終・影はがし
馬鹿にしやがって、映画だと?そんなはずないのに。
肩を怒らせて歩く男の手には【影剥がし 試写会】のチケットが握られている。
本当の影剥がしを見せてやる。視線を落とし男は影を見る。影は今からどれだけの【影】を食べられるのかと期待しているようだった。食べさせてやるさ、たらふく。試写会には少なくとも100人はいるだろう。
「え」
「やぁ、影山 安火狐君。はじめまして」
会場は男と目の前の女の二人しかいなかった。そして女はスーツに下駄を履いていた。
「影あつめ。それで満足していればよかったのにな」
「何を言っているのか…」
会場はライトの具合なのか、影は女の背中の方に向かって伸びている。男が近づけは女は一歩後ろに下がる。
「君は影をあつめていた、しかし誰にも気がつかれない。はじめは君は誰にも気づかれないことを喜んだのかな。怒られなくてすむと。しかし、繰り返すうちに物足りなくなった。だって、誰も君に見向きもしないんだから」
興味深い、だが醜悪だ、そう言って女は一冊の古びたノートをとりだす。その表紙には【かげ し育日記】とある。
「なんで、俺の」
「普通じゃないから、私のところに回ってきたのさ」
パラパラとノートをめくる。
「君は、影は盗られる、その認識をひろめたかったんだ。…どれくらいかかったのかな」
女はノートの表紙をもう一度見せる。
3年2組 かげ山 安火こ。
「少なくとも20年はかかったようだ」
「うるさい!!」
男は鬼のような形相で女に襲いかかる。女は後ろに飛び男との距離をとった。カランと広すぎる部屋に下駄の音が鳴る。
「自己表現なら他の方法にしろ。小説でも書いたらどうだ、【影の薄い美女】、傑作だったよ、爆笑だ」
「し、知らない!」
「あんな口調で喋る女、悪役令嬢くらいしかいないぞ」
「知らないっていっているだろ!!!」
「名無しで書いていたようだから、私がペンネームを考えておいたぞ、影山 闇ピコとは君のことなんだ」
「黙れ!俺は影使いなんだ!」
男は女の影を狙うが、女は影を背にして男には近づかせない。女は声を上げて笑う。
「君の妄想だ」
「宿題だって影にやらせた」
「母親は君が3年生の時から自分で宿題をやるようになって喜んでいたよ」
「となりのお姉さんの影をとったから気味悪がられた」
「誰だって会うたびニヤニヤと自分を眺める人間を好きにはならない」
「なら!俺の影のコレクションをみせてやる!」
そう言って男は腰に下げた虫カゴを開けた。
そこからは男のお気に入りの影たちが飛び出す。
「何もいないじゃないか」
「よく見ろ!」
影は女のまわりを取り囲む。
「君にしか、見えないんだ、その影は」
「そんなはず、ない、だって俺の影は人の影を食べて、大きくなって…!!みろ!俺の影を!!」
「それは成長したからだ、すでに君は27才の大人だ」
「影剥がしは…影は」
「全て、君、一人の妄想だ。だから誰も気にせず、怖がらなかった」
「う…うまくいっていたんだ、影剥がしを少しずつ広めて、動画もとって」
「もぅ、やめよう。影剥がしはつまらない」
女は誰もいない会場て手を広げる。
「みてごらん、試写会の応募は君しかいなかった。誰も影剥がしに興味がない。これが現実だ」
男は声を上げて子供のように泣き出した。
「ノート返してください」
女は男に近づき、ノートを手渡した。
「めちゃくちゃ怖かったぞ」
「あはー、お疲れ様」
おっさんと会場の片付けをしながら、カキツバタは身震いをする。
「つまらないで押し通せてよかった」
「よかったよね、持ち主はまだ人間だったから。影はもうダメだったね、あれはすでになっていた」
「あぁ、怖かった」
「まぁ、終わりだよ終わり。ソウゾウシュが諦めたのだから、もぅ、ただの影さ」
おっさんはカラカラ笑い、カキツバタはため息をついた。隠れていたやつは気楽でいいな。
「それで、この部屋を飛び回っている、影、どうするぅ?」
おっさんの呑気な声に、カキツバタは深く深くため息をついた。
影山 安火狐は今後も化け物と共に生きるのだろう。馬鹿だが死ぬほどではない。阿呆が過ぎてもやり直しができないわけではない。
だけど、なかったことにはできない。
願わくは、いつか、忘れられる物語。




