第16話 ただ幸せでいて欲しい
此方を警戒した様子で近づいて来るユフィに苦笑いしていると、シスターが俺に問いかけて来る。
「あら、もしかしてユフィのお知り合いの方ですか?」
「違います」
俺が応えるよりも早く、ユフィが応えた。
「今日会ったばかりですけど、一緒に髪留めを買いに行く程度の仲です」
「なっ」
ユフィが言葉に詰まりながら、顔を真っ赤にしている。……人を知らないなんて言うからだ。
「あらまぁ、どうなの。それじゃあ中に入って、一緒にお茶でも飲んでいきませんか?」
「ありがとうございます、ご馳走になります」
そう言ってシスターの背中を支えながら協会へ入って行こうとすると、ユフィの持った杖に俺だけ進行方向を塞がれる。
「何だよ?」
「ちょっとアナタと話が有ります、おばあ様は先に中に入っていて下さい」
やや苛立ちを帯びた声でユフィがそう言うと、シスターは頷いた後「お茶、用意しておきますから」とだけ言って教会の中に入っていった。
「それで、話って?」
そう聞くと、ユフィがプルプルと震え始める。
「話云々以前に、アナタは私に自分の名前さえ言ってませんよ!アナタは何者なんですかっ!人の事散々バカにして!」
ゲームの中でも聞いたことない程の勢いで、まくし立てて来るユフィに面食らいながら、考えてみれば自分が何者なのか言ってなかったことを思い出す。
「あー、そう言えば名前言ってなかったな。天空騎士団所属のセンだ。年齢は多分11歳」
俺が素直に自己紹介すると一瞬驚いた顔をするが、此方を疑うような顔になる。
「11歳って私と同い年じゃないですか、それなのに天空騎士団所属って……嘘ついてませんか?」
「別についてない、ここにバッジも付けてるしな」
そう言って襟元にバッジが有る事を主張するが、納得してい無さそうな顔をする。
……本来精霊眼を使えば一瞬で判断がつくが、彼女が自身の眼を嫌っている事を知っているため、敢えて言わなかった。
「そうですか。じゃあ2つ目の質問です。何でアナタは私の眼の事を知っていたんですか?」
「……それは言えない」
問いに対して思わず言いよどむと、ユフィは途端に疑わしい物を見る様に顔を顰めた。言える訳が無いだろう……ゲームの中で知ったなんて。
「正直、アナタの言動、行動はかなり怪しいです。私の事を最初から知っていた事、私の眼と能力を把握していた事、私の居場所を知っていた事……怪しくない所を探す方が難しいです」
「まぁ……そうだな」
俺も思わず、頷いてしまう。それを感じ取ったのか、ユフィが更に顔を顰めた。
「ですが、私はアナタを信じる事にします。アナタが私を信頼してくれた事に免じて……裏切ったら、分かってますね?」
「ああ、恩に着る」
そう言うとユフィの表情は和らいだが、そこで新たな疑問が浮かんのだろう、首を傾げてもう一つ聞いて来た。
「ところで、アナタは一体何故ここまで来たんですか?」
「それは教会の中で話そう、込み入った話になるしな」
ユフィは不思議そうな顔をしていたが、それを置いてゆっくりと教会の扉を開く。
木がきしむ音と共に開いた扉の先に見えた先は、外観とは異なり綺麗に清掃されており、ズラリと並んだ長椅子にも埃一つなかった。
「司祭館――住居は聖堂を抜けた先ですので、付いて来てください」
そう言うとユフィは祭壇の方へ進んだ後、左手にある扉を開けたので、後ろについて中へ入ると、簡素なリビングが有り、既にシスターが椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「お話は、終わりましたか?」
「はい、おばあ様」
シスターに問いかけられたユフィが、俺が今まで見たことない程――ゲームでも見たことない程穏やかに笑うのを見て、シスターがユフィにとって掛け替えのない人だと再認識する。
同時に、シスターがユフィを害する人間ではないかと疑った自分を恥じた。
「ユフィも貴方もどうぞ座って飲んでください、お茶なので若い方には美味しくないかもしれませんが」
シスターが悪戯っぽく笑いながら進めて来たお茶を飲んだ後、俺は真剣な顔になって話を始める。
「何処から話したら良いのかという感じですが、まず自分とユフィさんが今日襲撃されたことは知っていますか?」
そう尋ねると、シスターが目を見張ってユフィを見る。対するユフィは椅子の上で小さくなって、うつむいていた。
「そんな事が……貴方が助けて下さったのですか?」
「助けたって程ではありません……それに、あの襲撃に関しては自分のせいだと思いますので、巻き込んでしまい申し訳ありません」
そう言って頭を下げる。アノ男――グェスは俺の事は知っていたみたいだったが、ユフィの事は認識していない口ぶりだったため、間違いなく狙われていたのは俺だろう。
「そう……ですか」
複雑そうな顔をするシスターに申し訳なくなるが、俺はなおも言葉を続ける。
「ですが、今後は話が変わって来るかと思います」
「と言うと?」
「自分とユフィさんを襲った男は、先ほどここに来ていた男と同じ、グランドリー家の手の者だからです」
それを聞いたシスターとユフィが、驚いた顔をする。実際、俺も驚いた。
だが考えてみれば俺はこんな所に教会があった何て知らなかった――それはゲームでは登場しなかった場所であったか……あるいは、ナニカ原因が有ってゲーム時点では無くなってしまった場所だった事を意味する。
「そうだったんですか……」
愁いを帯びた声をするシスターと、精霊の眼を通して気づいていただろうユフィ。2人とも暫く押し黙っていたが、シスターが俺に問いかけて来る。
「貴方は、それでどう言ったご用件でここへ来られたので?」
「俺は……ご迷惑をお掛けした事も含めて、貴方達を救いたい。だからもし良ければ、貴方達の護衛を天空騎士団に依頼しては貰えませんか?」
そう尋ねると、シスターは難しい顔になった。
「正直、私達には貴方がたにお渡し出来る様なお金や物がありません。この土地にしても先代の神父様から譲り受けたものですし……」
「……自分達も慈善事業では無いので、無償で護衛を受けると言うのは難しいとは思います。ですが、例えばユフィさんに今後捜査のご協力をお願いする等が出来れば、それは十分以上の対価に成ると思います」
俺の言葉を聞いたシスターは驚いた顔で俺の顔を見た後、戸惑った顔をしているユフィを見た。
「貴方は、ユフィの眼の事を知っているのですね?」
「はい、ただ今回の件を断ったからと言って、ユフィさんの眼の事を口外するつもりなどはありません」
そう俺が言い切った所で、一瞬ユフィが目を開いて俺を見た後、直ぐに閉じてシスターに頷いた。
「……分かりました、今日一日ユフィと話をさせて下さい。明日のお昼ごろに、改めて回答させていただきます」
「ありがとうございますっ」
まだ子供の俺の話を真剣に聞いてくれたばかりか、検討してくれると言うシスターに深く頭を下げると、俺はお茶を一気に飲み干して、部屋を出る前に再度頭を下げた。
「ちょっと、待って」
聖堂から外へ繋がる扉に手をかけようとしたところで、ユフィから声をかけられる。
「何かまだ、聞きたいことでもあった?」
そう問いかけるとユフィは一瞬応えに詰まった後、少し掠れた声で俺に問いかけて来る。
「何でアナタは、私たちの事をそんなに考えてくれるの? これまで、いろんな人に助けを求めたけれど、誰も助けて何てくれなかった。それなのに……なんでアナタはあの時も、今も」
段々とユフィの声が震えて……一筋の雫が彼女の瞳から零れ落ちた。
――それを見て、俺の心は改めて決まった。
「別に難しい話じゃない」
――本当の事……愛おしいんだと言えれば楽だけれど、その気持ちは未だしまっておく
「ただ、目に見える範囲の人位は、幸せでいて欲しい、それだけだよ」
そう言って笑うと、ユフィもつられて笑ってくれた。
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