発覚……そして昇進
店長と言う、フォローの居ない業務にも、やっと慣れてきた。
風俗店で働くという事にも慣れ、風俗店という物の在り方も少しずつではあるが、俺の中で芽生えて来ていた。
それと同時に、今までの仕事では得られる事の無かった、仕事をする楽しさや達成感なんかも味わえる事が出来た。
この仕事は、本当に俺がこの先の人生ずっと働いていられる天職となるのかも知れない。
それは、俺に与えられた、休日を普通に過ごした次の日に起きた。シフトで今週は、昼の営業時間の勤務となっていた。
いつものように、開店の1時間ぐらい前に、お店に着くように、自宅を出て、社用車に乗り、店に向かう。
店に着くと、既に、店で雇う社員の人が、店の開店準備に取り掛かっていた。
「おはようございま~す」
風俗業界特有の何時でも挨拶は【おはようございます】の挨拶をしながら店に入る。
『マネージャーおはようございます、今日は日曜日だから、昼も忙しくなりそうですね』
そんな他愛も無い会話も、自然と出来るようになっていってる自分が、少しだけ誇らしかった。
責任者が店を開ける。まぁ普通のお店ならそうなんだろう。
ただ、風俗店、特にヘルスなんかの場合だと、店が独自で雇う社員の人が、店のプレイルームを寮代わりに使って、閉店後にそのまま、ベッドで寝てたりなんて事は、よくあるらしい。
確かに、事務室に行けば、テレビも置いてあり、部屋に行けば、眠る為のベッドも、体を洗う為のシャワーも付いてる。
普通に暮らせるだけの設備はある訳だ。
最初に、店に泊まってると言う話を聞いた時は、驚いたが、売り上げ等は、店長かマネージャーの俺が必ず全部、つり銭すら含めて、毎日、持って帰り銀行に預ける。店が閉店したら現金なんて店に無い。却って防犯要員として、役に立つだろう。
店長からの説明で、すごく納得したのは、まだ記憶に新しい。
事務室の店長と俺だけが座る事を許されている、事務机の椅子に座り、持参したカバンから、今日のつり銭を取り出して、そのまま、カウンターにある、手提げ金庫の中に、つり銭を入れる。
その後はまた机に戻り、引き出しから伝票の束を取り出し、今日の日付に合わせたスタンプと、通しNo.を伝票にペタンペタンと押していく。
そんな幹部だけに与えられた仕事をこなした後は、幹部の仕事の中で、もっとも重要な仕事に移る。店長は業界歴が長いせいで、逆に、今からやる仕事が苦手だと言っていた。
その仕事とは、今日、昼の営業に出勤予定の、風俗嬢全てに、電話を掛けて。
「今日、○時から出勤予定になってるからね」
と、確認と言う名の【忘れずにちゃんとお店に来てね】というお願いをする事だ。
俺なんかは、割りと、この確認作業が、店長が言うほど大変だとは感じないのだが、それは、未経験の新人マネージャーと言う、俺の立場が、風俗嬢から見ても、初々しくて可愛いと思えるからだ。そう店長は言っていた。業界歴が長くなればなるほど、風俗嬢から見られる目も、厳しくなり、不平不満やワガママや、愚痴なんかも平気で言ってくるようになるそうだ。
俺の働く会社が経営している、風俗店で、ファションヘルスのように、風俗嬢が自分の体を使い働く業務のお店の全てで【罰金】制度を設けていない。
それには、ちゃんと理由があり、うちの会社は、県内でも有数の有名店ばかりを経営し、風俗嬢の求人やお店の広告にも、力を入れているおかげで、働いてくれる風俗嬢の数自体も多い為に、罰金と言う制度で、風俗嬢をお店に縛り付ける必要が無いからだ。
今日の昼の営業も、少し忙しく、風俗嬢とお客さんの数のバランスが悪く、お客さんを少し待たせてしまう事もあったが、概ね、何事も無く過ぎて行った。
「店長遅いなぁ……」
いつもなら、店に来ている交代の時間になっても、今日は店長が来ない。病気等で休んだ事は、あったが、必ず店と本社の方に連絡が来ていた。
誰か何か聞いてるかな? そう思いインカムで男性スタッフに聞いてみた。
「業務連絡、マネージャーより発信、店長まだ来てないけど、誰か何か聞いてる?」
お客さんの近くにいるスタッフは簡潔に。
『NO』
お客さんの近くに居ないスタッフからは。
『何も聞いてないです』
『店長来てないんです?』
等の返事が返ってきた。
急病で、電話も出来ないのかな? 少し心配になった俺は、店長の携帯に電話を掛ける。
【お掛けになった番号は電波の届かない場所におられるか……】
繋がらない。もう1度、もう1度、やっぱり繋がらない。
俺は、店長への電話から、本社勤務の、本部長(中村さん)に電話を掛けた。
「あっお疲れ様です、○○店のマネージャー木村です」
『お~木村くんか~頑張ってるらしいね、店長が褒めてたよ』
「そうなんですか? ありがとうございます、それでその店長なんですが、店に来る時間なのに、来ないんです、何か本部長の方に連絡入ってませんか?」
『え? 店長来てないの? 何でだろ? 取り敢えず俺の方からも連絡取ってみるよ、悪いけど木村くん、もう少し残業しててくれない?』
「あっはい、分かりました、何か分かったら連絡お願いします」
そう言って、本社に確認と起きてる事態の報告を終わらせた。
その後、1時間が経ち2時間が経っても、店長は店にも来ないし連絡も無い、そして本社からも何も連絡が無かった。
その頃になると、他の男性スタッフはもちろんの事、風俗嬢のお姉さん達にも話は広まり、みんなが店長どうしたんだろう? そう心配していた。
俺は、まだ起きてる事の大きさを、まったく知らされ無かったので。店長みんなから愛されてるなぁ。なんてノンキな事を考えていた。
その後も、店長からは、何の音沙汰も無く、本気で店に来る途中で事故なんかに巻き込まれたりしたんじゃないかと、心配していると、俺の携帯に、本部長から電話が入った。
「はい、もしもし、お疲れ様です、本部長、何か分かりましたか?」
開口一番、挨拶もそこそこに、本部長に聞いてみると、本部長からは。
『木村くん、悪いけど今日は、そのまま閉店まで頼めるかな? もちろん業務時間外だから、残業扱いで給与の計算するから』
「はい、お店に残るのも大丈夫です! 後、給料はどうでもいいですが、店長どうなりました? 事故とか巻き込まれたりしてないですよね?」
『今どこに居るのかは、分からないけど、どうして店に来てないのかと、店に来ない理由は、判明したよ、今日の閉店後に、本社まで来てくれる? そこで話すから』
そう一言だけ本部長は告げると、電話を切った。
俺は、訳が分からなかった。どこに居るのか分からないのに、来ない理由は分かるって何だろ?
そして、店長の身を心配しながら、少しだけ上の空で閉店まで店に詰めていた。
店を閉店させた後に、逸る気持ちを何とか押さえ付け、本社まで車を走らせた。
本社のあるフロアに到着して、本社入り口ドアを開けると、中には中央の応接セットのソファーに。
本部長の中村さん。専務の川原さん。社長の山田さん。の3人が集まり座っていた。
俺は、TOP3が一同に介するような事が起きてると言う事に、驚きながらも。
「おはようございます、お疲れ様です、○○店のマネージャー木村です」
なんとか、それだけの挨拶だけは出来た。
その後、本部長の中村さんに手招きで呼ばれ、本部長の隣の席に座った。向かいに座っている専務の目が、ものすごく厳しく、恐怖すら感じた。内心何もしてないのに、心臓がバクバクしてた。
『木村くん、お仕事お疲れ様、悪いね急に閉店まで残って貰って』
社長が俺を労ってくれたが、目が怖い……素直に喜べるような雰囲気じゃない。
『木村くん、これ木村くんが、マネージャーとして、あの店舗に来てから全ての、伝票、ちょっとこれ見てみて』
専務からそう言って、テーブルの上に置かれていた、伝票の山を手に取り、確認をしていった。
あっこれ、俺が働いてた時間の伝票だ。あ~スタンプ曲がってるよ……等と思いながら伝票の確認を続けると、違和感を覚えた。
あれ? これもだ……この日もだ。何でだろ?
俺は、下を向いていた顔を上げ、3人の顔を見回すと、本部長が。
『さすがと言うべきか、気付いたよね? 何枚か、伝票が抜けてる事に』
「はい、これ、この伝票と伝票の間に2枚の伝票が無いとおかしいです、後、これも、これも、これも」
『これ、店長が故意に抜いたんだよ』
はあ? 何でそんな事を?
『木村くんなら、その内気付いちゃうと思うから、もう今から教えるけど、お客さんが来ると伝票を1枚取って、入店した時間とコースと料金を書くよね? そして、その伝票を元に、風俗嬢に取り分を支払う』
そう言って、言葉を切ったので、俺は大きく。
「はい! そうです」
そう答えた。
『これさ、例えば、風俗嬢に取り分を渡した後に、伝票を本社に持ってこずに、自分で持っていて、何処かに捨てたとするよね? その捨てた伝票の分のお店の取り分は、どこに行くと思う?』
「て…店長の懐の中、ですか?」
『そう、店長のお財布の中、風俗嬢は自分の取り分は貰ってるんだから、絶対に文句は言ってこない、誰もその場では分からないんだよ』
『店長は、店のお金を自分の物にしてたんだ……木村くんが来てからの短期間で、これだけの数があると言う事は、きっと木村くんが来る前からも、やってただろうね』
店長が……横領? あの店長が? 優しくて憎めなくて、風俗嬢からも信頼されてて、店の事を誰よりも考えてた店長が……横領?
「店長が……横領してた……」
『そうだね、そう言う事だ、そしてあの店は、まぁタイミングが店長に取っては良かったのか、木村くんが来るまでマネージャーと言う本社の社員の居ない状態が続いてた、きっと君が、店長の目から見ても、聡明でこの仕事に向いてる事に気付いて、バレてしまう、そう思ったんだろうね、そして、今日、逃げる事を決め実行した』
店長が店に来ない理由に、俺は衝撃を受けた。
一緒になって、もっとお店を良くしていこう、売り上げを上げよう、俺が1人で、店長にも言わずに思ってた事だったが、裏切られた気分だった……
その後の話し合いで、店長の事は、もう俺の手からは離れてしまったが。
明日から、代わりを探し、店に送るまでの少しの間、本部長と専務が交代で、消えた店長の代わりをすると言う事に決まった。
そして決まった事がもう一つ……
『木村くん、明日から店長ね』
社長にそう言われた……
『あっでも、まだキャバクラの方にも行ってないから、臨時の店長って感じね、キャバクラの方に行く時はまた、マネージャーとして行く事になるから、それと、給料は今月の分から、店長が貰う給料に変わるから、これはマネージャーとしてキャバクラに行っても変わらないから、周りに言っちゃ駄目だよ』
そうして、3人は、今後の詳細を話す為に、俺を帰らせた。
店長の逃亡。逃亡理由の横領。これだけでも、大変な事なのに、俺が店長? まだこの業界に入って半年も経ってないのに?
帰り道、ずっと考えていた事は。
どうしよ?
だけであった。