送別会~突然の告白
今週一杯で、最初に決められたファションヘルスでの勤務が終わり、来週からは、キャバクラへの勤務が始まる。
新しいまだ経験した事の無いキャバクラでの勤務で、俺はどんな思いをして、どんな経験をするのだろう。同じ風俗店というくくりの中なのに、ある意味全くと言っていいほどの違いのある、ヘルスとキャバクラ。楽しみだと思う反面、慣れ親しんだヘルスで働く人達と、お別れすると言う事に淋しさも感じる。
振り返って見ると、本当に色んな事があった。
突然の元店長の失踪。それによる異例の店長就任。
慣れきって無い中での店長業務。
沢山失敗もした。風俗嬢とケンカもした。
それでも、なんとか助けられやって来れた。
俺は、すっかりこの風俗店と言う業界が好きになっていた。
風俗と言う仕事を、あの時に選んで本当に良かった。
今日は、みんなが来週からキャバクラ勤務に替わる俺の為に、これからちょっとした、送別会を開いてくれる事になっている。
場所は近所の居酒屋。
「おっとそろそろかな……」
時計を見ると約束した時間が迫ってきていた。
俺は、店の中を見て周り、異常が何も無い事を確認して、店から出てシャッターを降ろした。
居酒屋に着くと、既に俺以外は集まっていたようだ。
席に案内され、個室のふすまを開けると、中には、男性スタッフの全員が、そして俺が店長として面接をし採用した風俗嬢の何人かが、そして、俺が初めて受けた講習の相手をしてくれた、風俗嬢のユキが居た。
上座に座らされた俺は、グラスにビールを注がれ、男性スタッフに言われて、立ち上がり、みんなに声を掛けた。
「え~拙く至らない点も多々あったと思いますが、私が、今日無事にこの日を迎えられたのはひとえに、皆さん方の協力や指導、ご鞭撻があればこそであり……」
『店長、真面目! 挨拶堅すぎ』
ユキのその言葉を合図に、みなが一斉に笑い出す。
『確かに、俺も思ったよ、真面目かよ!って』
『でも、店長ずっと真面目だったもんね』
そんな言葉が飛び交う。それでは改めて……
「まぁとにかく、ここまで上手くやれたのは、みんなのおかげだよ、ありがとう、キャバクラに移っても頑張るから、それじゃ乾杯!」
『『『かんぱ~い』』』
その後は色んな話に花が咲いた。お互いにやらかした失敗談を面白おかしく話したり、こんな事があった、あんな事があったと。
そんな中、ユキが突然。
『そう言えば私、店長に怒鳴られた事あったよね』
と言い出した。その言葉を聞いてみんなが、店長でも怒鳴る事あるんだ! 怒る事できたのね! どんな事怒鳴られたの?
等々、好き勝手な事を言ってきた。
あれは……確か店長に昇進したばかりの時だったなぁ……
その日、閉店業務を1人でこなしていた時に、突然声を掛けられた。
『店長、仕事もう終わる?』
うん? と思い声を掛けてきた相手の顔を見ると、とっくに店を出て帰って行ったはずの、風俗嬢のユキが居た。
「あれ? ユキちゃんとっくに帰ったと思ったけど、どうしたの?」
ユキは、少しためらい勝ちに、話をしてきた。
『ちょっと店長に相談があるんだけど、いいかな?』
風俗嬢へのフォローは、とても大事な仕事だ。何よりも優先させてもいい程に。
「あっうん、もう終わるから、そこの居酒屋にでも行こうか」
そう声を掛け、急いで残った仕事を片付け、ユキと並んで居酒屋まで歩いた。
居酒屋では、ユキが個室を希望したので、店員に個室を頼んだ。
飲み物と軽いツマミが揃うと、俺は酎ハイを手にして。
「お疲れ様でした、今日も働いてくれてありがとうね」
そうユキを労い、グラスを合わせた。
そして、どんな相談があるのか、ユキを促すと、ユキは。
『うん……言いにくいんだけど、私、お店辞めて、他のお店に行こうかと思うんだ』
その言葉を聞いて、引き抜きに会ったのかと慌てる。
この業界、他の店の従業員等が、客を装い店に来て、人気のある風俗嬢、お客さんを呼べる風俗嬢を指名して、引き抜きをする事がよくある。本来お互いの店に取って、マイナスにしかならない行為なので、暗黙の業界ルールとして、原則、引き抜き行為は、しない。と言う事が通例として存在している。
「引き抜きに会ったの?」
『ううん違うよ、ヘルスじゃ無くもっと稼げるソープに行こうかと思って』
実は、俺はユキがヘルスで働いてる理由を知っていた。ユキはホストにヘルスで稼いだお金を貢いでいる。
それをどうこう言うのは、俺が言うべき事では無いと、理解はしていた。
「えっと……ホストしてる彼氏に言われたりしたの?」
ハッキリと貢いでるユキの事を客としか見てないホストなんて言ったら、話も聞いてくれないし、絶対に店を辞めるだろうと思った俺は、ホストの事をユキの彼氏として表現した。
黙って頷くユキを見て、無性に腹が立ってきた。
「えっとね、こんな事を本当は言っちゃダメなんだ、だけど言うね、ユキがホストクラブに遊びに行く事に、どうこう言うつもりは無いけど、本当にそのホストの子ってユキの彼氏なの? 実はユキも理解してるんじゃ無いの?」
「そんな理由でソープに行くって言うなら、俺は反対せざるをえない」
『私が居なくなると、お店の売り上げが減るから?』
「もちろん、それも無いと言えば嘘になる、でも俺はユキにホストにハマって不幸な目に合う風俗嬢にはなって欲しくない」
「ユキは、うちの店で一番人気のある風俗嬢だ! 居なくなったら売り上げも減るだろう! でもな、そんな事はどうでもいい、ユキが自分の夢や目標を叶えるのに、必要なお金が貯まった、本当に好きな人が出来た、そんな理由で店を辞めるって言うなら、祝福して送り出す! けどな! ホストに貢ぐ為に、ソープに行くからなんて理由で、はい、そうですかって言える訳が無いだろ!」
「ユキ! お前はうちの店の顔なんだ! そんな子がみすみす不幸になるのが分かってて、引き留める事もしちゃいけないなら、俺は店長としての役職なんか要らん! ダメな事は頭では理解してる、風俗嬢が働く理由も辞める理由も、俺達が立ち入る事をしたらダメな事は知ってる、でも……ユキ……お前の場合は別だ! 俺は絶対に許さん!」
そう言って私に怒ったんだよね。ユキがあの時の事を、みんなの前で話した。
『私すごくびっくりしたけど、すごく嬉しかったなぁ、風俗嬢なんて仕事してる女なのに、真剣に私の事考えて叱ってくれる人が居るんだって』
『店長、知ってた? 私、店長に叱られてから1回もホストクラブに行ってないんだよ』
『きっと私は風俗嬢って仕事は辞められないと思う、普通の仕事しても戻ってきちゃうと思う、でもそんな私でも必要として叱ってくれる人が要るって知って本当に嬉しかったんだ』
突然のユキの告白に静まり返り、ユキと同じように泣いている風俗嬢も居た。
『だから私は、店長が大好き、ううんきっと愛してるんだよ』
ユキの爆弾発言にざわつく。俺は慌てて。
「バカ! 風俗嬢と男性スタッフとの恋愛は絶対禁止なんだよ」
そう言った。その時タイミングを計っていたかのように、本部長がふすまを開けて。
『それ、同じ店で働く者同士って言う前提が抜けてるよ店長、キャバクラに行っちゃう店長とユキが付き合うのに、同じ店で働く同士って言う前提は無くなっちゃうね』
そう言いながら入ってきた。
『いや~遅れちゃってごめんね』
『店長~本部長からも付き合っていいって言われてますよ?ユキさんの告白に何て答えるんですか?』
ニヤニヤと笑いながら囃し立てる、みんなが少しだけ、憎たらしく思えた。
そして……ユキの想いに応えてやる事を告げた。
きっと俺は、あの日最初にユキに手を引かれて講習に向かう時既にユキの事が好きだったんだろう。今はそう思う……
本部長は、ふすまの向こうで入るに入れず、話を聞いてたそうだ。
これで第1章は終わりです。
引き続き第2章のキャバクラ編が始まります
引き続きお楽しみ下さい。