第9話 救出作戦
夕方来たゲット城の前まで来ると、俺とナナはユフィの指示に従って潜入を開始する。
現在城の門は閉じられており、周囲は城壁に囲まれ、城壁の上には定期的に巡回の衛兵が回っている状況だが……手早く城壁にカギ爪付きのロープを投げると、手早く城壁に上った。
本来であれば誰が見てるかも分からない状況で、城内に乗り込むのは自殺行為だが、衛兵の位置も、巡回経路も、少人数で有れば視線の先まで把握できるユフィが居れば訓練と何も変わらない。
3人とも危なげなく城壁に上ると、ユフィに先導されながら城壁を移動し、城内へ侵入することに成功する。
――待って
声を出さずにユフィがハンドシグナルで伝えて来たので、曲がり角に身を寄せながら視線の先を見てみれば、松明を持った衛兵2人が会話していた。
「あー、夜勤終わったらさっさと飲みてぇな」
「バカ、そんなこと話してんのお館様に見つかったら首飛ばされんぞ」
初め、そんな緊張感の薄い会話を2人は繰り広げていたが、次第に会話が別の話に移って行く。
「そう言えばお前見たか? 最近出入りしてるスーツ姿の男と仮面の女」
「あー、あの如何にも胡散臭い奴らだろ? 正直あの男に見られた時は死ぬかと思ったわ」
「本当、それな。お館様は何であんな怪しい奴らとつるんでるんだろうな?」
――スーツの男と仮面の女と聞いて、俺達は顔を見合わせた
御使いの園の人間が絡んでいるだろうことは予測していたが、まさかクラス対抗試合で会ったあの男まで居るのは予想外だった。
「じゃあ、俺は引き続き巡回行ってくるわ」
「おう、じゃあな」
そう言って男たちはバラバラの方向に分かれたが――1人が此方に近づいて来るのを見た所で、適当な石を掴んで男の背後へと放り投げた。
――コンッ
城壁を叩く軽い音がすると同時、男が振り返り……その時には、男の首元に手刀を落としていた。
「んあっ?」
間の抜けた声を漏らすと、男はそれっきり糸の切れた人形の様に倒れ込んだ。
「悪い、隠すの手伝ってくれ」
そう言った時にはユフィとナナは男の腕を持ち上げており、3人がかりで木陰へと移動させると、ユフィが魔法で作り上げた鎖で男を縛り上げた。
ついでに懐を探ってみたが、特に目ぼしい物は無いので通信端末だけ破壊すると、放置する。
「連中が何を考えているかは分からないけど、急いで此処を離れよう。集団で出て来られたらミヨコ姉が居ない今、分が悪い」
二人が黙って頷いたのを見て、俺達は音を立てない様に注意しながら、地下牢へと急いだ。
◇
極力衛兵に遭遇しない様に注意しながらも、俺達は最短最速で地下牢へと続く階段の前までやって来ていた。
「……酷いにおい」
思わずと言った様子でナナが呟くのを聞きながら、階段を下りて行く。
1段降りるごとに増していく、カビと鉄臭い匂いに顔を顰めながら進んでいくと、錆びた鉄格子が幾つも並んでいるのが見えた。
「キツイようなら、ここで待っておくか?」
そうユフィとナナに問いかけるが、2人は首を横に振った。
これまで何度か人の死にも直面してきた二人だ、これ以上聞くのは野暮だろう……そう思い、空の牢屋を通り過ぎていると、一番奥の方でうめき声が聞こえて来た。
「……だれじゃ」
やや息の上がった、野太い声の聞こえた声の方へと進んでいくと、鞭打たれた跡が痛々しいドワーフの男が、鎖でつながれている。
「鉱山の里の長の一人だな?」
返事が返って来るよりも早く、刀に手を当て半身になり――抜き放った。
――ガシャン
鉄格子が切断されて落ちるのを確認すると、再度納刀する。
「お主……何もんじゃ?」
開けた牢屋の中に入り、目を見開いて聞いて来るドワーフの鎖をナイフで切断しながら応える。
――手首に嵌められた黒い腕輪には、魔封じの効果が込められてるな……
「パーヌの知り合いで、ザンガ爺さんの客だ」
「ザンガの……どおりで、良い腕しとるわけじゃ」
「一応確認するが、他の鉱山の里の長たちは何処へ行ったんだ?」
そう問いかけると、途端にドワーフは渋い顔になった。同時に、ユフィが黙々とドワーフの手当てを始めると、「助かる」と言って頭を掻く。
「奴らは……早々に里を売りおった。今どうしてるか何ぞ、知りたくも無いわ」
「そうか……」
ドワーフはそう吐き捨てながら、明らかな憎悪を瞳に浮かべていた。
ゲヲルの思考を覗いたユフィから事前に話を聞いていた通りの状況だったが、それでも思わず何とも言えない気持ちになる。
――鉱山の希少金属の在りかを話した連中はもう……
「お嬢ちゃん、ありがとう。光魔法とは言え、凄まじい回復じゃの」
「ありがとうございます。ただあくまで応急処置なので、あまり無理はしない様に注意してください」
ユフィがそう忠告すると、「大丈夫じゃ」と言いながら、ドワーフが腕や首を回し始める。
「申し遅れたが、わしの名前はガドックじゃ。一様、パーヌの父じゃ」
そう言って手を差し出されるが、俺は衝撃から一瞬固まった後、慌てて握手した。
――あまりに似てないだろ、この親子
「俺はセン、こっちの銀髪の子がユフィ、茶髪の子がナナだ」
「よろしくお願いします、ガドックさん」
「よろしくね、ガドックおじさん」
「ああ、よろしく」
軽い挨拶を終えると、ガドックは再び顔を引き締める。
「すまん、こんな悠長に話している場合ではないな、この後は別動隊とでも合流するのか? 外は静かなようじゃが」
「別働隊は無い、俺達だけで潜入してきたからな……だから極力安全なルートを移動する」
「安全なルートじゃと? そんな物あるのか?」
そう言ってガドックが驚きを隠せない様子で聞いてくると、ナナがニカっと笑って胸を張った。
「そこはユフィお姉ちゃんに、お任せあれ!」
「どういうことじゃ?」
疑問を称えた目をコチラに向けられるが、曖昧に笑うと黙って付いてくる様に話をし……牢屋を出て城内を歩いている内に、ガドックは異様な事態が発生している事に気づいたらしい。
それもそうだろう、巡回している警備員たちが常にいるにも関わらず、何故か俺達が見つかる事は無いのだから。
「これは……どういうことじゃ?」
小さな声でガドックがそう漏らすが、詳しく説明することなく、黙って城外への脱出に向けて進んでいく。
――ポツッ
と、屋外に出ると同時に雨粒が肩に当たったのを皮切りに、急激に雨脚が強く成って来る。
「雨……か」
「私たちにとっては、ラッキーだね?」
元々足音を立てない様に移動していたが、強まった雨によって音だけじゃなく、匂いや視界まで遮断されていく。加えて、遠方で雷まで鳴り始めた。
――幸運……その筈なのに、何だこの胸騒ぎは?
「急ぐぞ」
体に張り付く衣服や、跳ねる泥を不快に思いながら、遠くで鳴り響く雷に急き立てられる様に足を速めた。
そして全員が城壁から降りて城外に出た所で、雨の中でもハッキリとユフィの声が聞こえた。
「敵が……来るっ」




