第壱章 四話『今、自分が此処に居る意味』
なんだ異界魔って…。
蒼月にもモンスターが出るって事か…?
いや、考えるのは後だ!
俺は部屋の片隅に整頓されていた装備に駆け寄る。
この一週間程、平和故に身に付ける必要の無かったもの。
手慣れた手付きで装備した鎧は少し重く感じた。
剣を手に取り、刃こぼれの酷さに目がいく。
『父さん……もう少しだけ借りるよ。』
父親から譲り受けた剣を手に、
《蒼》さんと《白》さんが飛び立った窓から俺も飛び立つ
『……ッ!』
着地の瞬間、俺は走り出した。
駆け抜ける洋風の街並
その中に市民の群れを見付けた。
恐らく避難途中なのだろう。
ふと、景色の違和感を感じる。
空。
空だ。
空に穴が空いている。
??「異空穴だ!
また奴らが出て来る!!」
異空穴?
聞き慣れない言葉だと思うよりも早く、そいつの姿が目に入った。
ゴブリン
俺の世界で低級モンスターとして其処ら中に生息する魔物。
それに似ていると思った。
奴らの肌は緑ではなく、黄土色だが、一本角や鋭い牙がよく似ている。
俺は笑っていたのかもしれない。
異世界に飛ばされて、心細かったのかもしれない。
だから、
俺の世界のモンスターと似た魔物と戦える事が
まだシュリオン大陸で戦っていたナイトマスターとしての自分が此処に居るような気がして
嬉しかったんだ。
『炎霊の剣!』
俺の声に反応して手にした剣は燃え盛る。
その炎にゴブリンもどきは一歩後退る
蒼月でも精霊から受け取った力は使えるみたいだ。
新月級・鬼人種「グギャッ!グギャ!」
何やらゴブリンもどきが喚き始める。
そして
俺は飛び出した。
それは相手も同じだった。
目か。
鋭い爪の軌道から俺の両目を狙っている事が分かる。
中々、容赦ないな。
だが、軌道が読めれば対処は容易い。
俺は下段で構えた剣で相手の爪を上方に弾く。
(キャシン!)
思ったより爪が固い。
でも、それはどうでも良かった。
上方に弾かれて上がったゴブリンもどきの腕。
無防備になる腹。
(ザシュ!)
(ボボゥゥー!)
斬り口から炎が噴き出す
新月級・鬼人種「アギャ!アギャガー!」
やがて燃え尽きたゴブリンもどきは、黒い光の粒子になって消えた。
その瞬間、聞こえる戦闘結果の通知
[ラエルは10の経験値を手に入れた!
ラエルはレベルが上がった!
力が1上がった!
魔力が1上がった!
賢さは上がらなかった!
女子力が5上がった!]
蒼月でもレベル上がるのか…。
でも、何で女子力上がっちゃうんだよ…。
編物でも始めるか…。
街の女性「あ、ありがとうございます!」
『え!』
レベルアップに気をとられていた俺は、市民の声で我に帰った。
小さな女の子「おにーちゃん!
助けてくれて、ありがとう!」
小さい女の子だ。
怖かっただろうな…。
老人「本当に助かりました…。
儂ら、逃げる事しか出来んで…。
あんさんの様な戦士が街に居てくれたら安心じゃあ…。」
安心…。
そうか…。
俺の剣技は全て父さんの復讐の為に磨いたものだ。
旅の途中のどんなモンスターも、奴だと思って戦ってきた。
そして、俺は目的を達成した。
ならば、この剣技、次は人の為に使うのも悪くないかもしれない…。
何より、俺が蒼月で出来る事を見付けられた気がして嬉しかった。
(ズドォォォーーン!!)
『なっ!?』
喜びに浸っていたのも束の間、恐ろしい程の大きな音と地響きが町を襲った。
老人「な、なんじゃあ!?
まだ何かおるんか!?」
『皆さん、建物の中に入って下さい!
外は危険です!』
俺の声に市民が近くの建物にパニックになりながらも入っていく。
??「ラエルさーん!」
聞き慣れた声の主は《白》さんだった。
真っ白な鎧に、真っ白な剣と盾。
ヘルムも真っ白で、目元が隠れるタイプ。
いずれも翼の装飾がとても美しく、思わず声に出てしまった。
『綺麗ですね…。』
《白》「えっ!」
あ、不味い。
勘違いされたかもしれない。
《白》「な、なんですか急に!
口説いてるんですか!
口説いてるんですね!?」
やっぱり。
『違いますよ…。
装備が綺麗だって言ったんです。』
正直に話したけど、《白》さん、がっかりするかな…。
《白》「おー!☆
つまり私の心が美しいという事ですか!☆
後で飴あげます!☆」
『いりませんよ…。』
どうして装備を褒めたのに心の話になるんだろう…。
ガッカリしてなくて良かったけど…。
………ん?
《白》さん、窓から飛び出した時、あんな装備身に付けてなかった筈…。
あ、それよりも!
『《白》さん、さっき凄い音と地響きが!』
俺が慌てて説明したのにも関わらず、《白》さんに慌てた様子は微塵もなかった。
それどころか、ちょっと笑っていた。
流石に呑気過ぎるんじゃ…あれはただ事では無いと思うんだけど…。
《白》「あれ、《蒼》ですよ☆」
『え?』
この人は何を言っているのだろう。
一人の人間が地響きを起こせる訳ないのに…。
……いや、待てよ。
魔法か。
シュリオン大陸でも聞いた事がある。
大地を揺らす秘術中の秘術。
俺の時代では使えるソーサラーは居なかった。
ヴェルジェでも無理だと言っていた筈だ。
だけど、蒼月にも同じ様な魔法があって、《蒼》さんがその使い手なら…。
そうに違いない。
『《蒼》さんの魔法ですね?』
《白》「違いまふ!」
違った。
恥ずかしい。
でも、それなら一体…。
《白》「《蒼》の斬撃の余波です☆
《蒼》は大鎌を使うんですけど、
その大鎌を凄く大きく出来たりするんです☆」
斬撃の……余波?
冗談だよな…。
《白》「それにしても、ラエルさん、その装備…。」
《白》さんは、俺の装備をマシマジと見つめている。
『え、ああ、モンスターが居るって聞いたら、居てもたってもいられなくって…。』
《白》さんは、視線を装備から俺の目に向けてニッコリ笑った。
《白》「蒼月の為に戦ってくれたんですね☆
ありがとうございます!☆」
『い、いえ…。』
何となく気恥ずかしくて《白》さんから目を逸らした。
そして、たった今言われた言葉を噛み締めている。
ありがとう
か…。
《白》「皆さーん!
もう大丈夫ですよー!」
《白》さんの言葉に建物内に避難していた市民達が一斉に出てくる。
街の男性「おー!《白》ちゃん!
今回も有り難うな!」
少年「おねーちゃん!ありがとー!」
《白》「いいえー☆
気を付けて帰って下さいねー☆」
時刻は夕暮れ
空も暮れゆく途中頃
《白》「ラエルさん、私達も帰りましょうか…☆」
《白》さんの顔は降りてきた太陽で逆行になりよく見えなかったけど、きっと笑っているのだろう。
『……はい。』
《白》さんと話ながら歩いていると、
いつの間にか《蒼》さん達の家に着いていた。
中で物音が聞こえるという事は、蒼さん達は先に帰って来てたんだ。
(ガチャリ)
《白》「ただいまー!☆」
《蒼》「《白》、ラエル様を見掛けませんでしたか??」
《白》「あー、一緒に帰って来たよー!」
それを聞いた《蒼》さんが、まだ扉の前で立っていた俺の元に来てくれた。
《蒼》「ラエル様、御無事で何よりです…★
さあ、中へどうぞ…★」
『あ、お邪魔します…。』
《蒼》さんに促されて家の中に入ろうとした瞬間の事だった。
《蒼》「ラエル様…??★」
『え?』
強制的に連れて来られた異世界で。
かつての仲間も居ない世界で。
生き抜く事を決めたとしても、
やっぱり何処か心細くて、
きっと俺は弱っていたんだ。
だってそうだろう?
それを聞いて目頭が熱くなるなんて。
聞き慣れていた筈だ。
何回も何回も。
けれど、
聞き流していたんだ。
何回も何回も。
その言葉の温かさと優しさに気付く事も無く。
それでも、
例え弱っているせいだとしても、
今、気付けて良かった。
《蒼》「ラエル様…??」
『え?』
《蒼》「おかえりなさい…★」