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ゾンビ悪役令嬢は加護のない世界で生き残る

作者: 詩貴 和紗

「なんでこんなことになってしまったのかしら……」


 馬車の激しい振動に揺らされながら、ついポツリと不満を漏らしてしまう。舗装されていない砂利道に馬車を走らせれば振動も尋常じゃないわけで、10分もしないうちから痛くなってきたお尻はそろそろ限界だった。


チラリと横をみると、馬の手綱を握る彼の横顔が目に入る。憎たらしいほど整った顔立ちも、1週間も一緒にいれば飽きるわけで。退屈のあまりぶすっと口を尖らせていると、私の不機嫌さに気づいたのかチラリと横目で見ながら彼が話しかけてきた。


「大丈夫レディ、少し休憩を入れようか?」

「別に平気です。それより目的地はまだなの?」

「まだ走り始めて1時間しか経ってないからね……」


少し困ったように笑う彼に益々イライラが募る。それじゃあまるで私がわがままを言っているように聞こえるじゃないの。


さらに眉を顰めると、彼は少しだけ焦ったようだった。


「あと少しだけ行ったら休憩しようか」


その言葉にまたしても不機嫌になりながら代わり映えのしない、景色を頬杖をつきぼうっと眺めていた。どうして私がこんな森しかないような田舎へと馬車を走らせているのかというと、話は約1カ月ほど前まで遡る。





「リリス・アクティア! 貴様の悪事はすべて白日の下に晒された。しかし、貴様には全く反省の色が見られない。よって貴様を有罪とし、薬殺刑に処する!」

「いやっ! 違うわ! こんなの何かの間違いよ! お願い信じて!」


 あまりにも理不尽、あまりにも無慈悲な判決だった。しかし、それを私が覆せるようなものなど何もない。


私はただその場で泣き崩れるしかなかった。それから7日後私は薬殺刑によって命を奪われた。


私リリス・アクティアはどこにでもいる平々凡々の子爵家の次女であった。幼少の頃より優しい家族に囲まれ、少々生意気ではあるが何不自由なくすくすくと成長した。


その生活が一変したのは私が8つの頃。


 この国は神のお告げを重要視しており、王子たちの婚約者もそのお告げに従って決まることが多い。そのお告げでなんと子爵令嬢の私がこの国の第3王子であるガレス・ドルイスター殿下の婚約者に選ばれてしまったのだ。ほとんどの場合、王子の婚約者は上位貴族の令嬢に決まることが多いが、たまにこういうことも起きるのだという。


そんなお告げのおかげでなんのとりえもないただの下位貴族令嬢から一変、将来の王族となってしまえばおのずと周りの対応も変わってくるわけで。


ちやほやされたのも、気分がよかったのも最初だけ。


 次第に王族に嫁ぐための礼儀作法や教養を身に着けるべく教育が始まった。言葉遣いや所作、テーブルマナーやダンス、歴史や政治経済、などなど。ほぼ、生活のすべてにおいて私の環境は変わってしまったのだ。


その教育のおかげで、振舞いや仕草には人一倍気を使って生きてきた。そこら辺の上位貴族の令嬢より、遥かに完璧に令嬢をこなしてきたのだ。


しかし、どんなに完璧に振舞っていても子爵令嬢という立場にある私に不満を抱く令嬢は多く、そんな彼女たちの嫌がらせだって幾度となく経験してきた。身に着けるものには全ていたずらをされていたし、階段から突き落とされたり暴力を振るわれることだって幾度となくあった。


しかし、将来上の立場になるとしても今は私の方が地位は下。そのため、反抗することもできずにただただその仕打ちに耐えてきたのだ。


そんな状況下にあっても、1つ上の婚約者様はそんなことを全く知ることもなく、年月が経つごとに私を敬遠していった。やれ可愛げがないだの、やれ平凡すぎる顔に飽きただの。そりゃあ私だって他の貴族令嬢と比べ、明らかに容姿が劣っていることは自覚している。


栗色の瞳と髪に、街に紛れ込めば平民と見分けがつかないほど薄い印象の顔立ち。さらに、体なんて貧相そのもので17歳であっても12,3歳に間違われることなどざらにあったぐらいだ。


それでも、処刑されるまでは彼のことが好きだった。容姿端麗なお顔を見るだけで癒されたし、時折見せる優しさを感じると益々好きになっていた。


しかし、そんな私たちの関係もある春の訪れと共に突然終わりを告げた。


 16歳になり高等部へ進学したとき、彼はある女性に心奪われた。


美しく靡く水色の髪に、透き通るような肌。深い海の色をした瞳は、どこからどう見ても完璧な美少女だった。

それがマイル・ロータス侯爵令嬢、私の生前の恋敵である。容姿だけはよく整った我が婚約者に対して彼女も心惹かれたらしく、2人は出会ってすぐに秘密の恋人同士となった。そんな二人が私を疎ましく思うのは必然なわけで。


次第に彼女は、私の法螺話を吹聴するようになっていった。私に教科書に落書きをされ、制服や体操着は汚された、靴に画びょうを仕込まれていた、などなど。身に覚えもないいじめを次々と彼や周囲に言って周っていたのである。


いやそれ私がされてきたやつだし。

しかしそう主張しても、私を信じる人など誰もいない。


それでも、彼は彼女の言葉を信じ私を徹底的に悪者にした。私の言う言葉はすべて嘘でまやかし、自分の気を惹くために彼女を貶める意地の悪い女。


一方彼女の言うことはすべて真実で、悪女に嫌がらせを受けるか弱い天使のような女性。


彼には私たち二人がそんな風に映っていたようだった。

私なんて彼女に石をぶつけられたこともあるのに……。


それでも彼が好きだった私は今思えば、おかしくなっていたのかもしれない。


 そんな状況は長くは続かず高等部2年生へ進級して間もないころ、事件が起きた。とある放課後の教室で、マイル嬢が切り殺されそうになったのだ。幸いかすり傷で済んだものの、それは瞬く間に貴族社会で噂になった。


犯人は公爵子息であった。容姿端麗な彼女に惹かれた彼は、次第に付きまとうようになっていった。しかし、その過程で彼は彼女と第3王子が恋仲なことを知る。


すでに彼女が他の男のものなのだと知った彼は、しかしその現実を受け入れられることを拒絶し彼女を奪おうと画策した。しかし相手は第3王子。それならばこのままでいるよりも、いっそ彼女を殺し、自分も死ぬつもりだったそうな。


これだけ聞けば私には全く関係のない話。

しかし、この話には続きがあった。


彼は上述したように公爵子息であり、父親はなんとこの国の宰相である。いくら宰相の息子とはいえ、殺人未遂を起こしてしまえば問題となるのは明白。そこで思い付いたのが、私を犯人に仕立て上げること。


私とマイル嬢が仲が悪いのは周知の事実であったし、もしかしたら王子の口添えもあったのかもしれない。


いくら神のお告げを大事にしているとはいえ、第3王子の婚約者が子爵だというのは周りの王族貴族だってもともとあまり良い顔をしてはいなかった。さらに王子から侯爵令嬢のマイルと恋仲にあると告げられ、そちらと婚約したい言われれば、誰しもそうした方がよいと思ったことだろう。


彼女が傷物であったとしても。


そうして犯人に仕立て上げられた私はもちろん反論した。しかし、王子がすでに根回しを行っていた人々が私を信じることなどついぞなかった。


さらに罪を認めない私に反省の色がないと判断した彼らはあろうことか私を殺すころにしたのだ。そして、私は処刑された。


これが約1カ月前の出来事だ。

今となっては王子への好意もあの貴族社会への未練もなにもない。


 しかし、そうして死んでしまった私ではあるのだが、なぜだかこうして生き返ってしまっている。それは隣に座るこの男、フィル・バリエスの所為である。


なんとこの男は、毒殺された私の死体に特殊な魔法を施し生き返らせたというのだ。なんでもそういう研究を趣味でしているらしく、どうしても実験台が欲しかった彼は丁度良く殺された私の遺体に目を付けそんなことをしたらしい。そしてまんまと生き返ったゾンビな私に酷く執着しているのだ。


一体どうやって私の死体にそんなことをしたのかはわからないけれど、はっきり言って危険人物の何物でもない。

それでもどうしても私は彼とともに行動しなければならない。

それには深い理由があって……。


「レディ、あそこに丁度良く川が見えたよ。ここで休憩しよう」


彼が馬車を止め、私の手をとり下ろしてくれる。

その所作は紳士そのもの。


彼から聞いた話では伯爵子息らしいのだが、こんな危険人物の言うことなど信じられないので本当かどうかはわからない。


「丁度いいから体を洗ってきたら? 最後に入ったのは2日も前でしょう?」

「そうですね。では、お言葉に甘えます」


生前ではれば躊躇っていたことだろうが、今は何の抵抗もない。いくら私に執着しているといってもどうせ私の裸なんかに興味があるわけない。だって動いていても死体だもの。


それよりも今はいち早く体を清めることの方が私にとっては重要なことだ。しかし、それでも気を遣って向こう側を向いているあたり、おそらく根が紳士なのだろう。


岸辺に行くと服を脱ぎ一枚の布を手に取って川へと足を入れた。


「冷たっ」


足先を水にちょこんとつけるとその温度差に思わず、引っ込めてしまう。しかしもう一度足を深くまで入れていくと、そのまま体を水の中へと浸らせていった。


ああ、気持ちいい。


生前であればこんなに長く水に体を晒さないことなどなかったため、体が喜んでいるのがわかる。


ふぅ、それにしても。と、体を完全に水に浸けた後、立ち上がると私は自分の体を見つめた。こうしてみると、やっぱり不思議だ。肌は生前と全く変わらず発色が良く、死んでいるとは到底思えないほど生気を帯びていた。


いくら魔法が成功したからといって屍がこんなに長く生きたままの状態を保てるなんて、一体どういう仕組みなのだろう。そうやって不思議そうに全身をチェックしていると。


林の方からガサガサと何かが動く音がした。


瞬間ビクリと体が硬直する。

もしかして覗き……。


いや、それならまだ大丈夫だ。でもこの森の中ならば、もしかしてもしかしなくても……。急いで川から上がり、音のした方を確認しながら体を拭き、着替えていく。


着替えが終わり少しだけホッとしたのも束の間。それが林の中から勢いよく姿を表し、私は思いっきり悲鳴を上げた。


「ギャ――――! アンデッド! アンデッドが出たわ!!」


 骨だけの体が私に勢いよく向かってくる。ガシャンガシャンと骨を鳴らしながら迫りくるアンデッドに捕まらないよう、咄嗟に手に取った服を抱えながら彼のもとへと駆け寄った。


私の悲鳴が聞こえていたのか、近くで待機していてくれた彼は魔法杖をアンデッドの方へ向ける。そして勢いよく呪文を唱えた。


「炎の民よ、我が呼びかけに応えよ!」


瞬間彼の持っている杖から勢いよく炎が噴き出しアンデッドを包み込む。轟々と音を立てながら噴き出る炎は、あまりにも協力で思わず彼の後ろの袖を掴んでいた。ほどなくして炎が止むと、すでに灰となったアンデッドの残骸がパラパラと地面に落ちていった。


助かった。

そう思うと安心したのか、私はペタリと地面へ座り込んでしまった。


いつもいつもこんなことばっかり……。

こんなのあんまりじゃない!


泣きそうになる私の傍へ彼が駆け寄る。


「大丈夫だよレディ、君は僕が守ってあげる。たとえどんな目にあっても、すぐに駆け付けるからね」


そうして優しく頭を撫で、額にキスをすると彼は私をきつく抱きしめた。


その温もりに体を預けながら、自分の体質を呪った。


私には加護がない。

人は生まれてくるとき、神様から加護を与えられるのだそうだ。しかし、それは生きている時だけのもの。死んでしまった人間にはその加護は与えられない。


とはいえ、人は死んでしまえば自ずと神の元へと帰る。だから、死んでしまった魂にはあまり必要のないものなのだ。私のようなものを除いては。


加護がなければ、不幸に晒されるリスクが格段に上がるのはもちろんのこと、魂を守るバリアのようなものがないためアンデッドなどの魔物の格好の餌食となる。そのため、加護がない私には守ってくれる人が必要なのだ。


そしてその役を彼が担ってくれている。おそらく、彼がいなければ移動することもままならないだろう。だからこうして抱きしめられるのだって彼に嫌われないようにするためで……。


決してこの温もりに癒されているからとかそういうことではないのだ。

断じて! 一切!


そう、彼と一緒にいるのは、いつか私を見捨てたこの国に復讐するため。


『もし君が望むなら、君を貶めた人たちへ復讐しないか?』


そう言って差し伸べられた手を私が掴まないなんていう選択しなど、どこにもなかった。彼がそう言って、私たちは誓いを立てた。だから私は彼とともにいるだけなのだ。


必ずや宰相の悪事を晒し、王子が私へ擦り付けた

そして必ず、あの憎き王子とマイルに地獄を見せてやるのだ。


そのためにも、今はその手立てを見つけ出すため協力してくれる相手を探さなければならない。

そう、宰相かこの国に恨みを持っているような力のある貴族か力のある人物を。


「さ、さぁもういいでしょ! 離して!」


グイッと体を引き離すと彼の腕から逃げた。

お尻についた土を手で叩いて落とすと、くるりと彼の方へ向き直る。


「貴方も水浴びしてきたら?」

「いや、もうすぐ街に着く予定だし、僕はその時にするよ」

「あらそう。なら早く馬車を出してくださらない? ほら、さっさと!」

「はいはい、わかったよレディ」


渋々といった様子で立ち上がり、馬車に乗った。

続けて私に手を差し伸べ、馬車に乗る手助けをしてくれる。

2人揃ったところで、彼の手綱が波打ったのを合図に馬車は動き始めた。


「それにしても全く、勇ましいね君は。まぁ君が元気なら僕はなんでも構わないけれど」


ん?

今何か彼が言ったような。

馬の足音でよく聞き取れなかった。


「ねぇ、何か言った?」

「いいや、なんでもないよレディ」


そう言い前を向いたままの彼とまたしても退屈な時間が始まったのであった。

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