「いや、さっきまでと比べて、靄が集まるスピードが速く感じるんだ。まるで集めているものが近くにあるからたくさん集められる……みたいな……」
カイリの言葉が尻すぼみになる。自分いったことで何か気づいたことがあるかのような、そんな消え入り方だ。
「この水晶、壊さないとまずいかも」
それがカイリの頭によぎった答えだった。
「たぶんこの水晶、魔獣の元になる靄を周りから集めてるんだ。それで、一定量に達したら、周りに放出して魔獣を生み出す。そして、少なくなったらまた靄を集め始めるんだと思う。魔獣は倒したら靄みたいになって消えるけど、この水晶が集めてるのがそれだとしたら……」
「この戦闘、いつまで経っても終わらない……?」
カイリの出した結論を、サフィが引き継いだ。
「エディ、カイリから連絡。水晶は壊す」
「おん?最初の話と違うが──そんな厄介なことになってるのか?」
「みたい。注意喚起。もしかしたら魔獣に変化が出るかも」
「そりゃまた、面倒なこって」
繭とヴィシーの間には1本の糸が敷かれている。それをカイリが内側から引っ張り連絡事項があることを知らせる。あとは糸電話の要領で内容を伝えたのだ。
「了解って伝えてくれ」
そうヴィシーに託すと、エディは再び戦闘へと集中した。
繭の中ではカイリとサフィが身体強化を完了していた。祠が据えられていた岩の上には、今は祠から取り出された水晶が置かれている。ここにサフィが思い切り拳を叩きつける算段だ。カイリは万が一のために警戒を行う。
「行くよ」
そのかけ声とともに、サフィは全力の拳を水晶へと振り下ろした。
水晶を起点として、岩、大地へとその衝撃が響き渡る。足を伝わって駆け上ってくる振動が、その威力の大きさを物語っている。
「えっと……壊れないんだけど……」
しかし、水晶はびくともしていなかった。拳で殴るほか、サフィが両手で持ち上げて岩に叩きつけたりもしたが、水晶には傷一つつけることはできない。
「黒い靄が守ってるな」
そんな光景を観察していたカイリが、結果を口にする。水晶に衝撃が入りそうになるたび、内部の靄が衝撃の地点に移動して、まるで緩衝材のようにその衝撃を受け流していた。
「靄を散らす方法……精霊をぶつけるか?」
そう思い至ったカイリはサフィに能力の解除を頼み、精霊の供給を受ける。腰に差した短剣にその精霊を宿すと、刃は力を持った光を湛えた。
靄の反応を見るため、カイリはその刃を水晶に軽く当てる。黒い靄は刃に呼応するように移動を行い、刃の光と接触したところから霧散していった。
「これならいけそうか?サフィ、もう一度精霊を集めてくれ」
そう言って、カイリは刃により多くの精霊を宿す。そして短剣についている金属の装飾に指を走らせた。よくよく見ると、その装飾は正円に内接する三角形をしている。
「それ、エディの紋様と同じ形?」
「そうだよ。エディの紋様をまねて作った特注品だ」
サフィの疑問に、ちょっとした悪戯がばれたかのように少しだけ口角を上げて答える。
「エディみたいな物に影響する能力は、その物に宿った状態で精霊に文様の形を取ってもらわないといけないんだ。だからこうやって──」
そう言いながら、指先で刀身の精霊を金属の装飾に導く。装飾に宿った精霊は、エディの紋様と瓜二つな形状をとる。
「──エディの能力と近い能力を使えるんだ」
そう言って、サフィに見せた短刀は刃の部分が広くなっていた。しかし、それはエディの能力とは異なり実体を伴わないもので、サフィの目には幻影のように映っていた。カイリが同じやコピーといった言葉ではなく近いと表現したのはそのためだろう。その違いの理由を聞くと「能力と違って、精霊が一つに同化して紋様の形を成しているわけじゃないから」という事らしい。
そして、カイリはその実体のない刃を、水晶の中に潜り込ませた。




