一章.中『瞳に写る』
後ろで地響きが轟いた。
ヤエが目を開くと、目の前に怪物の姿は無かった。
「見エタ! 見エタ! 食ウ! 食ウ!」
振り向くと、駄菓子屋に突っ込み瓦礫に押し潰されている怪物が見える。
どうやらヤエの腰が抜けて崩れ落ちた結果、怪物はヤエを捕らえられずに突っ込んだのだろう。右の手足が瓦礫で千切れ、ミミズが黒い水になって溶けていった。
「逃ゲナイデ! 食ウダケ!」
尻側にある目が全てヤエに向けられる、瓦礫に潰されながらも怪物はブルブルと身を震わせて嬉しそうに叫び、後ろ足をヤエへ伸ばしている。
怪物が狂喜的に放つ言葉は逆にヤエを少し冷静にした。このままでは殺される、食べられる──震える足で立ち上がり辺りを見渡す。だが呑気に逃げ道を探す余裕はない。
「逃げなきゃ……」
そう思いながら来た道へ足を動かし、ひたすらに怪物から逃げた。
後ろから地響きが聞こえる。怪物が瓦礫から抜け出した音だと直感した。振り向けない、振り向く余裕もない。
転びそうになるのを何とか建て直しながらひたすら走る。
「お爺様……助けて──」
口から一番頼りになる人の声が漏れる。無意識に来た道へ逃げる理由もそれだった。優しくて強いお爺様なら──
ドゴン──と。背後の直ぐ近くでとても大きな物が落ちてくる音する。同時に風圧とコンクリートが捲り上がる衝撃で体が前に吹き飛ぶ。体のそこかしこを打ち付けながら転がり、倒れた。
痛みに悶えながら首を動かし──それが目に入った、前髪の奥に隠れたヤエの瞳には、餌を目の前に待ちきれないとばかりに身震いしながらこちらを見る怪物の姿が写った。
「待ッテ、待ッテ」
楽しそうな声を発しながらいくつも怪物の瞳がヤエを見つめている、笑っている目もあれば泣いている目、睨んだり、ただ見つめたり──だがヤエが見える範囲の瞳は一つとして獲物以外を見ていない。
「────」
もうダメだ、死ぬ。そう直感し目をつむった。
球体の胴体がガパッと割れるように開いた。サメと似た牙が大量に生えており、奥から人肉の腐ったような臭いが漂ってくる。
「イタダキ──」
怪物の言葉が途切れる。ほんの数秒してヤエがゆっくり、怯えながら目をあけると、怪物のミミズが次々に離れ、割れたコンクリートの隙間へ潜っていくのが見えた。
「次ハ、逃サナイ」
さっきまで子供のような声だったが、この一言は成人した大人のような声だった。怪物を作っていたミミズが全ていなくなった瞬間、再び世界が姿を変える。
前髪を掻き分けて首を上に向く、青い空──元に戻った。そう確信した。
風の音も人の声も聞こえる。
「おい、君──大丈夫か──」
「救急車呼びます!誰か──」
ヤエには何故あの怪物が消えたのかわからなかった。あの場で何故食われなかったのか、次があるとしたらそれはいつなのか。
わからない、わからない。
そんな疑問が頭の中でいっぱいになるが、徐々に考えられなくなる
ヤエはそのまま意思気を失った。
◯
「これで大丈夫だろう」
マンションの屋上で、男2人がヤエを見下ろしている
「しかし……おかしいな。あの怪異、女の子に『次は逃がさない』と言った──だが普通はあんなに執着はしない。」
少々毛先が赤みがかった黒髪の男が、人差し指を顎に当てて深く考え込む仕草をしている──が、それを遮るようにもう一人が肩を叩く。
「ここで考えんなっての、長くなるわ!帰ってから調べるぞ」
「あ、ああ、すまない、行こう」
肩を叩いた方の──ボロボロな唐笠を持った男が横笛を吹くと、2人は風に吹かれ溶けるように姿を消した。
気が向いたので書きました。
楽しい。
1ヶ月に1つのペースで書けたらいいな