第壱章 一話『その果ての行方』
長かった。
本当に長かった。
今、この瞬間
宿敵の急所を俺の剣が貫くまで。
そして、
俺の急所を宿敵の剣が貫くまで。
「……かっ……はっ!」
口から吹き出した鮮血は、果たしてどちらのものだっただろう。
後ろで俺の名を叫ぶ声が聞こえる。
此処まで苦楽を共にしてきた仲間達の声だ。
だが振り返る事は出来なかった。
もうそんな力も時間も残されてなかった。
……ありがとう……皆……。
宿敵の崩れ去る姿
自分の崩れ落ちていく感覚
最後に聞こえたのは
「い、いやぁぁぁっー!!
ラエルーー!!」
俺の名前だった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
??「だからー!
違うって言ってるでしょ!?」
??「何が違うのですか…。
口に生クリーム付いてますよ…。」
??「え!嘘!?」
慌てて手で口元を拭う
しかし、そこに生クリームは付いてはいなかった。
??「付いてないよ!?」
??「そうですね、付いてませんね…。
ですが、その慌て様…。」
その言葉を聞いてハッとする表情。
??「だ、騙したなー!
酷いよ!」
??「黙って私のシュークリームを食べるのは酷くないのですか…。」
いつもの部屋、いつもの二人のやり取りを眺めていると、
突如、音もなく天井付近の空間にポッカリと穴が空いた。
大きさは成人男性が横に寝て一人分だろうか。
【異空穴】
この蒼月と何処かの異世界を繋ぐ穴。
何故あんな場所に…。
そう思って眺めていると、
異空穴から本当に男性が一人、横に眠ったままゆっくりと降りて来た。
これは、珍しい。
異空穴が空く事自体は珍しくはないが、繋がった異世界から人が運ばれてくるのは稀…。
物は割りと多いけれど…。
??「出来心というか、なんというか、まあその…出来心です…。」
??「……はぁ……。
……次は食べないで下さいよ……。」
??「でもほら、出来心っていう位だから、いつ出来上がってしまうか分からない心なので??
確実な約束は出来ないけど、取り敢えず、
うん!食べない!☆」
??「……全く信用出来ませんね…。
それはともかく……珍しいですね…。」
目線を異空穴からゆっくりと降りてくる男に目を向けて言った。
??「えー、私が素直なのはいつもの事だよ!」
??「そっちではないです…。」
??「うんー??」
つられて上を見上げる。
??「誰ーー!?」
『《白》……声が……大きい……。』
《白》の大きな声に堪らず苦言を呈す。
《白》「あ!異空穴!?
異空穴から人が降りて来たの!?」
珍しいものを見た子供の様に驚く《白》とは対称に、聞き慣れた落ち着いた声が通る。
??「《黒》、運ぶのを手伝って頂けますか…??」
その声に私は頷いた。
床に寝かせておく訳にはいかないから。
『……うん……分かった…。』
《白》「私も手伝うよ!」
三人で寝室へ運ぶ途中、その男が小さく呟くのが聞こえた。
??「………仇はとったよ………父さん……。」
何か重い事情がある事をきっと三人が悟っただろう。
それでも、誰も口を開かなかった。
男が身に付けている無数の傷が刻まれた鎧と、刃こぼれだらけの剣が意味するものを知っていたから。
此処は蒼月。
時に異空穴から異世界の者が運ばれる場所。
そして、蒼月に運ばれる者は、
元の世界で生死をさまよっている者
のみなのだから。