らしくないわね
「ふんっ、いったいどれだけ待たせるつもりだったのよ。」
下駄箱に向かうと花梨がそこにいた。
鼻を鳴らして、そっぽを向いた際にゆらりと髪が動く。
夕陽に照らされた金髪が絹のように滑らかで輝いて映る。
「……約束してないけど。」
私はすぐに視線を逸らす。下駄箱から靴を取り出して地べたへと落とした。
どうやら花梨はあまり気にしてないみたいだった。
いつも通りの姿であるはずなのに。
眩しくて目を開けられない。太陽でも見ているかのようだった。
私だけが気にしすぎだったのだろうか。
それともこんなにショックを受けているということは、やっぱり大翔のことが好きだったんだろうか。
それに、なんで花梨はいつも通りなんだろう。
花梨が冷たい女だった。いや私よりも感情的な女の子のはずだ。冷たいはずがない。
「約束してなくてもいいじゃない。一緒に帰るわよ。」
花梨はそっと私に向けて手を伸ばした。
私はその手を取らずに歩き出す。
「ちょ、ちょっと。何で無視するのよ!!」
理由は単純明快。私だけが気にしているなんてまるで負けているみたいなものだ。
だけどそのままを花梨に伝えるわけにはいかない。
私は少しでも取り繕うとして、花梨に対して笑顔を向けた。
「ただの冗談、冗談。あまりにも元気だったから少しだけからかってみたくなっただけ。」
大丈夫だ。上手に笑えている。
私は自分に言い聞かせるかのように心の中で呟いた。
「らしくないわね。」
花梨はそんな私の心を見透かしているのか、私の目をジッと睨みつけた。
「ら、らしくないって……。」
「少なくとも私が知ってる舞は冗談なんか言える性格じゃないもの。」
花梨は私の目の前に立ちはだかるように飛び出した。
指をビシッと突き立てる。仕草とは正反対に眉を下げた。
優しそうな笑みを浮かべ、いかにも私のことを心配しているのは明らかだ。
「……冗談くらい言える。」
私はゆっくりと口を開いた。
頬の筋肉は強張っていく。表情が歪みだす。
こんな表情を見せたくない。
私は花梨に気付かれないように頭を下げて顔を隠す。
そして何事もなかったかのように花梨を素通りして歩き出した。
「ちょ、ちょっと……。」
花梨は小さな声を出す。
小走りでトコトコと後ろについてくる。
「ね、ねぇ。」
「あの。」
「何か言いなさいよ……。」
花梨は私の様子を伺うように声をかける。
まるで構ってもらいたい子犬のようだ。今にも泣いてしまいそうな震えた声を出す。
「……。」
私は思わず息を飲む。
なんて言葉を口にしたらいいのだろうか。
素直に花梨に問いかけるか。
でも、それだと花梨に対して私が大翔の件を気にしているのが丸わかりになってしまう。
だけど、このまま無視を続けるわけにはいかない。
単純に気まずい。
それに花梨の悲しむ姿はこれ以上見たくない。……ライバルとして!!
私は眉間に皺を寄せる。
何か言わないと。焦りと緊張により汗が滴り落ちる。
「お、怒ってる?」
花梨の弱々しい声が聞こえた。
違う、断じて怒っているわけではない。
だけどなんて言葉を返したらいいのか未だに思いつかない。
「……はぁ。」
私は小さくため息をついた。
花梨に対してではなく、自分の情けなさに対してである。
どうして言葉にすることが難しいのだろうか。
花梨は私のため息に反応してビクッと体を飛び跳ねた。
歩くスピードが段々と遅くなる。
私が立ち止まると花梨もその場に立ちすくむ。
私はクルリと振り返る。私たちの距離は縮まない。
「……な、何よ。」
花梨は私をちらりと見るもすぐに視線を逸らす。
花梨のそんな態度を見た瞬間、私の胃はギュッと紐で締め付けられたように苦しくなる。
何か言葉を口にしないと。私の思考回路は音を立てて熱くなった。
「別に。……怒ってない。」
私は絞り出すように声を震わせた。
花梨の元へ近寄ろうと一歩ずつ足を踏み出す。
「……ち、近寄らないで。」
花梨は弱々しい声を上げた。
一歩、後ずさり距離を保とうとする。
「怒ってるならちゃんと言いなさいよ。アタシ、気に障るようなことでも言った?」
花梨は顔をあげる。荒々しく声を張り上げ、私をキッと睨みつけた。
元々つり目だった目がさらに釣りあがる。
私は思わず息を呑む。
急に怒りを露にした花梨に対して目を丸くした。
「……い、嫌なのよ!!知らない間に怒らせるのは……。」
花梨の声が裏返る。目には涙をためて、ポロポロとこぼれ落ちていく。
涙を隠すように花梨は顔を俯かせた。小さな呼吸音が聞こえる。
しばらくの沈黙が続く。
てっきり花梨は何も気にしていない。
いつも通りだと思っていた。だけどそれはただ強がっていただけなのかもしれない。
私は花梨に対して謝ろうと思って口を開こうとする。
しかし、先に沈黙を破ったのは花梨の方だった。
「もうあんな気持ちを味わうのは嫌なのよ。」
消えてしまいそうな声で花梨は呟く。
私はその言葉を聞いて黙るしかなかった。




