第弐章 十七話『投げられた小瓶』
《黒》、《白》、ラエル様がお戻りになられました。
廃墟に捕らわれた少女を連れて。
今はその少女を私共の家の空き部屋のベッドの上で寝かせている状況。
話によると強力な雷の檻に触れたとの事、容態を見るに芳しくはないですね…。
《白》「私の回復だと体の傷を治す位しか出来なくて…。」
ラエル「雷が体を走ったとすると、体の内部も損傷していると思います。」
紗希「どうすんの!?
この子このままじゃ…!」
確かに、このままでは不味いですね…。
ですが、希望はありそうです。
『今は見ての通り取り込み中です。
用件は速やかにお願いします。
紫蜂様。』
紗希「え!?」
部屋の隅にある本棚の影。
ただ、その影は不自然に縦に延びている。
その影から紫蜂様はゆっくりと姿を表し、不自然な縦の影は消える。
紫蜂「全く嫌になるねぇ。
隠れ身も駄目かい。」
紗希「アンタ!また来たの!?」
紗希様が紫蜂様に銃口を向ける。
『紗希様…★
大丈夫で御座居ます…★
此度の訪問は、暗殺者としてではなく、
落し物屋の店主としての訪問だと思いますので…★』
紗希様は私の顔を暫く見つめ、銃口を下ろした。
紗希「何かしたら、ただじゃおかないからね!」
紫蜂「何もしやしないよ。
そこのアンタ。」
紫蜂様はラエル様を見つめている。
ラエル「俺ですか?」
紫蜂「報酬だよ。」
そう言って紫蜂様はラエル様に向かって液体の入った小瓶を投げる。
ラエル様がそれを受け止った瞬間、
重く暗い雰囲気の部屋に歓喜の声が上がりました。
ラエル「エリクレース!」
紗希「何それ?香水?」
《白》「それって確か…。」
ラエル「そうです!全てを癒す霊薬です!
これがあればこの子を助けられます!」
紗希「ホントに!?」
《白》「おー!☆
なら早く使おう!☆」
ラエル「分かりました!」
そう言うとラエルさんは少女の服を脱がし始め……え?
紗希「ちょっとアンタ何してんの!?」
ラエル「ぐふっ!?」
紗希様の蹴りがラエル様のみぞおちを的確に捕らえました…。
《白》「ラエルさん!最低です!」
ラエル「ち、違いますよ!
衣服の上からじゃ効果が無いんです!
素肌の上から直に数滴振りかけないと!」
紗希「だとしても、いきなり脱がすなんてあり得ないでしょ!?
私がやるから外出てて!」
ラエル様は《白》と紗希様の罵声を浴びながら部屋の外に出されてしまいました。
紗希「ほら、《黒》さんも外に出て!」
辺りは静寂に包まれる
《黒》「……え……?」
《白》「え?」
『え?』
紗希様はポカンとした表情で、
自分は何か間違った事を言ったのだろうかと問答をしている御様子…。
暫しの沈黙
そして、問いの答えは導きだされました。
紗希「えーー!?」
ああ…《黒》の目が心なしか悲しそうです…。
紫蜂「賑やかだねぇ…。
でも、急いだ方がいいんじゃないかい?」
その言葉に紗希様は語気を強める。
紗希「分かってるわよ!」
そして、その場に居る紫蜂様以外の者で少女の体に霊薬を振りかける。
雫が体に触れた瞬間淡い光と共に体内に吸収されていく様はとても美しく、
振りかけ終わる頃には全身が淡く光っておりました。
やがて、その光が収まり衣服を整え暫くすると……。
少女は目を醒ましました。
少女「……ここは……?」
『私共の家で御座居ます…★』
少女「!?
貴方は誰です!?
あの山賊の仲間ですか!?」
少女は辺りを見回し狼狽えています。
何とか状況を説明したい所ですが…。
少女「此処から出しなさい!
ワタクシを誰だと思っているのです!」
興奮気味の様で、すんなりと聞いては頂けないかもしれませんね…。
紫蜂「魔莉華お嬢さん。
アンタは山賊から助けられたのさ。
此処に居る連中によってね。」
魔莉華「貴方は……落し物屋……。
そういう事ですか…。
お父様が依頼を出したのですね?」
紫蜂「そうさ。
明日の朝、お父様が此処へ迎えに来るそうだよ。」
魔莉華「分かりました。」
紫蜂「それと、《蒼》、《黒》、《白》。
これで依頼は完了、約束通り大量の衣服等のお代は受け取ったよ。」
そう言って、紫蜂様は姿を消しました。
(ぐぅ~。)
音の発生源を見ると魔莉加様が恥ずかしそうにお腹を押さえています。
『何か食事をお持ち致しますね…★』
私がそう言うと、魔莉加様は赤い顔のまま
魔莉加「あ、有り難く頂きますわ!」
と返して下さいました…★
(ガチャリ)
私が部屋の扉を開けるとラエル様が寂しそうに立って居られました…。
魔莉加「あ!あの!
さっきはその……勘違いをしてしまって…も、申し訳有りませんでしたわ!」
『いえいえ…★
怖い思いをされたのですから、当然の反応だと思います…。
ですが、もう大丈夫で御座居ます…★
御安心下さい…★』
魔莉華「あ……。
コホン!
そ!それと!
救出して頂いた事、感謝致しますわ!」
『私は直接救出に関与はしていないのですが、
魔莉華様が御無事で何よりでした…★』
《白》「ホントだよー!
一時はどうなる事かと思ったけど、無事で良かった!☆」
《黒》「……あの山賊達と頭領は……憲兵に身柄を……渡したので……再度狙われる事は……ないと思います……。」
ラエル「ナイトマスターとして、貴方の救出の役に立てた事を誇りに思います。」
紗希「魔莉華って中々いい名前だね。
私は紗希だよ。
短い付き合いかもしれないけど、宜しくね。
まあ、私も直接救出に関わってる訳ではないけどさ。」
『取り敢えず、今夜はゆっくり休んで下さいね…★』
魔莉華「そ、そうさせて頂きますわ!」
こうして、紗希様の化粧品の調達から始まった一連の事件の幕は閉じました。
ですが、此処は蒼月
異なる世界の混ざる場所
異空穴に導かれし異界者が、
また私達の前に現れる時
再び幕は上がるのでしょう。
紡がれるのは戦の調べか想いの詩か。
誰にも分からぬ物語
蒼綺月之想詩。
ラエル「そういえば、何で《黒》さんは部屋の外に出されなかったんですか?」
《黒》「………。」




