本部長。
2階にあるオフィスから5階にある【本部長室】へと移って3日。
その間に、社風である口頭により社長から正式に本部長就任を告げられ、これもまた社風の口頭で拝命をした。
その後は、社長と専務。全ての事業部の部長と【就任祝い】&【顔見せ】も予て、キャバクラへと繰り出した。
行き先が居酒屋等では無くキャバクラと言うのも、うちの会社らしいと言えばらしい。
本部長になった俺の最初の仕事は、我が社の経営する全てのお店。キャバクラもセクキャバも箱ヘルスもイメクラもキャンパブもデリヘルもありとあらゆる業種の全てのお店の所在地を、覚えると言う事だった。
全てのお店のTOPになる本部長と言う役職が持つ仕事の中に【視察】と言う、まぁただのお店回りと言う物がある為に。
その為に必要な事を今、俺は必死になって作業している。
片手に持つ紙の束に目を落とし書かれている情報を読み、もう片方の手で、機器の操作をする。
非常に手間が掛かり面倒くさい作業だが、後々を考えるとやらないと言う選択肢は無かった。
10件分程の作業を終えて、予想以上に疲れると言う事を実感した俺は、少し休憩を取っていた。
そこに、真っ赤なジャ○ーのステーションワゴンに乗った【藤田部長】がやって来た。
『おはようございます、本部長、何してんですか?』
「おはよう、藤田、外付け? って奴が出来るカーナビに買い替えたから、全ての店舗の住所をカーナビの行き先登録に入れてるんだよ……これが予想以上に面倒くさくてな……」
俺が今必要に駆られてやっていた作業の説明をすると、藤田が呆れたような顔をして、俺に言ってきた。
『本部長、それ……カーナビ直接操作しなくても、パソコンにメモリーカード差して、店舗の住所をメモリーカードに落とし込めば、カーナビにメモリーカード差すだけで、イチイチ1件ずつ入力しないでいいんですよ』
「えっ! そうなの? ユキも何も言わなかったぞ」
『まぁユキさん自分で車の運転する訳でも無いですし、ましてやカーナビなんて詳しい訳も無く、知らなかったんじゃないですか? ユキさんにメモリーカード渡して店舗の住所落とし込んでって頼んだら2~3分でやってくれると思いますよ』
今、俺の努力を台無しにする発言をしてくれた藤田だが、大方の予想通りに、俺の跡を継ぎ【無店舗型性風俗事業部】の部長へと昇進を果たしたと同時に、俺が使っていた2階のオフィスも藤田が引き継いだ。
そして、藤田の後任のエリアマネージャーを誰に任せるかを、藤田と2人で話し合った結果。県を東西に分けて東エリアを山下に。西エリアを近藤に。それぞれ任せる事にした。
俺の部下として、一緒に働いてきた、藤田。近藤。山下。の3人は、途中で辞めるような事も無く、それぞれがそれなりの出世を果たし、それなりの役職を手に入れてくれた。
藤田と2人、会社の駐車場に停めた車にもたれ掛かり、並んでタバコを吹かしぼーっとしていた時にふと。
『木村本部長、ありがとうございます、本部長のお陰で、俺なんかが部長にまでなれました……』
そう突然、藤田が言ってきた。俺は藤田の言葉に少し、気恥ずかしさを覚えながらも藤田に言葉を返した。
「俺の方こそ、ありがとう、俺の無茶ブリにも答えてくれた、お前が居なかったら出来なかった事が沢山あったよ、支えてくれてありがとう、そして、これからもよろしくな」
言葉を交わしあった後に、藤田と硬い握手をした。
『でも、本部長実はちょっと出世しちゃったの、寂しく感じてません? 俺はちょっと寂しいんですよね~』
「何でだ?」
『だって、偉くなっちゃったおかげで、もう俺達、昔みたいに色んな場所を走り回って、色んな問題に頭悩ませ、四苦八苦しながら、お店の運営に携わるなんて事出来なくなっちゃったじゃないですか』
確かに藤田の言う通り、もう俺は今後、ゼロから店を立ち上げるような事は無いだろう、部下に任せる立場になってしまったから。
でも、それでも俺は、いつでもお店と言う現場に居るつもりで、これからも仕事をして行きたい。
どこにでもあるような、ありふれた求人広告を見つけ、面白そうだと思って決めた仕事である。風俗と言う物に携わりながら。




