013.異変03
「よっ!女連れとは珍しいな」
カイリとサフィがロビーで食事をしている最中、そんな軽い挨拶が聞こえた。視線を上げた先にいたのは、カイリもよく知る2人組だった。
「そんなことはないさ。そっちこそ、今日はずいぶん機嫌がいいみたいだね」
お返しとばかりに軽口を投げ返す。ふと横眼で見ると、サフィが「カイリの知り合い?」といった感じで視線を自分に向けている。
「まぁ、それは置いといて、そっちの子、どうしたんだ?」
「ああ、紹介するよ。しばらく面倒を見ることになったサフィだ。で、サフィ、こっちのデカいのがエディ、小さいのがヴィシーだ。これでも、2人とも第一種のAランク持ちだ」
立ち話もなんだと、カイリは2人に席に着くよう勧めつつ、3人のそれぞれに対して、カイリは簡単に紹介をする。
「初めまして。今日組合に要録したばかりのサフィ・ブルームテールです。カイリの下で、いろいろ教えてもらっています。よろしくお願いします」
「エディ・リーフバレーだ。カイリとは長い付き合いだ。何かあれば力になるぜ」
「ヴィシー・リフトバレー。カイリが頼りない時はいつでも頼って」
「お前ら、好き勝手言ってくれるな……」
そう、お互いに自己紹介を終えたところで話は続く。
「それにしても、カイリがFランクをとるなんてな。思ってもみなかったぜ」
「予想外。いつも、仕事は淡々とこなしてるイメージだった」
「まぁ、いろいろとね。」
どうやらカイリがFランクをとったことは、2人の中のイメージと大きな食い違いがあるらしい。執拗に食いつく2人に、カイリは話を替える。
「それはそうと、討伐の報告は明日じゃなかったのか?今日報告に来たってことは、やっぱり何かあったのか?」
魔獣討伐の日程はある程度把握している。自分の中の予定とは異なる状況に、カイリの中の警鐘は鳴る。
「ああ、勘がいいな。実は今日になって森の中の魔獣が異様に多くてな。それに、成獣が3体も出やがった」
先ほどまでとは打って変わって、エディの声が真剣味を帯びる。
「俺もさっき受付で聞いたが、今朝あたりから不穏な話が出回ってるそうじゃないか。俺たちの見たのは、きっとその裏付けになるだろうよ」
そう告げるエディに続き、ヴィシーが続く。
「多分すぐに一種持ちに招集がかかる。討伐隊の結成と、山狩り」
真剣な眼差しで言葉を発する2人に、カイリとサフィはその深刻さを感じる。
「そこまでの事態か」
そう答えるカイリに、エディは「ああ」と肯定する。
「そんなわけだ。カイリ、今回の招集、また俺たちとパーティーを組まないか?成獣3体は不慣れな奴にとっては危険すぎる。だからできるだけ迅速に、確実に討伐したい。お前なら機動力も殲滅力も、索敵能力も十分だ。サフィには残ってもらう事になるが、ここまでの事態、もともとFランクは招集外になるだろう」
カイリとて、成獣の討伐経験が豊富なわけではない。加えて、討伐に参加したその時も、毎回この2人と臨時のパーティーを組んでいた。成獣の危険性は十二分に承知している。だが、どうにもタイミングというか、第六感のようなものが意識の内に引っ掛かり、エディの誘いに即断することを躊躇わせていた。
「どうした」
そんな間を推し量りかねたのか、エディが改めて確認をする。見るからに何やら考えている様子のカイリ推して、何かあると察した一言だった。
「──サフィはどうしたい?」
そんな間を破って、カイリから出た一言だ。その言葉の中には、カイリの内にある迷いが込められている。エディへの回答を一時保留にして言葉は続く。
「もし、サフィが今回の討伐招集に同行したいっていうなら、今から最低限必要なことを叩き込む。それで、問題ないとぼくが判断したら討伐に連れて行く」
予想外の言葉に、ヴィシーが反応する。非常に稀なおかんむり姿だ。
「本気で言ってる?通常の魔獣討伐とは違う。たまにある大量発生とも違う。今回は成獣が複数いる。間違いなく危険度は高い。その子を危険にさらすつもり?」
しかしカイリはそれを視線で制止し、サフィの反応を窺った。ヴィシーも、カイリが何も考えずにそのようなことを言ったりはしないと頭ではわかっているため、一度引き下がった。
話を振られ、外見通りではない彼女の精神は、考えを巡らせていた。どうしてカイリはサフィ意思を確認したのだろうか、と。道理で考えるならばエディの言う通り、サフィを待機させて3人でパーティーを組み討伐にあたるのが正解だ。今回されるであろう招集は、成獣はおろか、魔獣とすら相対したことがないであろう人間を連れて行く場ではないことは一目瞭然なのだ。そんな場で、能力すら今日初めて使えるようになった自分を連れて行って何ができるのだろう。サフィはカイリの意図が汲めずにいた。
遊びの場ではない、人の命のかかった場で。昼間のような遊びではない、自分だけではなく他人の命をも背負った場で。そこで命のやり取りをする、という覚悟を自分の中に問い質す。
平和な世界で暮らしていた彼女に、命のやり取りをする、といった感覚は存在しない。いざ、自分が明確な殺意に晒されたとき、果たして自分の体は動くのだろうか。そんな恐怖が頭をよぎる。いざ、生き物の命を奪うとなったとき、自分は躊躇わずにその拳を振り下ろせるだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
「ここが何処か、自分が何者で、何を為すか……か。」
不意にあの謎の空間で聞こえた声の言葉を思い出す。
新しい命として生きることとなったこの世界。今までとは違う法則の中で、生きる覚悟がまだできていなかったのかもしれない。自分が自分として生きていくためには、己が何者かを知る必要がある。そのために、まずはスタート地点に立つのだ。
自分がこの世界に喚ばれた理由。それを知りたい。だが、そのために何をすればいいかという標はない。
──目の前にもたらされたものを除いては。
「今回の出来事、私がここにきてすぐよね──。あまりにもでき過ぎたタイミング。そこに何か手がかりがあるなら……」
そんな、本人にも聞こえないような独り言の後に繋がる言葉は、カイリの問いかけに対する返答だった。
「行くわ。必要なこと、全部教えて頂戴。今からできること、全部やってのけるから」
力のこもった言葉。自分のするべきことを見出した目に迷いはなかった。




