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山田恵子はエビチリが好き 【短編連作】  作者: 深瀬はる
エビチリおばさんと豆乳おじさん
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エビチリおばさんと豆乳おじさん 2



 ある休日の夜、僕は再び山田苑を訪ねた。

 恵子ちゃんはちょうどカレンダーを捲っているところだった。そうか、今日から十二月か。

「いらっしゃいま……あ、深道さん。お一人ですか?」

 探るような口調。僕の背後を伺うように視線を動かしている。今日は僕だけだと伝えると、「そうですか良かったです」と言って剥がしたカレンダーを持って一旦奥に消えた。

 青椒肉絲を頼んだ。しかし恵子ちゃんが持ってきたお盆には、勝手にエビチリがプラスされていた。さすがにお重ではなかった。

「今回だけサービスです。前来てくれた時、おいしいって言ってくれたから」

と、恵子ちゃんは笑った。

「ゆいさんも素直においしいって言ってくれればまだかわいげが……いやないわ絶対裏がある」

 恵子ちゃんはおもむろにカウンターの下にしゃがんだ。持ち上げたのは段ボールの小ケースだ。しゃがんで持ち上げてを繰り返し、カウンターに箱が四つ並んだ。

「見てくださいよこれ。おとといゆいさんが来て置いていったんです」

 四つの味の豆乳がそれぞれ一ダースずつ。普通の豆乳、ソーダ味、焼き芋味、コーヒーミルク味。焼き芋味の豆乳は他の味の半分くらいしか残っていなかったので、恵子ちゃんのお気に召したらしい。

「いらねぇっつってんのに余計なことばっかりするんですよ、あの豆乳おじさん。深道さんもあんな先輩がいて大変じゃないですか?」

 掛川さんの社内での評判は悪くない。口は悪いが、仕事が速く、意外と気遣いもきく優秀な人物ということで通っているのだ。僕も幹部への提案説明や委託先企業との折衝で随分お世話になった。

 豆乳を持ってきたのも、本気で恵子ちゃんのことを想ったのかもしれない。

「そんなわけないじゃないですか」

 うん、僕もそう思う。


 僕以外の客が()けたタイミングで、恵子ちゃんはすかさずドアに「CLOSED」の札を提げた。僕はまだ食べ終わっていなかったが、別に好きなだけいてくれて構わないとのことだった。

 なんでも、地上波で初放送される映画がどうしても見たいらしい。恵子ちゃんイチオシの俳優、新堂(ひなた)の主演映画「殺し屋食堂」。言われてみれば、壁にかかっている猫じゃない方のカレンダーは新堂陽だ。

 録画しておけばいいじゃないかと思ったが、

「録画はいいかな。ブルーレイ持ってるんで」

ときた。なおさら地上波にかじりつく必要はないような気がしたが、ライブ感が違うらしい。その気持ちは少し分かる。何度も放送されているジブリ映画の地上波放送を毎回見てしまうのと似た感覚だろうか。

 劇中の新堂陽は、水色の服に黄色い帽子にポシェットという幼稚園児みたいないで立ちだった。その大きな幼稚園児が、大ジョッキにてんこ盛りのパフェを食べながら、口角を猟奇的に上げて煌めくナイフを舐めている。もう何が何だか分からない役回りだったが、恵子ちゃんは、

「陽くんのショタ姿やべぇ……」「パフェ似合うぅ!」

と、うっとりしたりキャーキャー叫んだり忙しそうだった。


 映画もクライマックスに入ったころ、

「あれ、なんで幸太いんの?」

 CLOSEDの札を無視して入ってきたのは掛川さんだった。恵子ちゃんは掛川さんに一瞥をくれ、眉間にものすごく皺を刻みながら映画に戻った。

「そろそろなくなるんじゃないかなぁと思って持ってきた」

 そう言って掛川さんがどすんとカウンターに置いたのは豆乳焼き芋味一ダースだった。恵子ちゃんはそれを気持ち長めに見つめ、慌てて映画に戻った。

「まーた新堂陽かよ。幸太まで巻き込んで」

「定期的に新堂陽を摂取しないとやってられませんよ。深道さんも陽くんにハマったらしいです」

 ハマったなんて一言も言っていないが、実際のところ映画は普通に楽しんでいた。成り行きで頭から見ていたのもあって、途中で切り上げて帰るのも居心地が悪かったのだ。

「実写面白い? 結構前だけど、漫画は面白かった印象がある。途中で続き出なくなったから打ち切りになったかと思ってた」

「私は逆に漫画読んでなくて映画が初めてでしたけど、普通に面白いですよ。漫画とストーリー違うらしいっす。漫画は作者が体調不良になって途中で終わったみたいですね」

「ほーん。今度ブルーレイ貸してよ」

「嫌です」

 ざっくりと断られたにもかかわらず、掛川さんは意にも介さずカウンター席に座った。まるで「嫌です」と来るのが想定内だったみたいだ。

「なんか作ってくんない? エビチリでいいから」

「ドアにCLOSEDってあったの見えなかったの? 目腐ってんじゃないですか? ……あ、腐ってんのは頭皮でしたね」

「君そのフレーズ上手いと思ってるかもしれないけどそんな面白くないからね。あと禿げの人に失礼だからやめなさい。俺はフサフサだけど」

「あーもうさっきからグチグチうるさいですね。こっちはテレビ見てんの。分かる? て・れ・び! うるさいから口閉じててくれません? ついでに五億年くらい息止めてて。酸素がもったいない。……あーーー!」

 恵子ちゃんは叫びながら掛川さんにおしぼりを投げつけた、つもりだろうが、明後日の方に飛んでいって僕に当たった。

「ふざけんな! 終わっちゃったじゃん!」

 掛川さんに気を取られてクライマックスをまるっと見逃した恵子ちゃんは、ぷりぷりしながらテレビを消した。

 そして結局、掛川さんにエビチリを作ってあげていた。おしぼりをぶつけたお詫びとして僕にももう一皿エビチリが来たが、さすがにお腹いっぱいだった。

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