エビチリおばさんと豆乳おじさん 3
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僕はいつの間にか、毎週のように山田苑へ通うようになっていた。プロジェクトの山は越えたとはいえ忙しいことには変わりなく、総じて帰りは遅い。節約のためにできるだけ自炊するよう心掛けているのだが、無理は禁物である。というわけで、山田苑は僕の生活の一部となっていた。
山田苑のメニューには、いつしか豆乳鍋がラインナップされていた。豆乳鍋は果たして中華料理に含まれるのか。調べて初めて知ったのだが、豆乳は中国発祥らしい。
クックパッドで検索したところ豆板醤や甜麺醤を加えた中華風豆乳鍋というものが引っかかったが、山田苑の豆乳鍋は白だしベースなので完全に和風だった。シメを中華麺にするという恵子ちゃんの機転により、かろうじて中華料理の名目を保っていた。
「ところで、これもらってくれません?」
恵子ちゃんは、ピンクのリボンで飾られた綺麗な箱を差し出してきた。
僕は壁の新堂陽カレンダーを見上げた。今日は二月十七日。
次に記憶を辿った。最後に山田苑を訪れたのは、少なくとも四日以上前だ。そして、三日前には、部署で唯一の女性社員(御年五十二歳)から板チョコをもらった覚えがある。ずっと仕事に追われていた僕には年頃の女性と仲良くなる機会もなく、その板チョコが唯一の戦利品だった。
そんな僕に恵子ちゃんが、
「深道さんがお店来てくれるの、ずっと待ってたんですよ」
とか言うのだから、期待するなという方が無理な話だろう。
包装紙をよく見ると、チョコ業界に疎い僕でもさすがに知っている、高級チョコのブランド名が書いてあった。
小躍りしそうになるのをこらえ、平静を装いつつ箱を受け取った。
「三日前にゆいさんが来たんですけどね」
急に雲行きが怪しくなってきた。
「ゆいさんが置いてったんですよ、それ」
逆チョコというやつか。最近は男性が女性に贈る場合もあるとか。「毎日やまちゃんの仏壇にお線香あげてる」などと憎まれ口を叩いていた掛川さんだが、実はというかやはりというか、恵子ちゃんに好意を寄せていたのだ。
「私、チョコが世界で一番嫌いなんですよ」
好意のかけらもないかもしれない。
「これ、チョコ業界に疎い私でもさすがに知ってる高いやつですよね。捨てるのも忍びなくて、深道さんに譲ろうと思ってたんです。既製品ですし毒は入ってないですよ、多分」
平静を装っておいて良かったような、かえって恥ずかしいような複雑な気分になった。
「ゆいさんの生ごみ押し付けるお詫びといってはなんですが、実は私からもあるんですよ。お返しは服がいいです。足が長くシュッと見えるパンツが欲しいなぁって思ってて。あーもうトリックアートでもいいから足長く見せたい」
そう言って恵子ちゃんがくれたのは、偶然にも部署で唯一の女性社員(御年五十二歳)からもらった板チョコと同じ物だった。