ユキのキャバ修行。検定編
『298円になっま~す』
「あっ領収書下さい」
『かっこまりまった~っばらくお待ちくだっ~い』
『あっがとっざいまった~』
独特のコンビニ言語を駆使する、フリーター風の店員を相手にし終えた俺は、ここまでしなくてもいいだろ。と言う思いを抱きながら、コンビニで買った、ロックアイスを急いで届けようと、少し歩く速度を早めた。
本社事務所に、戻った俺は、買って来たロックアイスを、専務へと手渡した。
専務は受け取ったロックアイスを、先程まで埃を被っていた、洗い立ての、ガラス製のアイスペールへと入れ、ご丁寧にトングとマドラーを差した。
傍らには、既に綺麗に洗い終えた、ピッチャーの中にミネラルウォーターを注ぎ終えて立っている。
それらの小道具を、応接セットのソファーに、どこかふんぞり返るように座る、本部長の近くのテーブルに配置した。
今から、コントと言うか……学芸会と言うか……まぁ悪ノリ大好き3人衆監修の、お芝居が始まる。
専務は、小道具のセッティングを終わらせると、事務所の隅に居たユキの元へと向かう。
そこで、ユキと専務が、2~3話合って、お互いに頷いたと思ったら、専務の少し後ろをユキが付いて歩き、本部長の座るソファーの前までやって来た。
【ご紹介します、ユキさんです】
専務が、本部長に向かいそう声を掛ける。ユキは、専務の言葉の後に続き、本部長の横に座ると、本部長の方に体を向けて、笑顔で【お隣失礼します、ユキです】そう声を掛けた。
今、俺達と言うか……俺を除いた、社長。専務。本部長。ユキによる。ユキのキャバクラ接客修行の総まとめ【キャバクラ接客検定】が、行われている。
主役のユキは、もちろんキャバ嬢役を。本部長は、お客さん役。専務は、店の男性スタッフ役。をそれぞれ演じている。
因みに社長は、何を書いてるのか不明だが、バインダーに紙を挟み、ペンを片手に、さっきから、紙に何か書いている。
「社長、社長は何の役どころを?」
俺が社長に、小声で聞くと。
『検定試験官に決まってるだろ』
そう言った。そんな立派な物まで、必要なのか? この小芝居に……
『お飲み物は、如何なさいます?』
ユキが本部長に、聞いている。
『水割りで、あっ少し薄めにしてね』
本部長の無駄に高クオリティの、あるあるネタを挟みつつ。
ユキが、言われた物を、ゲストグラスである、8オンスタンブラーの中に、静かに、俺がコンビニで買ってきたロックアイスを入れ。
これまた、無駄に凝った結果、わざわざ空きボトルを洗って使った物の中身を少し少な目に注ぐ。
因みに、ボトルの中身は、これも無駄に凝り、色が似ているウーロン茶である。
そこに、ピッチャーの水を注ぎマドラーで混ぜてから、テーブルの隅に置かれた、コースターを1枚取り、コースターにグラスを乗せて、本部長の前に差し出した。
『今日は、お仕事の帰りなんですか?』
まぁ、よく使われるような、ありきたりのセリフを言う、ユキに対して。
『そうなんだよねぇ~今日も忙しくて疲れちゃった』
と返す本部長。それを受けてユキが。
『お仕事お疲れ様でした、少ししかお相手出来ないかも知れませんが、私が、お客さんのストレスを少しでも無くせるように精一杯頑張ってみますね』
おっ、ここで、早くもフリーで来たんだろ? お前、私は直ぐに居なくなっちゃうぞ、場内指名しなくていいのか? の先制パンチを繰り出すのか……しかし、俺ユキにあんなテクニック教えた覚え無いんだが……
『ありがとう、あっ何か飲む?』
『戴いてもいいんですか? ありがとうございます【すみません】』
そうお客さんにお礼を言った後で、男性スタッフに声を掛けるユキ。男性スタッフ役の専務が、いそいそとやって来て、少しだけ腰を曲げ、片手をお腹に乗せて、ユキの方に顔を向ける。
専務は専務で、無駄に高性能な男性スタッフに成りきってやがる……あの少しだけ腰を曲げるのは【本当は膝を着いて対応したいですが、略式で申し訳ありません】と言うお客さんへの、敬意の表れだ。そして、顔をユキの方向に、近づけるのは【お客さんの要望を代わりに言う事が多いキャバ嬢の一語一句を聞き漏らさず、間違えない】と言うスタッフの心根から来てる物だ。
と言うか……体に染み付いてるだけなのか、あえてなのか不明だが、専務も意外と凝り性なんだな。
その後も、ユキは、本部長が演じてる。いや……既に普通にお客さんとして、楽しんでいる本部長相手に、トークを繰り広げつつ、教えてやったジェスチャーなんかも使いこなし、接客をしていた。
暫く観察していると、専務に手招きされた。専務の元に行くと、耳打ちで【付いてこい】と言われたので、専務の後ろを付いて歩き、本部長の座るソファーまで行く。
『失礼します、ユキさんをお借りします、ご紹介します、太郎さんです』
専務! ちょっと待って、俺、本部長の横に座る流れ? フリーだから?
『あっユキちゃん、場内指名します!』
と言う本部長からの〆のセリフをもって、検定と言う名のコントが終わった。
その後、悪ノリ3人衆が集まり、何やら話し合いをした後に、検定試験官役をしていた社長から。
『ユキちゃん、パーフェクト! エクセレント! 明日、いや今日から直ぐにお店に出れるよ』
そう合格を告げた。
そこで、俺は前々から気になっていた事を、思いきってユキに聞いてみる事にした。
「ユキ、お前、お店オープンしたら、私もキャバ嬢として働く~なんて言い出すつもりなのか?」
俺の質問を聞いて、最初ユキは、キョトンとした顔をして後に、声を出して笑い出した。
『太郎ちゃん、そんな訳ないじゃん、私がキャバ嬢? 無いよ~』
「え? それじゃこれまで色々と俺に聞いたりしてた事や、さっきまでやってたコントは?」
『もちろん、お店オープンする前には、キャバクラ未経験の子相手に接客教えるんでしょ? その時に、基本だけでも教えられる人が多い方が、教える側も楽じゃん、その為に決まってるでしょ』
俺は、てっきりキャバクラで働くつもりなんだと、思い込んでいただけに、答えを聞いて、拍子抜けしてしまった。
『社長、専務、本部長の御墨付きも貰えたし、私も基本は教えられるね、太郎ちゃんに内緒で、ルイちゃんと秘密特訓した甲斐あったなぁ』




