第弐章 二話『だから貴方の為に』
紗希「え、ハロウィン?」
目覚めた彼女が最初に口にした言葉がそれだった。
二人目の転移者。
名前は紗希というらしい。
《蒼》が経緯を説明しても、さしたる混乱はない。
多分、信じてないのだろう。
ベットから上半身だけを起こし、私達を見回す。
紗希「異世界か…。
まあ、ハロウィンの日は都会は異世界みたいになるのは分かるけどさ…。
流石に早くない?
まだ6月だよ?」
どうも噛み合っていない。
《蒼》「紗希様、此処に来る直前の事を覚えてますか??」
紗希「直前…?
直前…。」
《蒼》の言葉に紗希さんの顔色が変わる。
紗希「……轢かれた。」
その声は震えていた。
先程までの軽快な言葉の流れが嘘の様。
異世界という物の信憑性を少しずつ感じて来たのかもしれない。
紗希「アタシ……車に轢かれたんだ…。
佐藤って奴に突き飛ばされて。」
紗希さんは自分の体を見回す。
紗希「でも、何処も痛くない…。
え、何これ…。
ここ、何処?」
必要不可欠の混乱。
転移者は、大なり小なり通る道。
《蒼》「此処は先程申し上げた通り、蒼月という星の、月界という街です…。」
紗希「え、何言ってんの…?
地球でしょ?」
《蒼》「いいえ…。」
紗希「冗談でしょ…?」
紗希さんが黙り込む。
無理もない。
受け止めなければならない事が多すぎる。
ラエル「俺もなんです。」
紗希「え?」
同じ転移者のラエルさんなら、紗希さんの気持ちを少しでも楽にさせてあげられるかもしれない。
ラエル「俺も異世界から此処に転移してきたんです。」
紗希「え…そうなんだ…。」
ラエル「だから、不安は分かりますよ。
しかも、こんなに肌が焼けるまで戦って…。
相手は炎の使い手でしたか…。」
紗希「え、何?
何の話?」
ラエル「見た所、この防具も火に弱そうですし…。
そこを狙われたんですね…!」
紗希「ちょっと?
防具って何?」
《白》「あ、《蒼》!
よく分からないけど、多分ラエルさんが凄く失礼な事を言っているよ!」
《蒼》「そ、そうですね…。」
ラエル「でも、安心して下さい!」
《白》「しかも、まだ続ける気だよ!?《蒼》!」
ラエル「俺、手芸始めたんです!」
紗希「え?ああ、そ、そうなの?」
《白》「ナイトマスターが!
ナイトマスターが剣技ではなく、手芸で安心させようとしてるよ!?《蒼》!」
ラエル「だから、今度防具が燃えてしまったその時は!
俺が貴女のセーターを編みますから!」
紗希「え?あ、ありがとう?」
《白》「何これ…。」
ラエルさんの励まし…が終わると、辺りは少し静かになった。
紗希「………あはは。
ははは!
何これ、ちょーウケるんですけど!
あはははっ!」
笑った。
紗希さんが。
それに連れて私以外も笑う。
私も嬉しくない訳ではないけど、笑うとかあまりないから……。
紗希「いいよ。
異世界でも。
戻れるかどうか分かんなくても。
どうせ、此処で生きるしかないんでしょ?
それなら楽しませてもらうよ。
元の世界の連れや家族に会えないのは辛いけどさ。」
それを聞いた《蒼》が優しい笑みを浮かべて紗希さんに近付いた。
《蒼》「紗希様、ようこそ、蒼月へ…★」