影剥がし
影剥がしって知っているか?
「なんだ、それ?肩甲骨剥がしと関係あるか?」
「ない。逆になんだよ、肩甲骨剥がしって」
「俺も知らんけど」
なら、言うなよ。ケンイチは呆れた様子で席から立とうとする。気が短い奴だ。
「わるい、わるい、ちゃんと聞くって、もう、口挟まないから、影剥がしについて教えてくれよ」
「別に俺もそこまで話したいわけじゃないぞ。友達の友達から聞いただけだし」
へそを曲げたのか、なかなか続きを話さない。
「わかった、この影剥がしで再生数稼げたら、焼肉おごるからさ!な?頼むよ」
「ま、それならいいか」
影剥がしってのは知る人ぞ知る、まだ新しい…アソビってやつだ。コックリさんとか、ひとりかくれんぼとか、そういう系。
場所は、真っ暗な部屋じゃないとだめだ。ドアにはガムテープを貼ること、もし、部屋が一階なら窓にも貼れよ。万が一にも影が逃げないように。
部屋が用意できたら、なるべく部屋の中央に座る。
「影さん影さん、遊びましょう。あなたがかくれて、わたしがみつける。ふたりでひとりが今からひとりでふたり。影さん、影さん、隠れてください」
って、言い終わったら目を閉じて30秒声に出して数える。あかりをつけて、自分の足元を見ると影がなくなっている、ソレが影剥がし。
あとは影を見つけて「影さんみーつけた」っていって、目をつぶる。10秒待って目を開いたら元通り。
「は?それ面白いか?」
「お前が夏だしホラー企画やりたいって言うから探してきたんたぞ!」
「明かりをつけて影がなくなっていましたー、それだけ?オチ弱すぎじゃん」
「やっているやつの動画みたら、隠れた影が部屋中飛び回るから結構怖かったぞ」
「すでに撮ってるヤツいるのかよ」
「あ、でも、全然再生数伸びてないし、まだまだこれからがブームって感じ、…多分」
ケンイチの語気が段々と弱くなってくる。確かに動画のネタを頼んだか、これでは小学生の噂話レベルだ。
「その動画絶対トリックだろ。その影、飛び回るのとか編集で入れるのも面倒だしなぁ」
「いや、本気で驚いているように見えたけどなぁ」
ケンイチは自分のスマホを操作して、動画を見せてくる。俺は首を振って動画を止めさせる。
「俺、なるべく他の動画とか見ないようにしているから。まぁ、いいか、嘘なら嘘で、ネタにすれば」
静止画の中に冴えないオタクっぽい男が映っている。再生数は僅か12回。
「お前が、準備が楽で!部屋で撮れて!金がかからないのって言うからだろ!!」
「まぁ、その条件は満たしているな」
ガムテープは部屋にあったはずだ。せいぜい塗装を剥がさないように気をつけよう。夏休みスペシャルとして、生放送でやれば、少しは数字も稼げるかもしれない。
【トモのトモダチちゃんねる】
はーい、トモダチのみんな、こんばんは、トモだよー!こんな時間に生放送で驚いた?一応枠は2時間でとっているけど企画が終わり次第終了ね、俺も眠いしー、アハハ。
はい、それで今日は、前から言ってたホラー回ね!怖い人は今のうちにやめておいてね、まぁ、そんなに怖くないと思うけど…
みんなはさぁ、影剥がしって知っている?俺も最近きいたんだけどね、自分の影とかくれんぼして、影を自分から剥がしちゃうんだって。あんまり怖くないよね、でもさ、よく考えてみたら、影がなかったらそれってホラーじゃない。
今、自分の影ある?部屋暗い人は明かりつけてー!
つけた?その影がなくなるって、よく考えてみたら怖いよね。影が剥がれたらどうなっちゃうのかな?
それでは、影剥がし、やっていきます。ちょっと準備するから待ってねー!
録画できているか不安だがPCの部屋から移動し、カメラだけ持って準備した部屋に移動する。
部屋に入り手早くテープでドアをふさぎ、カメラを設置する。真っ暗闇でやらねばならないので、カメラからは何も見えないだろうが仕方がない。
みんなー!見えないかもしれないけど、影剥がしは真っ暗闇でないとできないからしばらく我慢してー!そのかわり、ガンガン話すからねー!
「影さん影さん、遊びましょう。あなたがかくれて、わたしがみつける。ふたりでひとりが今からひとりでふたり。影さん、影さん、隠れてください」
30秒数える。
そして、目を開けて、部屋の明かりをつけた。
「うわぁ!!!マジで影がなくなっている!!」
ケンイチの言った通り、影剥がしは成功したということだろうか、足元にもどこにも俺の影はない。
「みんな、みえる?俺の影マジでないよね!?トリックとかじゃないよ、ほら、カメラの影はあるのに俺の影だけない!」
影がない、それは不思議な感覚だ。影のない足はひどく無防備に見えた。
興奮は次第におさまりつつあった。
影が激しく逃げ回るといったが、影は部屋のどこにも見当たらない。隠れているのだろうか。
「はい、じゃぁ、影探していきますー」
探しても探しても見つからない、おかしいなー、とヘラヘラ笑うが額の汗の量は増えるばかりだ。広い部屋ではない、なのに影が見つからない。
「ちょっと、影剥がしに詳しいトモダチにきいてみるねー」
そう言いながらケンイチに電話する。
「…なんだよ」
「悪いな、寝てたか」
「何時だと思ってんだ」
迷惑そうなケンイチに苛立つ、お前が持ってきた企画だろうが。生放送の時間も伝えたんだから見ていろよ。
「なぁ、影がみつからないんだ」
「影剥がしか?」
「手順どおりにやったのに、部屋の扉のガムテープ、真っ暗な部屋、怪しげな呪文、目をつぶって30秒数える、明かりをつける、なぁ、あってるよな」
「あっている…と、思う。影は暗闇に隠れているんだ、灯りをつけて照らしたか?」
「は?え?明かりをつけたから、この部屋に暗闇なんてないぞ」
さぁて、影はどこに隠れたのでしょうか。