不可解。アカネ編
俺は今、目の前を悠然と泳ぐ、亀を見ている。
何故……こんなところに居て、亀を眺める事になったのか、イマイチ納得は出来ていないが、実際に亀が泳いでいるのを眺めている。
ここは、市内にある水族館の亀の水槽前だ。
この後は、イルカとシャチのショーを見る予定になっている。
『部長~亀さん可愛いね~』
「そうだな……可愛いな、目がクリクリしていて」
『私とどっちが可愛い?』
「そりゃ、考えるまでも無いぐらい即答で、亀だろ」
『ひど~い!』
いやいや……全然酷くは無い。むしろ、比べられる亀に同情すら覚える。
「ところで……何で俺は今、お前と水族館になんか来てるんだろうな? アカネよ」
そう。何故か今、俺はアカネと2人っきりで、水族館にアカネが言うには、デートと言う物をしに来ているそうだ。
お前の中では、脅迫して、無理やり人を連れ回す事を、デートと呼ぶんだな。
『あっ部長~イルカのショー始まりそうだよ、早く行こ』
こら、手を繋ごうとするな! しかも何で指を絡ませる【恋人繋ぎ】をしようとするんだ。
俺は、最前列の席に座り、イルカが飛んだり跳ねたりしている姿を楽しそうに見ている、アカネの事を見ながら、昨日の事を思い出す……
「もしもし、アカネか? もう店に出てるのか? そっか、いや……ちょっと用事があってな……それじゃ店終わったら電話くれ」
そう言って、アカネに、新しくオープンさせる予定のキャバクラの事を言う為に、アカネにアポを取った。
そして、その日のアカネの勤務終わりに、待ち合わせをした、ファミレスで。
『部長~久し振り~、あっ新しくオープンするお店の事でしょ?』
待て、何でコイツ、その事知ってるんだ?
俺が何でアカネが知ってるのかを、問い質すと実にアッサリと教えてくれた。
『ん~3日ぐらい前かな? 本部長がお店にお客さんとして、遊びに来た時に教えて貰ったから、本部長がアカネはもう部長に口説かれた後か? って聞くから、何の事か知らないけど、口説かれたよ~って答えたら、詳しく教えてくれたの』
俺は、アカネが店の事を知っていた理由を聞いて、直ぐに携帯を取り出して、本部長の携帯に電話掛け、寝ていた本部長を叩き起こし、30分ほど、説教をしてやった。
そして、アカネに、その店で働いてみないか? そう聞いてみた。
『ん~そうだなぁ……部長は、私にそのお店で働いて欲しい?』
「働いて欲しいから、スカウトに来てるんだが?」
『そっかそっか~そんなに、私に働いて欲しいのか~』
何か嫌な予感が既に、この時していた。
『働いてあげてもいいよ~、ただし1つ条件あるけど』
「何だ? 条件って、俺が聞ける範囲だと思うなら言ってみろ」
『明日、私と水族館にデートしに行ってくれたら、お店の事もOKしてあげる~』
可愛らしく言ってるが……お前それは、脅迫と言ってだな……
「はぁ? 何で俺がお前とデートなんかしなきゃいけないんだよ! 嫌だよ、何だよその条件、お前の事だから、チ○ルチョコでも買えって言うかと思ったら」
『デートしてくれないなら、お店で働かな~い』
コ……コイツ……殴りたい……
悲しいかな、俺はお願いをしている立場。そして、アカネを店に引き抜けないデメリットの大きさも、しっかりと自覚している。
そこで、お前とデートは行きたくても、行けないんだぞ。と言う事を理由に断ろうと考えた。
「あのな、アカネ、俺には彼女が居るの知ってるだろ? 彼女居るのにアカネとデートなんて行けないだろ?」
『聞いてみて! 部長の彼女のユキさんに聞いてみて』
え? お前以外の女の子とデートしていい? って聞けって? アカネよ……お前がアホなのは知ってたが、そこまでアホが進んでしまったか。
『ほら、早く電話して聞いてみてよ~』
「ダメってユキが言ったら、デートしないからな?」
いいよ。って言う訳が無いだろうが。
「もしもし、ユキ? あのさ……もしもさ……俺が突然、他の女の子とデートし……」
『あっアカネちゃん? いいよ~アカネちゃんの事楽しませて来てあげてね』
ユキに、そう言われてしまった。
そして、俺の目の前に居る、アカネがユキの答えを知っていたかのように、ニヤニヤしているのを見て、俺は悟った。
【仕組まれている】
と言う事に、きっとアカネがルイに連絡して、ルイ経由でユキにも、話が既に通っているのだろう。
ユキも、何を考えてるのか知らんが、まぁユキがOKを出してる以上は、行った方が、結果良くなるのだろう。そう思い、アカネとデートする事になった。
イルカのジャンプで飛んできた、水しぶきを、避けるアカネと一緒に居る理由は以上だ。
イルカのショーが終わった。アカネが、この後は、水族館に併設されている、レストランでご飯を食べようと言ってきたので、レストランに向かう。
レストランでは、水族館の名物になっているのか、巨大パフェを美味しそうに食べているアカネを眺めて過ごす。
そして、不可解な内に始まったアカネとのデートの帰りの車の中で。
『あ~楽しかった、デートしてくれてありがとうね【太郎さん】』
うん? いつもは部長って呼んでるのに、どうした? パフェ食い過ぎて、腹でも壊したか?
『ねぇねぇ、部長、私と部長ってさ、何かが違ってたら、こんなデートを恋人同士って関係で、何回もしてたりしたのかな?』
アカネの顔を、チラリと見てみると、少し悲しそうな顔をしていた。俺は、今回のデートの意図を。何故ユキが許可を出したのかを。やっと理解した。
「そうだなぁ……そうかもな」
その後、アカネが住んでいるマンション前に送り届けるまで、ずっとアカネも俺も、何も喋らなかった。
車から降りる際にアカネが。
『部長、新しいお店でもよろしくね』
そう確かに言っていた……




