狙われた部長。
第5章の始まりです。
この日俺は、午前中から、本社の方に顔を出していた。
【line】グループ6店舗の売り上げ報告書と収支報告書等の書類関係を、提出する為に。
と言っても、普通の会社のように、きちんとした書類等が必要な訳でも無く、簡単に、日にどれだけのお客さんが利用したか。
お客さんが払ってくれたお金はいくらか。何人のデリヘル嬢が勤務したか。デリヘル嬢にいくら賃金を払ったか。経費は何にいくら使用したか。まぁ、そんな程度の物だ。
普通のサラリーマンが見たら、笑っちゃう程度の書類ぐらいしか書かない。書類書くのが仕事ではない。そう会社のTOPが思っており、そう言う事務系の仕事をする人は、ちゃんと別に雇われている。
俺は、本社のフロアの、ど真中に置いてある、応接用のソファーに座り、各店舗の月の収支の合計。全店舗の収支の集計を、報告書を見ながら、電卓を叩き。出てきた数字を、傍らに置いたメモ用紙に書いていく作業をしていた。
俺が本社に来ると言う事を、予め知っていた本部長は、俺が入ってくると同時に。
『部長~暑いから海いこ! 海!』
等と、いつもの訳の分からない事を、言い出して来た。
「行く訳ないでしょ? と言うか、真面目に忙しいから、邪魔しないで下さいね」
そう切り返して、本部長を黙らせ、書類仕事に没頭した。
最近では、もうすっかり、社長と本部長の相手は、俺の役割になりつつある。この事により、約1名が、非常に喜んでいた。
専務……こうなるように仕向けて無いか?
それから、小1時間ほどで、書類仕事が終わった俺は、この後の予定も入っていなかった事から、大人しくしていた、本部長の為に、一緒にゲームをして遊んであげる事にした。
「本部長~また、そのキャラですか? 好きですねぇ……しかも3Pカラーのブレザー制服ばっか」
『俺は、シャオ○ウちゃん一筋なの! 部長みたいにキャラをコロコロ変えないの!』
「本部長……それ、他のキャラの技を覚えきれないだけでしょ?」
『よ~し! 空中コンボ決まった! 今回は勝てる!』
本部長よ……甘い、甘すぎる……対戦成績2勝38敗5ノーコンテストなのを、忘れてませんか?
「うら! 喰らえ! 闇雲絞め!」
と言うか……何故、今時、鉄○3なんだろうか……
白熱した闘いを、本部長と繰り広げていた、その時に、出掛けていた社長と専務が、本社の中に入ってきた。
『あ~良かった、木村部長、まだ居てくれて』
「あっ社長、専務、おはようございます、私に何か?」
『うん、実はね……』
社長と専務が、俺に話してくれて内容は。
俺達が住んでいる市には【最後のキャバレー】と呼ばれている、老舗のキャバレーが、1軒繁華街の外れにある。
その店は、5階建の自社ビルを有しており、そのビルの1階全てを、ぶち抜きで、巨大な箱として使い、キャバレーを営業していた。
2階に事務所を設け、3階より上を、男性スタッフや、キャバレーで働くホステスさんの寮として使っているそうだ。
そして、その最後のキャバレーが、閉店すると言う事で、自社ビル事、買ってくれないか? と言う話が、向こうの社長と、仲の良かった、うちの社長へと話が来たと言う事だ。
そこで、社長は何時ものごとく、即決で買おうとしたのだが、専務に止められて、1度検討をしてみてから、返事を改めてする。としたそうだ。
まぁ……どう考えても、専務の方が正しいわな……
しかし、いくらなのか知らないが……5階建のビル丸ごとだろ? 絶対に【億】は越えるだろ……それを、即決で買おうとする、社長、怖すぎる。
『それでよ、買ったら1階は、せっかく箱が出来てるんだから、キャバクラをやる事は、決定したんだが、木村部長、これどう思う?』
そう言って、見せられたのは、そのキャバレー跡に新しくオープンさせるつもりの、キャバクラのコンセプトが、書かれている書類だった。
俺は、受け取った書類を、隅から隅まで読み、暫く熟考した後に、意見を述べた。
「先に言っておきますが、あくまでも俺の感じた事ですからね?」
そう前置きをしてから、話し出した。
「先ずは、この【純和風キャバクラ】ってやつですが、アイデアは良いと思います、よくよく考えると、こんなコンセプトの店は、他には無いですからね、この繁華街の中に」
俺が、そう誉めると、このアイデアを出したのであろう、シャオユ○遣いが、ニマニマしていた。
「ですけど、多分、最初はウケますが、すぐ飽きられるでしょうね」
『え~! 何でよ? 他に無いんだから、お客さんガッポガッポ入ってきそうじゃんか!』
そう言う本部長を尻目に、俺は、意見の先を続けた。
「これ、純和風キャバクラなんですから、キャバ嬢の着る服は当然【着物】にするつもりですよね?」
本部長が、うんうんと首を縦に振っている。
「着物を着てる女性って、そこまで魅力的に見えますかね? 確かに最初は、キャバ嬢はドレスを着てる物って言う常識に、縛られてるお客さんは、珍しさから、ウケると思いますけど、すぐ飽きると思いますよ、着物って、ドレスと違い、体を覆う布の面積も大きいし、胸の大きさなんかも、よく解らなくなりません?」
『そうだねぇ……確かに部長の言う通り、キャバ嬢の胸元やドレスから伸びる足なんかを見るのが好きな、お客さん達のウケは良くなさそうだね』
そう言って、専務も、着物の持つデメリットを話し出した。
「後、日本の男性が、着物を着ている女性を魅力的に感じるのって【浴衣】を着ている女性に対してだけですよ? 普段は髪の毛に隠れている、うなじが見えて、浴衣を着る季節、つまり夏の気温のせいで、うっすらと汗ばんでるうなじ、これを見て、魅力的って感じると思うんですよ、この店、冬でもキャバ嬢に【浴衣】着せるんです? 季節感まるで無くなりません?」
この後も、思った事、感じた事を、全て言い終わると、本部長は、泣き真似をしながら。
『木村部長のバ~カ! だいっ嫌いだぁ~!』
と言いながら、走って本社から出て、どこかに言ってしまった。
残った3人は、本部長など初めから居なかった物と、何事も無く、話を続けた。
『なるほどな~確かに、着物って、そんなに魅力的じゃねぇな……それじゃ木村部長なら、どんなコンセプトにする?』
社長に問われ、少しだけ悩んだ後に。
「そうですね、繁華街No.1の箱って言う、他の店には、真似したくても出来ない、絶対的な有利な条件もあるし、ここは、奇をてわらず、シンプルにする方が、却っていいと思いますね」
そこまで言い終えてから、また少しだけ、俺は考えた。真剣な顔で、唸りながら考え事をしている俺を見て、社長も専務も、口を挟まず、俺の考えが、まとまるのを待つ。
「オリエンタル風……違うな……南国リゾート風……却下……あっそうだ! エーゲ海風の店なんてどうです?」
『『エーゲ海風?』』
「そうです、そうです、エーゲ海、真っ白な建物に、目が覚めるような鮮やかなスカイブルーの屋根」
『エーゲ海風かぁ……なんか良いかも知れないな……社長、1度、木村部長の案で、デザイン会社に、店の内装デザインを出して貰ってみません?』
専務のその言葉に、社長も、よさそうだよね、1度頼んでみるか。
そう言っていた。
『やっぱ、木村部長に聞いて正解でしたね、社長』
『ほらな! 俺が言った通り、木村部長に聞いたら間違いない! って言った通りだろ?』
『社長、何、調子の良い事を、本部長の純和風キャバクラの事を聞いて、めっちゃ乗り気だったくせに』
その後も、細々とした話をして、俺の本来の仕事である、デリヘル業務の事も、話し合い、俺は、本社を出て行った。
ドアを開けて、廊下へと出る俺の背後に立つ2人の男の、何かを企んでるニヤニヤ笑いの顔に気付く事も無く。
「本部長、何してるんです? こんなとこで」
エレベーターホールの隅っこで、壁に向かい、体育座りをしている本部長に俺は【お疲れ様でした】と声を掛けて、エレベーターに乗った。




