不穏
「…最上階ならば玄関に入ったら目の前にエレベーターがあるからそれに乗れば良い。…それより入学式がもうそろそろ始まるから急いだ方が良いんじゃないかの?」
「うぉっ!もうこんな時間かいな。急ごうで、やまとっち!」
老人に言われ甚八は手首に巻いていた黒色の腕時計で時刻を確認する。するといつの間にか予想以上に時間が過ぎていたのか慌てた素振りで隣の大和の肩を叩く。
「やばっ!ホントだ!」
大和も甚八が見せて来た腕時計に目を向けると同じ様なリアクションになり、二人は慌てて老人に貰った紙を折ってポケットにしまうと老人に礼を述べて建物の玄関へと小走りで入って行く。
「…ふむ。残念だのう」
二人が玄関へと入って行った直後に椅子に座っていた老人は振り返り、リュックサックを背負った二人の後ろ姿を見ながらポツリと呟く。無論、二人は老人のその残念そうな表情に気付く事などはなかった。
「――最後の子達は駄目そう?校長」
二人が建物に入り、老人しかいない筈の正面玄関に透き通る様に綺麗な女性の声が聞こえた。
老人はその声の持ち主と知り合いなのだろうか、目を閉じると意識をその声へと向けて語りかける。
「残念じゃがな」
「うーん。でも特にあの黒髪の子の方は、貴方がずっと気に掛けてた子でしょ?」
「ふっ。なおさらじゃの…この程度に直感で気付けぬのであれば、誰であっても入れるわけには行かぬ」
「全く…貴方は昔から頑固なんだから。まぁ、こっちの準備は整ってるから、終わらせるならなるべく早くね」
「うむ。次で最後、出来れば合格して欲しいが無理そうであるがの…ふむ。今年は少ないが…まぁ、良いか。――終了しだいそちらに戻るとする」
「了解!んじゃ待ってるわ、バイバイ」
そして女性の声が聞こえなくなると老人は瞑っていた目を開け、囁く様な小声でなにかを呟き始めた。
一方、玄関で大和と甚八は一先ず下駄箱の空いているスペースに脱いだ靴を入れると、廊下を挟んだ玄関の直ぐ向かい側に見えるエレベーターの前に行き甚八がボタンを押す。
ボタンを押すと少ししてエレベーターは1階へと来てドアが開き、二人はそれに乗り込むと目的の階のボタンを押してドアを閉めた。
『御主人!御主人!』
「…?」
「どないしたんや?急にきょろきょろ周り見廻して?」
ドアが完全に閉まる直前、大和は男か女かも分からないおかしな声を聞いた様な気がした。
それは聞いたと言うより不思議な感覚、まるで脳内に直接響いた様な奇妙なもの。
「…いや、気のせいかな?何か変な声聞こえなかった?」
「んー?別に何も聞こえへんかったぞ?」
「そう?それじゃあ、やっぱり気のせいか…」
と、甚八は大和の言葉に首を傾げた。大和は隣に居た甚八が聞いてないのだから自分の気のせいだったんだろうと思い、甚八に自分の気のせいだったと軽く謝ってその声に関して気にしない事にした。
「ははっ。多分疲れてるんやろ、やまとっち」
「…まぁ確かに、昨日の夜に家を出発したからね。今日は早めに寝とこうかな」
「それがええと思うで」
二人が上昇するエレベーター内でそんなたわい無い会話をしていると、エレベーター内のドアの頭上に設置されている階を示すランプが5階に表示されてドアが開く。
「おっ、着いたで!」
「よしっ。それじゃあ部屋に行こう」
そして二人は一緒にエレベーターを降りて自分達の部屋へと向かうのであった――
――