一章.上『普通じゃない事』
書いてみないかと言われて試しに書いてみた作品です。
「取り乱さずに、落ち着いて聞いてください」
少々小太りの医者が、声を暗くして言葉を続ける。
「持って残り、1年かと……」
余命を告げられて、呼吸が浅く…早く…苦しくなって、視界が回って、心臓の音がだんだん大きくなっていくのを覚えてる。
倒れた私を見下ろす父と、大声で私を呼び、誰か来てくれと慌てる医者の先生を最後に意識が沈んだのを覚えてる。
一番よく聞こえたのは、自分の心臓の音でした。
◯
あるものはテレビ、テーブル、座布団、タンス、本の入っていない本棚、そしてベッド──
17歳の女の子の部屋にしては殺風景過ぎる部屋で、穏やかな寝息を立てて眠る少女が1人。朝、カーテンの隙間から差し込むような日光に眠りを邪魔され、少女は目を覚ます。
「朝、だ……」
体を起こすと、長過ぎる前髪が目を隠す。
立ち上がり、あくびをしながら広い廊下を歩き、洗面所へ足を運んでゆく。
前髪をかき上げて顔を洗った、冷たい水は残った眠気を吹き飛ばした。
顔をタオルで拭き、鏡を見ながら自分に語りかけるように呟く。
「…うん、今日も生きてる」
少女の名は『枯松 ヤエ』
心臓の病気を患い、残りの余命を家で過ごす。
内気な性格で押しに弱い。
高校には通っていない。憧れてはいるが、もう遅いと、もう無理だと悟っている。
水曜日、時刻は7時を少し過ぎ。いつものように自室でパジャマを着替え、朝の散歩に出る。
朝日のぬくもり、頬を触る優しい微風、耳触りのいい鳥のさえずり。
毎日の日課で一番好きな事、人の少ない道をこうやってゆったりと歩くのがヤエにとって至福の時だった。
散歩の途中、駄菓子屋を通り掛かる。ここは自分が生まれる前のずっと昔から続いており、今はもうほとんど見なくなったようなイメージそのまんまの駄菓子屋だ。
レジのお婆さんは常に寝ており、近付くとハッと起きて会計をしてくれる。
時刻は7時半、さすがにシャッターが下りている、開店は10時から。
少し歩き疲れたヤエは駄菓子屋に自販機と一緒に置いてあるベンチに座った。
ふぅ…と一息つき、休みながら思いふける。
なぜ自分は心臓の…不治の病を患ってしまったのか、高校生になれなかったのか。病室の窓から見た帰宅中の高校生が脳裏にチラつく、とても楽しそうに笑いながら帰っていた。
内気な性格が思考を悪い方へと運ぶ、普段ならこんな事考えずに目を瞑り、休むだけのはずだ。
「──だめ、だめ、悪い癖だな──」
ふと気付いて顔をあげる、音がしない。
微風の音も、鳥の鳴き声も、車の音やざわつく林の音すらも。
音だけではない──鳥も人もいない、無音でひとりぼっち、不可思議な状態を脳がゆっくり理解していくと同時に不安に心臓が締め付けられていくのを感じた。
急いで移動しよう、そう思って立ち上がった瞬間───
ちゃりんっ
唯一聞こえた音の先、自販機の下にコインが落ちている。さっきまでは無かったハズだ。
「───」
額に汗を浮かべながら、身を屈めてコインに手を伸ばそうとする。
「───見エルノ?」
声が聞こえて慌てて立ち上がる、立ち上がった瞬間か直前か。
空の色が違う、景色も。
真っ赤な空。ボロボロになった駄菓子屋、道路、電柱。一瞬にして全てが長年放置された廃墟のようになった。
一瞬で世界が上書きされたような、反転したような───ヤエはそんな感覚を覚える。
「なに───」
かひゅ、かひゅ……と、過呼吸になりかけているヤエを見下ろす影。
ウゾウゾと大量のミミズが一塊となり作り出した巨体に、そこかしこに浮き出た人の目。球体から人の手足が生えたようなシルエットのそれは、ヤエを瞳に写し笑いながら叫ぶ。
「───見エテタ! 見エテタ!」
「ひっ───」
ヤエの口から掠れた声が漏れた直後、それはヤエに飛びかかった。
気が向いたら次書きます。