悲報
『木村部長、実はな、部長がマネージャーをしていた、あのキャバクラなんだが、閉める事になりそうなんだ』
え? 今、社長は何て言った? 閉める? 店を畳むって言う意味でか?
俺は、社長の言った言葉を、瞬時に理解出来なかった。
何故、どうして。呆然自失になって、呆けて社長の前に、何も言わずに、突っ立っているだけの俺に、社長は、話の続きを語りだした。
『あの店が入ってるビルな、あれ、行政の定める、耐震の規定を満たして無いって指導が入ったららしい、それで、耐震補強工事をしなくちゃいけなくなったらしいんだが……ビルのオーナーが、この際ビル自体も古いからって、耐震補強工事をしないで、ビルを解体する事にしたらしい』
そうか……てっきり会社の都合か何かかと思っていたが、そう言う理由からか……所詮は、店子。オーナーが解体すると決めて、それなりの手続きをするのなら、店子は、オーナーの意向に従うしか無いよな……
俺は、店を無くす理由を聞いて、どうにか出来るような理由でも無いと言う事を理解して、社長に一言だけ告げた。
「そうですか……残念ですね」
社長が俺に話した話は、専務や本部長にも届いていて、それぞれが、あの店に思い入れがあったのだろう。どこか悲しげな顔を浮かべていた。
『部長が、遊びに行った時に発覚した、あのトラブルの影響も、結構あってな、テコ入れしてたんだが、1度付いた悪いイメージを払拭するのも、中々、難しく、どこか他のビルに店を移転、なんて事もしないつもりだ』
そっか……俺は部署が違うから、話ぐらいしか聞いて無かったが、かなり、あの問題の後始末にも、力を入れていたみたいだが、結局、マイナスイメージの挽回をするまでも無く、無くなってしまうのか。
「それで……社長、お店で働く、キャバ嬢や男性スタッフ達は、どうするんですか?」
店が無くなるなら、当然、何らかの処置が必要になる事に関して、社長の意向を聞いてみた。
『キャバ嬢達は、出来るだけ、他の系列の店に移って貰うように、話をする、男性スタッフは、店が無くなる事を告げた後は、各自の判断に任せる事にするしか無いよな……男性スタッフも全員、違う店に移らせてやりたいが……』
社長も、仕方ないと思いつつも、男性スタッフ達に対する対応に、不満はある訳か……しかし、本当に社長の言う通り、仕方ない。
キャバ嬢達は、キャバ嬢と名乗れるだけのスキルを、既に身に付けている。系列では無い他のお店に流れてしまっては、明かな損害になる。しかし、男性スタッフ達は、先ず受け入れ先が無い。
他の店には、既に、その店が雇った男性スタッフ達が居るのだ。
そこに、男性スタッフを移しても、人員過多になってしまうだけだ。キャバ嬢は、100人居ても200人居ても、店は困るどころか、逆に嬉しいが、男性スタッフはそうでは無い。
個々の判断に任せるしか無い。と言う社長の言い分は、正しい。
『店が無くなるのは、俺も悲しいがな、部長……これは逆にチャンスでもあると思わないか?』
社長が、そう言った。チャンス……チャンスか……そうだな! 店が無くなると言う事実だけで見ると、悲しい事だが、チャンスでもあるよな、確かに。
『あの店には、部長がマネージャーだった頃にも在籍していた、キャバ嬢がまだ何人も残ってるだろ? そして、まだ発表をしている訳でも無いが、現在、部長の手により、この繁華街に、1番、巨大な箱を持つキャバクラを、うちの会社は、作ってる、手掛けているのは、部長だ、部長はあの店のキャバ嬢達に、かなり好かれてたんだろ? 部長が声を掛けたら、みんな店に来てくれるんじゃないか? ゼロから戦力になるキャバ嬢を育てるより、即戦力になるキャバ嬢が何人も来てくれる、チャンスだよな?』
「チャンスです」
俺は、社長の言葉を肯定する意味を込めて、ハッキリとチャンスであると言う事を告げた。
あの店には、No.1のアカネも、No.2のエリカも、他にも上位ランクに名前を連ねる、キャバ嬢も、ランクは上位では無いが、それなりの経験を積んだキャバ嬢達も、まだまだ在籍したままだ。
そして、彼女達の多くは、お陰さまで、俺の事に好意を持ってくれている。声を掛けたら、必ず、それなりの人数が、店で働いてくれるだろう。その中には、アカネやエリカも含まれいるかも知れない。
俺は、俺が今、手掛けている店を、必ずこの街No.1のキャバクラにすると決めたんだ。このチャンスは、必ず、俺の手に掴まなければ。
この後に、社長。専務。本部長。俺の4人は、俺の店のオープン時期と、あの店の閉店時期に、ズレがある事から、キャバ嬢達は、出来るだけ、系列のキャバクラに移って貰えるように、便宜を図る事。そして、俺が、あの店に在籍していたキャバ嬢達を優先的に、引き抜きが出来る事。それでも、キャバ嬢達の意志を尊重する事。等々、細かい取り決めを決めた。




