素直にでもなったら。
私は少しでもこの場から離れようと足を進めた。
ドンッという音と共に私のぺったんこな壁に誰かがぶつかった。
小柄な女の子だ。ぶつかった衝撃で女の子はぺたりと地べたにお尻をついた。
横から垂れているサイドテールの髪も地べたにぺたりとつく。
「ごめんなさい。大丈夫だった?」
私は思わず空いていた手を差し出した。
女の子は私の手を掴むことはなく自力で立ち上がった。
「大丈夫ッスよー。それじゃ、うちは先を急ぐので、失礼するっすね。鶴川先輩!」
爽やかな笑顔をむける。太陽のように明るい印象を受けた。
私は彼女の名前を聞くことはなくそのまま立ち去った。
「……なんで私の名前を?」
私はぼそりと言葉を漏らした。
「知らないわよ、そんなこと。最近よく見るからてっきりあんたの知り合いだと思っていたけれど……。」
私の独り言に花梨は反応を示す。
いつものような高飛車な元気はまったくないけれど会話はできそうなくらいには回復したようだ。
「……ていうかいつまで繋いでるのよ。さっさと離しなさいよ!」
花梨は手をぶんぶんと振り回す。私はゆっくりと手を離し花梨を解放した。
「ふんっ。」
花梨は小さく鼻を鳴らす。ツンとした態度を取り顔を背けた。
「……、……そ、その。」
しばしの間静寂に包まれる。私は彼女に対してなんて言葉をかけるべきか思案していると、静寂は彼女の方から破られた。いつもの自信満々な姿とは違いおどおどとした小動物のような態度。
何か言葉を伝えようとはして綺麗なツインテールを指に巻き付けている。
「ありがと。助けてくれて。」
花梨は弱々しい声でお礼を述べた。
「……別に。私はただライバルである花梨が一方的にやられている姿を見てられなかっただけだから。」
私はできるだけいつも通りに返答する。
「ちゃんとお礼を言ってるんだから素直に受け取りなさいよ、何が別によ。……別に!」
花梨は眉をひそめた。そしてツンと釣りあがった瞳をさらに釣りあげて私を睨みつける。
「助けたのに怒られる筋合いはないんだけど。」
私は花梨が元の調子を取り戻していることが嬉しくてつい軽口をたたく。
花梨はそれにツッコミを入れるかのように元気よく言葉を繰り出す。
「怒ってないわよ!!」
「怒ってるじゃん!!」
私は花梨の言葉に負けないように大きな声を出した。
「……ぷっ、あははははは。まったくもう……幼稚園の頃から変わらないわね、私たち。」
花梨は我慢できずに笑いだす。目には涙を浮かべて。
さっきまでの校舎裏の出来事などまるで忘れてしまったかのように。
「フフッ……それもそうだね。だけど花梨が元気でたようで安心した。それでこそ私のライバルだよね!」
私は花梨が元気を取り戻したことが嬉しくてついつい笑みがこぼれ出る。
花梨の顔を覗き込むかのようにしゃがみ込む。
「……っ!!な、何見てるのよ。きゅ、急に見られたら恥ずかしいじゃない!」
まだ夕日のせいか、花梨の頬はほんのり赤みが見える。
花梨は再び顔を背けると横目で私のことを確認する。
花梨は何かを聞きたいのかチラチラと私を見つめる。
私は花梨が聞きたい内容を聞けるまで少し距離と取り、大人しく待つことにした。
花梨は少し不安げな笑みを浮かべて再び沈黙を突き破る。
「……ねぇ、舞。本当に助けてよかったの、アタシが振られたってことはあんたと付き合おうとしてたと思うんだけど。本当に……。」
「大丈夫。だってあんなに暴言を吐く男だよ、今まで気づかずに好きだったなんて私たち二人とも見る目がなかったよね。」
私は即答した。本心である、理由が何であれ暴言を吐く男、そんな相手と結ばれても嬉しいはずがない。
負けヒロインになって正解だった。少しでも花梨が思い悩まないように笑い話にしようとした。
「それもそうね。アタシに暴言を吐くなんてあいつの見る目がなかったってことよね!」
花梨は私の言葉を聞いて同意する。
いつもの調子を取り戻したのか自信満々の笑みを浮かべた。
「さっきまであんなに落ち込んでたくせに。」
そんな自信満々の笑みを見て私もぼそりとツッコミを入れた。
「うっ、うるさいわね。さっきまで落ち込んでたんだから優しくしなさいよ!」
花梨は私のツッコミに突っかかる。一歩足を踏み入れて近づく。
私と視線を合わせようと懐に入り込む。
私は思わず息を飲む。とても綺麗な顔立ちだ。
釣りあがった大きな瞳は月のように輝く。
形のいい鼻は高く、唇は血色の良い赤みを帯びている。
「は、ハァ!?助けてあげただけでも充分な優しさ。これ以上優しさを欲するならせいぜい素直にでもなったら。」
私の頬はついつい熱くなる。この熱を見られたくなくて一歩後ずさる。
私は言葉を吐き出したあと、少しだけ後悔をした。
大翔に受けたトラウマを刺激しないかと。
素直になったらという言葉は言うべきではなかったんじゃないかと。心の中に靄がかかる。
「……。」
花梨は私の言葉を受けて再び沈黙が訪れる。
やってしまった。自分の方が素直になれよ、と私は自分自身にツッコミを入れるのであった。
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