下見。
さて、丸投げされる事も決まった事だし、先ずは、こちらの仕事に集中出来るように、調節をする事から始めるか。
「もしもし、藤田、今どこにいる? あ~そっか、そっち行っちゃってるのか、あ~ちょっと、新しい仕事を、始める事になったから、デリヘルの方、よろしくな、あんまりデリヘルに関われなくなると思うから、うん、うん、それじゃ、何かあったら電話してこいよ」
まぁ、デリヘルの方は、藤田に任せておけば安心だろう。
今だって既に、ほとんどの仕事を、藤田に任せてるしな。
『太郎ちゃん、新しい仕事貰えて嬉しそうだね』
ユキが、俺の顔を覗き込みながら、そう笑顔で言ってきた。
そうだな、俺は新しい仕事が出来る事を、楽しみにしてるし、この繁華街1と言われるぐらいのキャバクラにしてやる。そう意気込んでいる。
「そんなに、楽しそうな顔してたか? まぁ楽しみなのは、本当だけどな」
そう言って俺は、補佐と言うか秘書と言うか、まぁユキを連れて、早速動き始める。
ユキを車の助手席に乗せて、先ずは現地を見てみなくちゃな。
『太郎ちゃん、どこ行くの?』
「先ずは、現地を見ないとな、社長の方から、向こうの社長に連絡して貰ってあるから、行けば、店の中を見せてくれる事になってるからな」
そう言って、車を現地へと向けて走らせた。
本社から車で10分ほど、繁華街の外れ。広い道路の向こう側は、街の雰囲気も景色も一変して、普通のどこにでもあるような、都会の街並みが広がる。
そんな街と繁華街を分けるかよように、そのビルは建っている。
俺は、車をそのビルの付近に停めて、ユキと2人で歩いて、ビルの下まで行った。
ビル自体は、相当な年期が入ってるビルで、壁も色褪せてしまっていた。
社長達が言うには、このビルの上の何階かに、本社の事務所も移す計画になっていると言っていた。
その関係で、耐震工事と外装の工事を行う予定らしい。
そのビルは、四角四面の、よくあるようなビルでは無く、きっと建てた当初は、非常に前衛的なビルに類されていたのだろう、四つ角が直角では無く、2~3mほどの面になっていた。
真上から見たら、8角形に見えるだろう。
ビルの左右も、敷地ギリギリまで建物が来ていて、隣のビルとのすき間が猫ぐらいしか通れない。なんて事も無かった。
きっと、建てた当時に、建てる予定だったビルの大きさよりも、広く土地を確保したのであろう。ビルと隣のビルとの間も、人が1人楽に通れるぐらいの、小道になっていた。
俺は、すぐにビルの1階にある、店には入らずに、その小路を通り、ビルの裏側へと向かった。
ユキは、黙って付いて来ている。それなりに、長い時間一緒に過ごして来ただけに、何も言わずに付いて来てくれる。
今、俺は頭の中で、出来上がる新しいビルと、新しい店のイメージが、出来ていて、そのイメージに、合っているか? 何が足らないか? 何をイメージに加えるべきか? それらを、描いている最中だ。
そんな時に、声を掛けられる事を非常に嫌う事を知っているユキの黙って付いて来てくれている、その気遣いが今は、嬉しかった。
小道を抜けると、そこは、右に向かうと駅へと続く、駅前通りに繋がっていた。
「あ~……と言う事は、こう、向こうから来て……手前であっちの道に入るか、ここ通るかなのか……」
俺は駅前通りの、ビル裏手側の壁を凝視しながら、更にイメージを膨らませ、考えを、まとめて行く。
「こっち側のこの辺に、出口用のドア作って……あっでも……間違えてこっちから入って来るかも……う~ん……何かの店の入り口のようには見えないシンプルな造りにして……」
そう、1人で、ブツブツと言いながら、グルリとビルを、一回りした。
「ユキ」
『うん? 太郎ちゃん』
「これ、このビルの裏側に、穴開けてドア付けたらどうだ? 入り口と出口を別にするんだよ、それで、出口を裏側にしたら、出たら駅前通りだろ? すぐに真っ直ぐ駅に向かえるって訳だ」
『う~ん……それなら、入り口も裏側にした方が、お客さん便利じゃない?』
「それは、考えた、でも裏側、ユキも今見たろ? 裏側は、駅に続く道って事で、どちらかと言うと、ネオンが少ない、表のこっち側に比べて道が暗いんだよ、そんな暗い道に、1軒だけ、ネオン点してたら、逆に怪しくて、お客さん来ないと思うんだ、だからお客さんには、ネオン街らしい、こっち側まで入る時は回って貰う、丁度良い事に、ビルの左右に人が通れるだけの小道もあるしな」
『そっか~ちゃんと、そう言う事も考えなきゃダメなんだね~デリヘルなら、事務所に使うマンションなんて、どこにあってもいいけど、あっ! でもさ、太郎ちゃん、裏側からドア開けて、お客さん入ってきちゃわない?』
「それも、考えた、裏側の出口用のドアは、基本施錠しておく、それで、お客さんが帰るって時に、男性スタッフが先回りして、ドアのカギを開け、ドアも開けて、ドア付近に1人配置する」
『ずっと、ドアのところに1人スタッフ置いておくの?』
あ~そうか、ユキは、元は風俗嬢だし、俺の手伝いを今はしてるとは言え、デリヘルの開店しか手伝って無いから、キャバクラの事は分からんか。まぁ仕方ないよな、この仕事を、手伝ってくれる間に、ユキの事だから、色々と覚えるだろう。
それまでは、俺がフォローしてやればいいし。誰かに説明する。って事は、俺の考えの再確認にもなるしな。
「キャバクラの男性スタッフは、基本全員が、インカム……まぁ小さなトランシーバーだな、それを付けてる、そして、お客さんが帰る時は、帰りますよ~ってインカムで、全員に報せるんだよ、それで、予め、曜日ごとでもいいし、まぁドア係ってのを、2~3人決めて置いて、インカムに合わせてドアに行く、どうだ? これなら、お客さん待たせる事も、ずっとドアに居る事も、どっちも解決だろ?」
ビルの正面で、そんなやり取りを、ユキと2人でしていた時に、ふいに声を掛けられた。声を掛けてきた人は、如何にも【ダンディズム】と言う物を絵に描いたような、初老のシルバーグレーの髪の毛を、オールバックに決めた、紳士風の男性だった。
『ひょっとして、山田社長の会社の方ですか?』
そう声を掛けられた俺は、自然と姿勢を正して、恭しく、初老の紳士に向かい一礼すると。
「はい、△△会社の木村と申します、お店の前で、騒がしくしてしまい申し訳ありませんでした」
『今日、この店を新しく生まれ変わらせてくれる人が来るって、山田社長から聞いててね、ひょっとしてと思い、声を掛けさせて貰ったんだよ』
「そうだったんですか、申し訳ありません、先に、ご挨拶に伺うべき所を、素敵な、私のイメージにピッタリの建物だった物で、つい、我を忘れて、はしゃいでしまいまして……あっ、こちらの女性は、私の部下になります」
この男性には、何故か、最上級の接し方をしなくては、いけない。そんな思いが自然と湧き上がってきていた。
『店の中も見てみますか?』
「はい、是非とも見させて戴きたいです」
そんなやり取りの後に、男性。俺。ユキの順で、店の中に入っていった。
圧巻だった。予想していたよりも、青図で見た時よりも、圧倒的に広かった。
店内を見回した後で、男性に聞いてみる。
「少し、お店の中を、歩かせて貰っても、よろしいでしょうか?」
そう訪ねると、男性は笑顔で、好きなだけ見てくださいと、快く了承してくれた。
男性の許可を受けた後、俺はユキを後ろに従え、店内を、くまなく見ていく。
各テーブル。全盛期にはダンスなんかも踊ったのであろう、ステージ。厨房からトイレに至るまで、店の隅々まで、じっくりと見ていく。
そして一通り見た後は、入り口に戻り。目を瞑り、ゆっくりと30秒ほど、頭の中で数えた後、自分がお客さんとして、俺が頭に描くキャバクラに遊びに来たつもりになって、動線を実際に歩き確認していく。
その後、納得の出来た俺は、初老の男性に、挨拶をして、本社へと帰ろうとしていた。
『全盛期のこの店にも負けないぐらい、いや……勝てるぐらい素敵なお店を造って下さいね』
そう言われた……
「はい、この街に遊びに来る全ての人から、親愛を込めて【最後のキャバレー】と呼ばれていた、このお店の跡に出来るに相応しい、お店を、全力で造らさせて戴きます」
そう言って別れた。
車の中でユキが。
『太郎ちゃん……ずこい真面目に真摯に、あんな立派な言葉遣いで話せたんだね……』
と、どこか失礼な事を言うので、信号待ちの間に、黙ってユキの頭にチョップを喰らわせてやった。




