ちゃんと気持ちは伝えたほうがいいよ
あれから一夜明けた。
私の頭の中は花梨の言葉でいっぱいになっている。
花梨はどういった意図であの言葉を口にしたのだろうか。
ずっと考えていたけど答えが当てはまらない。
もしかして……。と思ってしまうもののきっと勘違いだと自分に言い聞かせる。
今日の朝、花梨は迎えに来なかった。
あの言葉を理解しないまま会いに行くのは花梨の地雷を踏みそうだ。
私は机に顔を伏せた。
もう放課後だ。外には下校をしている生徒の姿が見える。
「はぁ~~~。」
私は大きなため息を吐き出した。
そんな私の背中をバシーンと大きな衝撃が襲った。
「マイマイ、ため息なんて吐いてどーしたのー?」
唯だ。彼女は一言声をかけると空いている前の席に座った。
そして私のことをじーっと見つめて顔を覗き込むかのように近づける。
「……なんでもない。」
私は顔を背け、小さな声で呟いた。
相談なんてできるわけがない。ただでさえ花梨を怒らせたかもしれないのに。
これ以上花梨のことを勝手に話して怒らせるわけにはいかない。
「……ふーん、別にいいんだけどさ。」
唯は私の様子をジッと見つめる。
真っ直ぐと突き刺さる視線はどこか私の心がチクチクと刺激した。
どうせこのまま一人で考えていても勘違いしてしまうだけ。
花梨の名前さえ出さなければ気づかれないか。
私は上半身を起こすと、背筋をピンっと伸ばした。
唯を見つめ返すように目線を合わせる。
私は意を決して大きく口を開いた。
「……これは友達の話なんだけど。」
私は拳を強く握りしめた。
掌に汗が滲み出てくる。
「……突然、同性の友達に手を握られたみたいなんだ。」
大丈夫、気づかれてない。
このまま続けてしまおう。私は拳を握り直した。
「だけど、その友達は変な勘違いされるといけないからって手を振りほどいた。」
額から汗が流れ出る。
私は汗を拭う暇もなく言葉を続けた。
「その時に、気にしない。あなただからよかったって言われたんだけど……。」
唇を強く噛む。余計なことを言わないように。
私は言い切ったあと、ホッと胸を撫でおろす。
相談したかったことをちゃんと話せた。
唯は真剣に聞いている。
悩む素振りを見せて額を抑えて、目を閉じた。
「そもそもさ。その友達の方が意識してるんじゃない?」
唯は考えがまとまったのか言葉を口にした。
「え。」
私は思わず声を漏らす。
私が花梨のことを意識している……?
頬がだんだんと熱くなっているかのように感じた。
「だってさ。意識してないなら、変な勘違いが起きるなんて言わないしー。」
唯の口角がわずかに上がった気がした。
「でも、マイマイのことじゃないんでしょ?」
「う、うん……。」
私は唯の問いかけに反射的に頷いた。
「なら何顔を赤くしてるのさー。」
「あ、赤くなんて……。」
唯はクスクスと笑った。
私は唯の笑いに反応してつい立ち上がった。
「マイマイのことじゃないならそんなに慌てなくてもいいんじゃないー?」
「……。」
「ま、例えマイマイのことだろうと私は気にしないし。」
呆然と立ち尽くす私の姿を見て、唯もゆっくりと立ち上がった。
「それに、その相手の方も……気はあるからそう言ったんじゃないのかなー?」
「……っ。」
唯はそのまま背を向ける。
私はごくりっと生唾を飲み込んだ。
「だからちゃんと気持ちは伝えたほうがいいよ。」
いつもは軽く感じる唯の言葉に重みを感じた。
「ただでさえ伝えるのが下手糞な部分ってあるんだし。言葉足らずだし。」
今、唯はどんな顔をしているのかはわからない。
「それなのにどうでもいいこと気にしすぎだし、誰のことかだなんて簡単にわかるよ。」
だけど、相談内容について私のことだと気づいているんだと思う。
「だけどマイマイはそこが良さだからねー。」
それでもこうやってちゃんと向き合って話してくれる。
「まだ自分の気持ちに気付いてないだけならちゃんと確かめなきゃね、いってきなよー。」
そんな唯の後押しがとても心地よく感じた。
「終わったらたくさん話、聞いてあげるからさー。」
「ありがとう、唯。私、話してくるよ。」
私の口角がわずかに上がる。
唯から背中を押してもらったわけだしこのままにしておくわけにはいかない。
私はそのまま廊下へと飛び出す。
もう放課後、せっかく唯に言われたんだからそのまま逃げるなんてことはしたくない。
正直もう大翔のことなんてどうでもいい。
花梨に対して思っていることをちゃんと伝えよう。
自分の言葉で。
私は改めて拳を握りしめて帰り道を爆走するのだった。




