……遠い。
2人っきりの帰り道、アスファルトに映っていた影がほんのりと薄くなる。
ポツポツと家々の窓には明かりが灯っていく。
久しぶりに2人で帰ったせいか、お互い歩く歩調を合わせようとする。少しばかり会話の無い時間が流れた。
「ねぇ、舞。舞ってば……。」
学校を出て、数分ほど歩いたところで花梨は私の名前を呼んだ。
私は隣を歩く花梨の方へ視線を映した。
花梨は何か考えていることがあるのか、眉をひそめて難しそうな表情を浮かべている。
「どうしたの、花梨。素直になるための練習について何か相談事?」
私は心配して花梨の顔を覗き込む。
花梨は私の視線に気付いて、少しだけ気まずそうに俯いた。
その場に一瞬だけ立ち止まるも、話すことを決意したのか再び歩き始めた。
「それもあるのだけれど……まず話しておきたいのは大翔のことよ。」
花梨は顔をあげ、腕をビシッと伸ばす。
ツンと私の鼻をつつくかのように目の前に指を突き付けられる。
私は花梨の迫力に負けて思わず息を飲む。
パチパチと瞬きして目を丸くする。花梨は丸くなった私の瞳をジッと見つめた。
「はぁ。何驚いてるのよ。」
花梨は溜息をついた。私の驚く様子を見て呆れたように苦笑いする。
「花梨の口から大翔の名前が出るとは思わなかったから。」
私は本音を口にする。それと同時に花梨が思ったよりも前向きであることに安堵する。
「ふんっ。……アタシがあれくらいのことでへこたれると思ったら大間違いよ!」
花梨は鼻で笑う。口元を釣り上げて自信満々の笑みを浮かべた。
街灯りに照らされているせいか、花梨の笑みはいつもよりも明るく映った。
私は思わず見惚れてしまった。
花梨はあんなに色々と言われたのにどうしてこんなにも前向きになれるんだろう。
「ツッコミなさいよ!……て、そんなことはいいのよ。アタシがまず相談しておきたかったのは大翔のこと!」
花梨はツッコミ待ちだったのか、不服そうに私のことを見つめる。
そして強引に話題を切り替えた。
「大翔のこと?」
私は首を傾げた。今さら大翔のことで相談したいなんて。
やっぱり素直になりたいって……大翔のことを諦めきれずに好かれたいからなんだろうか。
再び私の心には靄がかかる。
「そう、だって変じゃない。今までアタシのことムカついていたのは……認めたくないけど、いきなり呼び出して罵倒をするだなんてそんなキャラじゃなかったじゃないの!」
花梨は眉をひそめる。放課後のことを思い出して、ふつふつと怒りをこみ上げているようだった。
拳を強く握りしめて目付きをキリッと釣りあげる。
「確かに。私もおかしいとは思った。だって……。」
最初に出会った時私と花梨の喧嘩を仲裁してくれていた。幼い頃から優しかった大翔が暴言を吐くだなんて考えられない。何か裏があるかもしれない。
私は思ったことを全て吐きだそうと思うも、口をつぐむ。
昔のことを覚えているなんて気恥ずかしいからだ。
「何よ?」
「なんでもない。」
花梨は疑問に思ったのか私に問いかけるも私は即座に何もないことを口にした。
「ふんっ。でも不思議よね、あいつの一番の取り柄って優しさだったじゃない。」
花梨は私を気にする様子はなく、大翔のことを話し始めた。
「最初の出会いって覚えてる?アタシと舞が玩具の取り合いをしていたときに仲良くするように仲裁してくれたのが大翔だったのよね。」
花梨は思い出すかのようにまぶたを閉じる。そしてポツリ、ポツリと昔のことを楽しそうに話し出す。
私は思わずドキッとする。
花梨もちゃんと覚えていたんだ。
私は嬉しい反面、心の中の靄はさらに深くなる。
「だから思ったのよ。大翔の言葉は本心じゃないって……。」
花梨は家の前についたからか、立ち止まる。ゆっくりと目を見開く。
少しだけ自信がなさそうに言葉を口にした。
「私も……、花梨の言う通りだと思うよ。」
私も花梨同様立ち止まる。自信がなさそうな花梨に対して肯定の言葉をかける。
本心ではある。だけど、仮に大翔の言葉が嘘だったとしても暴言を吐いたのは紛れもない事実だ。
花梨に幸せになってほしい。あんなに傷ついた花梨を見たくない。
心の中の靄は黒く染まっていく。
「舞がそう感じてるならいいの。」
花梨は静かに笑った。力のない笑みを浮かべて。
私はその笑みを見て近くにいるはずなのに距離を感じる。
嫌な予感がした。
私はとっさに何か言葉をかけようと思考する前に花梨は背を向けた。
「明日から特訓付き合ってよね。舞も内容考えなさいよ!」
いつも通りの声だ。さっきまでの距離感は気のせいだったのかもしれない。
私はホッと心の中で息をつく。
「もちろん。」
一言だけ言葉を返した。私は花梨が家の中に入るまでを見届けよる。
「そうそう。」
花梨は何かを思い出したかのように振り向いて私を見つめた。
「……今日はありがと。助けてくれた時、嬉しかったわ。」
花梨は深呼吸をして息を整える。
指先にはくるくると髪の毛を巻き付けて照れを隠しているようだった。
「……。」
私は花梨の言葉を聞いて無言で親指を立てた。
心が一気に明るくなる。余裕が出来た私は空を見上げると視界には満月が映った。
だけどまだ花梨は家の中に入る気配がない。
私は浮かれていてこの時の花梨の表情は見えていなかった。
「……それから大翔のこと、アタシに気にしないでいいから。」
花梨は重々しく口を開いた。いったい私はどんな表情をしていたのだろうか、まったくわからない。
一言残された言葉は私の胸に突き刺さり冷静さを取り戻す。
私は何か言葉をかけようとするものの、バタンという音と共に家の中に入ってしまった。
残された私はどうすることも出来ず再び空を見上げた。手をゆっくりと月へ向かって伸ばす。
「……遠い。」
私はポツリと呟いて1人寂しく家へと帰るのであった。
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