第11話 雷天
「さぁ、第二ラウンド開始ですよ」
奴の言葉と共に、黒炎を纏った仮面女の姿がぶれて……。
「がはっ」
気づいた時には、遥か後方へと吹き飛ばされて地面へと叩きつけられると、口からは大量の血反吐が漏れた。
即座に立ち上がり刀を構えるが、反応する事さえ叶わず横から吹き飛ばされると、上下の感覚も分からないままに木に叩きつけられ、数本へし折った所で停止する。
「ぐっ……」
手足を地面に付いて立ち上がろうとするが、左半身から突き抜ける様な痛みが走り、確認してみれば左腕がおかしな方向にねじ曲がっていた。
「ははは、流石はモドキとは言え天使だ……圧倒的じゃないか。さぁ3087号、もっとです。もっと貴女の限界をみせてみなさい」
それでも何とか立ち上がった所で耳障りな、酔っぱらった様な声が聞こえたかと思うと、また吹き飛ばされる。
どこから来るか、何が来るかも知覚させない、超高速による連続攻撃。
迫りくる凶刃に穿たれ、焼かれ、かき回され、吹き飛ばされる。
「はははっ、コレだ、コレこそが私の求めた力だっ」
――ドシャり
意識も曖昧な中、耳元から湿った音が聞こえたと思った時には、ぬかるんだ地に倒れ伏していた。
頬を叩く雨粒と、鳴り響く轟音を聞きながら自分を見下ろしてみれば、手足は折れ、貫かれた脇腹からはダクダクと血が流れ続けている。
「ひゅー……」
息を大きく吸い込もうとするが、内臓もヤられたのか、呼吸する度に刺す様な痛みが走った。
「いやぁ、案外呆気なかったですね? 複数体使わないと勝てないかとも思いましたが……強くし過ぎましたかねぇ?」
声がした方を見上げてみれば、ガイゼルと仮面の女達が立って居る。
その中の一人……今も黒い炎を吐き出している少女の仮面は半ばから割れ、その素顔が見えた。
「そろそろここの領主も用済みですからね、サッサと処分して必要な物取ったら撤収するとしますか」
――仮面の下から覗く顔は、ナナと瓜二つで
「ああ、ソコの倒れてるのも回収しといて下さい」
――まるでゲームの中の彼女の結末とソックリで……
「しかし、思ったよりも英雄と言うのも大した事がなかったですね」
『彼女たちを救いたくは無いですか?』
どこかから、そんな声が聞こえた気がした。
――こんな結末は、認めない
その一心でねじ曲がった手足に力を込める。
「おや、まだやる気ですか? つくづく貴方は、異常な精神力をお持ちの様だ」
――こんな所で、負けるわけにはいかない
「……なんせ、約束、しちまったからな」
満身創痍ながらも立ち上がると、ガイゼルたちを見据える。
――絶対皆で帰って来てね?
ミヨコ姉……。
――帰ってこなかったら、許さないから
ユフィ……。
――信じてるからっ、私たちを救ってくれたお兄ちゃんを、信じてるからっ
ナナ……。
ああ、任せろよ。
俺はまだ、やれる。
「おおおおおおおおあああああああああああああああぁあぁぁぁああっ」
叫ぶと同時、掌を天に向けて魔力を収束する。
「収束魔法ですか、無駄な事を」
「こいつが……正真正銘の切り札だっ」
体内の残存魔力も全て掌に集めると、体内のリミッターを……開放するっ。
――使徒化プログラム、起動
「――こいっ、雷天!」
叫ぶと同時、空に向けて魔力の奔流が放出され――直後、空から雷が降って来た。
「一体、何を……!?」
空っぽになっていた魔力が瞬時に充填され……一方で目まぐるしく消費されていく。
――残存魔力が有りません、使徒化解除されるまで残り30秒、29……
全身を貫く雷撃の中で、急速に膨らんでいく意識に酔いしれる。
痛みは無く、恐怖も無い。
有るのはただ、無限に思える全能感のみ。
永遠に感じる時の後、雷から産み落とされた俺は、再び地面に降り立った。
「なんですか、その姿は……素晴らしい、あぁっ素晴らしい!!」
手を握りしめれば、体中から雷撃がほとばしる。
眼前で恍惚としているガイゼルを見据え、背中のナイフを抜き取ろうとするが……ナイフが左右6対、12枚の翼の様に展開している事を思い出す。
「欲しい、ほしいほしいほしいっ! なんとしてでも、アレを捕らえなさい!」
そう叫んだガイゼルが俺を指さすと、仮面女が一斉に黒炎を吹き出し、武器を向けて突っ込んでくる。
先ほどまでは認識する事さえ出来なかった彼女たちの動きを視界に捉え、突き出された槍を、切り付けられた剣を、伸びて来たワイヤーを見極める。
幾重にも重なった剣閃を、躱し、逸らし、弾き、跳ね返す。
更に隙を見て投射された背中の両翼が、雷撃を伴って飛翔すると――それを弾き落そうとした黒い仮面女の体に突き刺さり、雷撃を浴びせていく。
死角から来る攻撃を生体電流で感じ取り、全方位へと対応するが……このままでは時間が足りない。
――もう一つ、手数が必要だ
そう考えると同時、吹き飛ばされた時に落とした刀へと手を伸ばす。
「……来いっ」
雷撃を伴って吸い寄せられた刀を掴み取ると、即座に構え……眼前に迫った仮面女達に向かって、抜き放つ。
「……っあ」
轟音と共に駆けた雷刃は、触れるもの全てを吹き飛ばし、薙ぎ払ってなお中空へ爪痕を残す。
「ああ、君こそが我々の追い求めた御使いだ……なぁ、僕らと一緒に来ないかい?」
両腕を広げ、笑顔で聞いて来るガイゼルに、親指を下へ向けて応じる。
「俺は……皆の所へ帰るっ! テメェは一人で、地獄に堕ちてろっ」
――使徒化解除まで残り10……9
「こいつで、最後だっ……」
前方へ腕を突き出し、纏った雷撃を全て収束させる。
「――照準固定、出力全開……受けろよっ、裁きの雷を!」
――審判の時は訪れた、咎人に天の裁きを下そう
――天雷っ
呪文を紡いだ瞬間、周囲の雨が全て蒸発し、夜の漆黒を吹き飛ばすと、一帯は夥しいまでの光に包まれた。
――カウント0……使徒化を強制解除します
「っつ……」
体に埋め込まれた装置からアナウンスが流れると同時、全身へ濁流の様に倦怠感が押し寄せて来て、思わず膝をつく。
次第に視界が晴れていき……再び雨が降り始めた頃には、全身が黒ずんだガイゼルと、雷撃の余波により気絶した仮面の女達が倒れ伏しているのが見えた。
「何とか……やったか」
そう言って視線をさらに上げた所で……城門の方から衛兵達が武器を持って、向かってくるのが見えた。
――はっ、我ながら、しまらねぇな
そんな事を考えていると、先ほどまで誤魔化していた傷痕が開きだし、全身の力が抜けて倒れこむと、泥水が顔に跳ね返った。
鎧が擦れる金属音を立てながら兵士たちが近づいてくるが、不思議と胸に有るのは恐怖では無く――皆への申し訳なさだった。
それでも何とか落ちているナイフを掴もうと指先を動かそうとするが、震える指ではそれさえも叶わない。
上空から降り注ぐ、芯まで冷える様な雨に打たれる度、感情が抜け落ちていくような錯覚を覚えていると、すぐ傍で足音が停止した。
何とか視線だけ上げてみれば、一人の兵士が剣を振り下ろそうとしているのが見えた――。
みんな、ごめ……。
――弟君はやらせない、絶対にっ!
――私が勝つまでは、殺させるわけにはいかないのよっ!
そんな声が聞こえたかと思うと、眼前で爆発が巻き起こり、爆風が顔を撫でる。
一体何が? そう思ってあらん限りの力を尽くして振り返って見てみれば、ヘイズ家の家紋が塗りつぶした馬車と、馬車から飛び出したミヨコ姉とシャーロットが見え……続いてナナとユフィが俺の下へ駆け寄ってきた。
「センッ」
「おにいちゃんっ!」
「ふた……とも、すまな……」
「しゃべらないでっ! 馬車の中で傷を塞ぐから!」
2人がかりで俺を運び込んでる間にも、ミヨコ姉とシャーロットが衛兵達を翻弄するのが見えた。
「2人ともっ、撤収するぞっ!」
御者台に座ったパーヌが叫ぶのが聞こえると同時、馬車が動き出し、ひと際大きな爆音の後、ミヨコ姉とシャーロットが乗り込んで来た。




