最終話。温泉。
「ユキ~お前……そんなに五平餅食って大丈夫なのか?」
俺は今、目の前で美味しそうに五平餅をパク付いているユキの顔を見ながら聞いてみた。
お前……今食ってる五平餅で3本目だろ?
『うん? うん、美味しいよ、どれもちょっとずつ味が違ってて、そう言う太郎ちゃんだって、寄るSA全部で、必ずフランクフルト食べてるけど、飽きないの?』
確かにユキに言われて気付いたが、俺もこのフランクフルトで、ユキの五平餅よりも多い、5本目だ。
しかし……昔から何故か高速道路のSAやPAに寄ると、フランクフルトが食いたくなるんだよな。
俺とユキは、今高速道路のSAにある売店のテーブルに2人で座り、五平餅とフランクフルトをパク付いている。
何とか仕事の遣り繰りをして、2日程度だが連休が取れるようにした俺達は、とある温泉地の旅館に1泊2日の温泉旅行用に出掛けている。今はその温泉地に向かう為に車を走らせていた高速道路にあるSAで休憩をしていた。
『後、どのぐらいで着くの?』
「そうだなぁ……俺も行った事は無いから正確には分からないが、1~2時間ってとこじゃないか?」
俺が予想を話すとユキは自分の持っている携帯の時間を見て、到着予定の時間を判断している。
『それなら、夕方前に着くから、丁度良さそうな時間だね』
ユキに今回の小旅行の計画を話した時は、本当に嬉しそうにしていた。車で4~5時間で着いてしまう、近場の温泉地とは言え。
普段は仕事に追われて、デートにも連れて行ってやれてない俺としては、目の前で笑顔で五平餅を食べているユキの喜んでる顔を見て、心底良かったと思った。
『温泉楽しみだね~美味しいご飯も』
「美人になれる温泉らしいぞ? 肌に良いんだってさ、内風呂も露天風呂になってるらしいぞ?」
『そうなんだ~それじゃ、一緒に温泉に入れるね』
そんなどこにでも居そうな、カップルらしい会話を俺もユキも楽しんでいた。
ユキが五平餅を食べ終わるのを待ち。車内で飲む物を売店で補給した俺達は、再び車を走らせて、目的地を目指した。
その後、大方の予想通りの時間に、高速道路を降りる事が出来た俺達は、ここからは一般道路を走り目的の温泉地を目指す。
山あいの地に相応しく周囲を高い山に囲まれた市内を走らせていると、道路のあちらこちらに【○○温泉にようこそ】【△△旅館この先右折2㎞】なんて言う看板が目に付きだした。
ユキはそんな風景を見ながら俺に。
『なんか【温泉地】って感じのするところだね』
そう言った。
「まぁいかにも温泉地って見える温泉地に居るからな」
そう言って当たり前の事に変に感心していたユキを、からかった。
少し迷ったりして、現地の人に道を訪ねたりしたが、旅館に伝えていた予定時間の10分程前に到着する事が出来た。
今日、俺とユキが宿泊してお世話になる旅館は、純和風の平屋建ての建物で、日本庭園なんかもありそうな雰囲気の良い、落ち着けそうな旅館の外観をしていた。
旅館の前に広がる砂利の敷かれただけの駐車場に車を停める。
この舗装せずに、砂利を敷いただけの駐車場って言うのも、なんか良いなぁなんて思った。
車のトランクを開け、中に入れておいた俺とユキの2人分の服が入った小さなキャリーケースを取り出して、手にぶら下げながら、ユキと2人で並んで、旅館の門へと向かった。
門では到着予定時刻よりも少し早く着いた俺達を、出迎える為に既に、旅館の人が立っていた。
ユキは、門のところに立ち、俺達を出迎えてくれている2人の姿を見ると子供のように、両手を高く挙げて大きく横に降っている。
俺も、空いている方の手を上に挙げて、ユキを真似て手を振る。
門の前に並んで立っている、落ち着いた色と柄の着物を着た女性と、作務衣に旅館の名前入りのハッピを着た男性が、揃って深く俺達に向けてお辞儀をした後。
2人も俺達に向けて大きく手を挙げ手を振り返してくれた。
『ようこそ、当旅館へお越し下さいました、本日は当旅館自慢の温泉も料理を存分にお楽しみいただき、楽しんで下さい』
着物を着ていた女性が俺達に挨拶をしてきた。
ユキがその挨拶に返事を返す。
『今日は、お世話になります、若女将さん』
『いらっしゃい、木村本部長さん』
そう言って俺に笑い掛けてくる作務衣の男性に向かい俺も挨拶を返す。
「お世話になります、元本部長さん」
そう言って、4人で笑い合った。
「ル……いやいや、真実も、すっかり旅館の若女将が板に付いてきたな」
俺とユキは、中村元本部長の実家の温泉旅館に来ていた。
もちろん、温泉で日頃の疲れを癒すと言う目的もあるが、中村元本部長と、その奥さんになった、過去にルイと言う源氏名を持つ女性に会う為でもあった。
そして……目的はもう1つ……
『それでは、改めましてお客様の御名前は【木村御夫妻】でよろしかったでしょうか?』
若女将の確認の言葉に。俺とユキは揃って、左の手の甲を2人に見えるように掲げて。しっかりと頷いた。
ユキの左手の薬指には、ピンク色に輝くピンクゴールドの指輪が……
俺の左手の薬指には、ホワイトゴールドの指輪が……
それぞれ嵌まっていた。
これにて【完結】で御座います。
この後も木村太郎は、風俗業界を仕事にして行きますが、本部長となり現場から遠ざかってしまった為に、仕事の内容も普通のサラリーマン等と大した違いも無くなって行きます。
この作品の根底は【風俗業界の現場】をコンセプトに書いた作品になります。
風俗業界の現場から離れて後の話は、私の中で書く必要が無いと判断した為に、ここで。
木村太郎と言う男の物語を一度終わらせる事にしました。
私にとっても初の長期連載作品であり。
色々と読者の方々の支持を受けた作品でもあります。終わらせる事に一抹の寂しさはありますが、ダラダラと続けるよりは。と思い完結と致します。
長い間のご支援と応援、心より読者のみなさんにお礼申し上げます。
また機会がありましたら、何時か別の物語で、みなさんに私の作品をお見せ出来る日もあると思います。その時は、この作品と変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。




