これからもよろしく
「花梨ーっ!!」
夕暮れ時、帰り道で花梨の姿を見つけた。
その声に反応してか、大きくツインテールが揺れた。
花梨は私を見ると目をパチパチと見開いた。
そして、ツンっと顔を背けてスタスタと立ち去ろうとした。
「無視しないで。」
私は花梨の腕をふと掴む。
花梨は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
「……っ。」
小さく息を吸う。
花梨はすぅーっと息を吐きだして深呼吸をした。
「今更なんなの?」
花梨は諦めたのか、私のことを睨みつけた。
私は花梨の視線から逸らすことなくジッと見つめる。
「ちゃんと言えてなかったから。」
私は拳を強く握りしめる。
「……何を?」
花梨の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がっているのが見えた気がした。
オレンジ色に染まる空。私の鼓動が高鳴る音が響き渡る。
花梨にもこの音は届いているかもしれない。
ごくりと息を呑む。
私は言葉を伝えようと口を動かした。
「……。」
だけど音が出ない。ここまできて……。
私は花梨のことを意識していることに気付いたというのに。
伝えた後はどうしたらいいんだろうか。
花梨にその気がなければ、私は嫌われてしまうかもしれない。
仮に成功したとしても……。
付き合うのか。付き合ったとして私が花梨を守ることができるのか。
このお姫様の相手にふさわしいんだろうか。
「……な、何か言いなさいよ。」
花梨の眉間にシワが寄る。
私が何も言わないから苛立っているようだった。
「その……。」
私は小さな声を出した。
唯に背中を押されたし、ここはちゃんと伝えないと。
「仲直りをしたい……。」
私が恐る恐る吐き出した言葉を花梨は聞いている。
ワナワナと肩が震えていた。
「っ……!……アーハッハッハ、ハハハ!」
花梨はお腹を抑えて大きく笑い出した。
「真剣な表情だったから何言われるかと思ったら……。」
目には小さな涙を溜めている。
「そんなの、断る理由なんてないじゃない。」
花梨は指先で自身の涙を拭う。
にっこりとした笑顔をこちらに向けている。
私は小さく息を吐きだす。
胸をゆっくりと撫でおろしてホッとした。
花梨は手を差し伸べる。
私はその手をしっかりと握りしめた。
「今度はちゃんと言い訳せずに握ってくれるのね。」
花梨はやや嫌味を言い放った。
私はその言葉に苦笑いを浮かべる。
「女の子同士だから。」
花梨は私の言葉にピンときてないのかポカンとした表情を浮かべた。
私はゆっくりと口を開きそのまま言葉を続ける。
「同性同士なら変な噂とかもたたないから。」
私は唯の言葉を思い出していた。
意識しているから勘違いされるという発想が出るという言葉を。
なら普通は勘違いされないということだ。
「ま、別に勘違いされたとしてもいいけどね。あんたなら。」
花梨は私の言葉にサラっと言い返す。
どことなく生クリームを口の中に放り込んだ雰囲気が漂う。
「……。」
告白をするなら今かもしれない。
私はそう思って再び言葉を口にしようとするも、言葉を飲み込んだ。
「どうしたのよ、なんか言いたそうな顔をして。」
「ん。何でもない……ただ。」
花梨はもしかしたら私の言葉を待っているかもしれない。
「ただ?」
花梨が私の元へ一歩近づく。
「花梨と仲直り出来てよかった。」
私は花梨の問いかけに満面の笑みを浮かべて答えた。
そして、この想いを胸にしまうことにした。
私はきっと花梨のことが好きなんだと思う。
だけど、傷心中の花梨に対して今思いを伝えるのは早い。
それにちゃんと花梨というお姫様を守ってくれる相手が現れるかもしれない。
もし現れないなら、その時は私がちゃんと想いを伝えたらいい。
それまでの間は花梨のことをちゃんと守ろう。
私と花梨の関係性はこれ以上急に変える必要なんてない。
だって、こうして少しでも仲良くなれたし。
もう大翔のことなんてどうでもいい。
私はライバルであり、お姫様である花梨が傷つかないならそれでいい。
「ねぇ、花梨。」
私は花梨の名前を呼んだ。
それに気付くと花梨は手を強く握りしめた。
「これからもよろしく。」
私は花梨の手を握り返すように強めに力を入れた。
花梨の顔は夕暮れに照らされていたせいか、ほんのりと赤かったような気がする。
「当たり前でしょ!!」
花梨の大きな声が空に響き渡っていったのだった。




