28.【SIDE:勇者】ルーナ、村人を守るために絶望的な戦いに身を投じる覚悟を決める
「回復薬良し。装備品の替えも良し。どうなることかと思ったけど、これならどうにかなりそうやな……」
「ああ、これなら持ちこたえられそうだ」
私――ルーナは、ピエール(一緒にクエストを受けたパーティのリーダー)たちと協力して、村の備品をチェックしていた。
(それにしても――遅すぎる! オリバーは何をしとるんや?)
(まさか、ゴブリンの巣に向かったりは? いいや、いくらオリバーでも、さすがにそこまでアホやあらへん……よな?)
ゴブリンたちを刺激しないこと。
この村は、強固な防衛体制を持っていると示すこと。
ギルドからの救援を持つこの作戦は、2つの条件から成り立っている。万が一にもこちらからゴブリンに手を出したら、すべてが水の泡なのだ。
それから更に少し経ち、ようやくオリバーが戻ってきた。
(お! ようやく戻ってきたんやな!)
(備品チェックなんて地味な作業に耐えられなくて、サボったんか?)
オリバーは何故かボロボロだった。
どうやら、モンスターとの戦いを終えた後のようだった。身にまとった鎧は、ファイアボールの魔法が直撃したのか、黒く焦げている。
オリバーは死にそうな顔で、
「ゴブリンやべえ……」
そう呟いた。
(オリバー!?!?)
(あんた、まさか……。まさか――!?)
「オリバー。その怪我、どうしたん?」
「ああ。ゴブリンの巣を見てきたんだ。ゴブリン程度なら、全滅させられるかと思ってな」
「ま、まさか……。手を出したりしてへんよな?」
「へへっ。門番は全員潰したぜ! そしたら奥から魔法を使うゴブリンが現れた。ありゃ、やべえな。さらには巨大なゴブリンも――あれはゴブリンキングだな!」
「アホー!!!」
私は頭を抱えたくなった。
すべてが台無しになった瞬間である。
「繁殖期のゴブリンは、ただでさえ狂暴なんや。ましては巣穴を襲われたとなれば……。ただじゃあ、済まへんで!?」
「あ。そういえば、村に入る直前に、斥候ゴブリンが逃げて行くところを見た気も……」
「アホー!!!」
(本当に、何してくれてるの!?)
(ゴブリンの群れを、この村に呼び寄せたかったの!?)
私はストンと表情を失った。
オリバーから目を離した私の落ち度でもある。もう縄で縛っておくか?
「ルーナちゃん、どうしたんだ?」
「本当に申し訳ない。すべては私の管理不行き届きや……」
頭を下げても許されることではない。
巣が襲われたとなれば、間違いなくゴブリンは報復に来るだろう。繫殖期のゴブリンが総力を上げて襲い掛かってくるとなれば、この小さな村はひとたまりもない。
「――かくかく、しかじか」
私は正直に打ち明けた。クエストを手伝って名誉挽回どころではない。もはや大戦犯である。
「そ、そんな……」
「なんでそんなことを!?!?」
非難するような視線が、オリバーに突き刺さる。オリバーは、未だに自分が何をしでかしたのか理解していない。その呆けた顔が流石に恨めしい。
「こうなったら仕方あらへん。どうにかして、村人たちを逃がすんや!」
「だとしても、この人数を守りながら移動なんて不可能じゃ?」
「そんなこと言ってたら全滅だぞ!?」
急な事態に意見がまとまらない。
(ああ。どうして、こうなってしまったんやろうな?)
(どこかで、見切りを付けるべきやったんかな?)
沈みゆく泥船に見えた勇者パーティ。どうにか立て直そうと思っていたけれど、こうなってしまっては、もうどうにもならない。さらには当の勇者は、未だにずっとこの調子。
(――なんて、恨み言を言っても仕方あらへんな)
前を向こう。やれることをやるしかない。せめて最期ぐらいは、勇者パーティらしく。胸を張って生きられる生き方をしよう。
「私が、この村に残るよ」
「何を言ってるんだ、ルーナちゃん?」
「私はこれでも勇者パーティの一員や。こういう場合の対処法は、お手のものや。少しでも長く引き付けるから……。後は頼んだで?」
「単身で挑むつもりか? そんなことしたら――!」
「分かってる。やとしても、それが最善なんや。ピエールたちは、その隙に村人たちを連れて欲しい。少しでも遠くに逃げて欲しいんや」
この村は、いつ襲われるか分からない危険地帯に変わった。一刻も早く行動を起こさねばならない。
「ふざけるな! 1人を犠牲にして、俺たちに生き恥を晒せと言うのか?」
「まったくだ。俺たちも残るよ。少しでも長く持ちこたえれば、向こうが生き残れる可能性も上がるだろう?」
しかしピエールたちは、私だけを犠牲にすることを、良しとはしなかった。生き残れる可能性は限りなく低い。そう分かった上で、ここに残ると言い張ったのだ。
(そうやな。村人たちのことは不安やけど……)
(どうにかして、ゴブリンたちを食い止める方が優先度高いわな)
ゴブリンたちが、村人たちの元に到着した時点で事実上のゲームオーバー。それなら戦力を分散させるより、戦える人は全員ここに残った方が好ましいのかもしれない。だとしても、
「こんなことになってしまって……。本当に申し訳ないな」
「な~に。冒険者なんて、死ぬ覚悟が出来てる連中しか居ないさ」
「ふっふっふ。ここを生き残れば英雄だ――腕が鳴るな!!」
こんな時だというのに、ピエールたちのパーティは、楽しそうに笑っていた。パーティメンバー同士の厚い信頼関係が伺える。
その風景は、少しだけ羨ましくもあった。