目覚め①
※
「…ふぁあっ」
ガタンゴトンッ。ガタンゴトンッ。
ローカル線の古びた電車がのんびりと走っており、そこの二両目の隅の席に大和は乗っていた。
他の乗客など誰も居ない為、大和は一人のびのびと足を伸ばして座っている。
彼は昨晩に家を出発して目的地の学校へと向かっていた為、疲れが溜まっているのか電車の中で時折欠伸をしながら若干眠そうにしていた。
そして特にやる事もない為気晴らしに電車の窓から外の景色を眺めると、外の美しい風景が目に入って来る。
「――次は○○駅、次は○○駅。お降りのお客様はお忘れ物がないようご注意下さい」
「あ、ようやく次か…はぁ」
暫く外の景色を眺めていると電車内に内蔵されたスピーカーから車掌による案内放送が大和の耳に届く。それを聞いて大和は立ち上がると下に置いていたリュックサックを背負ってドアの前へと移動した。
ガタンゴトンッ…ガタンゴトンッ…――。
放送が流れた後、電車は徐々にスピードを落としていく。やがてブレーキ音とともに完全に動きを止めるとゆっくりとドアが開いた。
そして大和は目的地の最寄り駅にへと降り立つ。
寂れたホームに降り立った彼は小さな駅を尻目に、改札口に設置されていた機械に財布から切符を取り出して通すとそのまま駅を出る。
「…ふぁあっ。ねむっ」
駅を出た大和は背負っていたリュックサックを降ろし、欠伸をしつつ眠気を堪える。
そして事前に学校側から貰っていた目的地までの地図を確認しようとジーンズのポケットに手を伸ばそうした、が。
『――マスター!早く目を覚まして下さい!』
「んっ?」
突然何処からともなく声が聞こえる。それは無機質な男か女か分からない中性的な声、その声は大和の耳を飛び越えて脳内へと直接響いた。
「――…えっと、誰ですか?…と言うか、何処から話し掛けてるんですか?」
大和は周りを見渡す。しかし寂れた駅前には誰もおらず、また居る様な気配も感じられない。
大和は気味が悪くなり先程の声は気のせいだと思う事にしようとしたが、その声はやはり気のせいなどではなかった。
『マスター。私の通称は"パンドラ"と言います、しかし今はこれ以上詳しく伝える暇がございません。今のマスターにとって理解不能な出来事なのは承知のうえですが、どうか私の指示に従ってはくれませんか?』
「……」
何故なのだろうか。姿を見せず無機質な声…どう考えても怪しさ満点な筈なのに、大和はその丁寧な口調を聞いていると不思議と気味の悪さは消え、加えて声の持ち主に妙な信頼感を抱いた。
「…うーん。えっと、パンドラさん?ちなみに僕は何をすればいいの?」
『はい。現在マスターは魔法の力による妨害を受けており、本来は魔術を扱う素質があるものならば感知出来る筈のこの空間術式を感知する事が出来ずにいます。なので先程マスターが降りた電車に乗って下さい、後は私がそこで術式を解除します』
「?」
パンドラと名乗る声の持ち主は非常に丁寧な口調で説明してくれてはいるが、大和は魔法や魔術といった聞き覚えのある単語ぐらいしか理解する事は出来ずに内容は今一つ把握出来なかった。
しかしそれでも深く色々と考えてみた後、背後の木造の駅舎の出入り口の上に目を向ける。そこにはオンボロな古時計が時刻を示しており、時間もじゅうぶんある事を大和は確認した。
「…まぁ、一駅ぐらいなら大丈夫かな?」
そしてこのまま謎の声を無視して学校に向かうのも何だか癪なので、大和は謎の声の言う通りに電車に乗ってみる事にし、一駅で往復すればいいかな。とUターンして改札口を通り、ホームに止まっている電車のドアの横のボタンを押してドアを開けると再び電車へと乗り込んだ。
ジリジリジリジリ――プシュー。
――ガタンッゴトンッ―――ガタンッゴトンッ。
大和が電車へと乗り込んだ直後に発車を告げるベルがホームに鳴り響き、ベルが鳴り終わると電車はゆっくりと動きを加速させていく。
「…ふぅー。ギリギリだった」
『はい。危なかったですね、マスター』
「…うぉえっ!?」
動き出す電車内で車両の隅の座席に座ると大和は一人呟く。するといつの間にか隣に座っていた誰かが大和の呟きに相槌を打って来た。
誰も乗って居ないと思っていた大和は口から心臓が飛び出る程驚き、思わず訳の分からない言葉を発してしまう。
『大丈夫ですか、マスター?』
「ゴホゴホッ…。って、そのマスターって…まさか、君がパンドラ…さん?」
咽た大和は咳払いをして動悸を落ち着かせると、ゆっくりと隣に視線を向ける。そしてその隣の人物に疑問気味に尋ねてみた。
何故ならばマスターと呼ぶ事以外先程の無機質な声とはまるで違う可愛らしい少女の声であり。また、大和の視線の先に居る人物もその可愛らしい声に相応しい美少女であったから。
隣に居たその少女は美しく艷やかな銀色のショートヘアを靡かせ、白く透き通る様なきめ細かい肌にスレンダーな少女らしい身体つきをしている。
大和と同い年ぐらいのそんな小柄な少女はシルクであしらった白い無地のワンピースを着ており、視線を向けて来た大和の目をぱっちりとした琥珀色の綺麗な瞳で見つめ返す。