初仕事
コンコン……
「大変お待たせいたしました、sweet lineの者です」
『大変お待たせいたしました、sweet lineの者です』
「女の子を、お連れ致しました」
『女の子を、お連れ致しました』
「ここで、お客さんが、女の子の指名を入れてるお客さんだった場合は【サツキさんを、お連れ致しました】って名前に変わるからな、後、デリヘル嬢の敬称は必ず【さん】にしろよ」
今、俺は事務所の廊下とリビングを隔てる1枚のドアを、実際のホテルや、お客さんの自宅の玄関のドアに見立てて、近藤を相手に、デリヘル嬢を、連れていった時の対応の仕方を教えている真っ最中だ。
近藤はアルバイトから、幹部候補生へと変わり、2号店がオープンしたら、マネージャーとして、仕事をしなければならない。
今までのように、事務所にずっと居て、電話番だけしていれば良いと言う訳にもいかない。その為に必要な事を覚えて貰っている。
『部長、質問』
近藤は、覚えると言う事、知らない事を知ると言う事に、意外にも貪欲だ。こう言う奴は、最初の教え方次第で、後から良い方向に化けてくれる。
まぁ……悪い方向に行くと【教えて君】になって、聞けばいいや。って考える奴になってしまうが。
「何?」
『お客さんが、フリーのお客さんで、女の子が好みじゃ無く、チェンジを言ってきたらどうするんですか?』
「チェンジか、チェンジの時は……」
「【チェンジですね、かしこまりました、只今からですと、新しい女の子を連れてくるのに、1時間ほどの、お時間を戴くと共に、交通費が、2,000円から4,000円に変わってしまいますが、チェンジでよろしかったでしょうか?】 そう聞いて、良いかどうか確認するように、この時、実際に来るまでに掛かった時間の倍、交通費も倍で、正直に話すようにな」
ここで、誤魔化したり、適当な事を言うのは、よろしくない。
まぁメチャクチャ時間もお金も掛かってしまいますよ。と言いたくなるのが、店側の心理なんだが、正直に話しても、誰も損はしないからだ。デリヘル嬢は、お客さんに付く事が出来ず、コース料金のバックが発生しなくなり、損するように思われ勝ちだが、ちゃんと、うちの店では、チェンジ保証を付けている。
大した金額では無いが、これは他の店では、ほとんどやっておらず、俺が独自に始めた。
【チェンジになってゴメンな、わざわざココまで来たのに、少ないけど、これ貰っておいてくれよ】
と言う意味を込めて、お店からデリヘル嬢への、ちょっとした心配り的な物だ。
こう言う、ちょっとした事で、デリヘル嬢は、この店は、私達、風俗嬢に良くしてくれる店だと思って貰い、他の店等に所属先を、変えられる事を防ぐ為でもある。
「それでもチェンジって言われたら……」
「かしこまりました、それでは今より1度、戻り新しい女の子を連れて参ります、お時間とお手間を、お掛けしますが、もう暫くお待ち下さい、そう言って頭下げて、戻ってこい、で、戻る前に、事務所に居る奴に連絡して、新しい女の子を1人確保しといて貰え」
一生懸命にペンを走らせ、俺の言った事をメモしてる近藤。
俺は、メモを書き終わるまで待ってから、続きを言おうとすると……
『2回目も、チェンジだったら、どうしたら?』
「申し訳ありません、チェンジの方は、お客様、お一人に1度までとなっております、ここでチェンジだと、お店の規定により、キャンセルと言う形を取らせて戴き、キャンセル料が発生致しますが、よろしいでしょうか? そう聞いて、どうするか決めて貰え」
『キャンセル料って、10,000円ですよね?』
近藤の確認に、頷いて答えた。近藤は、またもメモを書く。
まぁ、ここまで来て、何もしていないのに、キャンセル料で、10,000円を払いたがる奴は、そうそう居ない。ほとんどの奴が、妥協してくれる。まぁ、最初に来た女の子の方が、良かった。なんて後悔はするかも知れんが、そんな事は店としては、知らない。
お客さんの、気に入るデリヘル嬢が現れるまで、いくらでも連れて来るなんて事、やってられないし、労力と料金が釣り合わない。
『部長、変な話ですが、キャンセル料払うのを、ゴネ出したら、どうします?』
「そんなの、もうお客さんでも何でもなく、店に対して、嫌がらせしてるだけの奴だろ、好きにしていい」
俺がそう言うと、近藤は、笑ってた。まぁ、藤田からも聞いてるが、それなりに腕っぷしに自信があるらしい。
「えっと……どこまでやったっけ? あ~連れて来た所までか」
そうして、その後も、近藤に、覚えて貰う事を教えていった。
「ちゃんと、覚えろよ、明日ちゃんと出来てるのかテストするからな」
今も1人で、ドアの前に立ち、教えた事を、反復練習している近藤にそう声を掛けた。学生の頃は部活で頑張っていたそうだから、根は頑張り屋で真面目なんだろう。
それから、30分ほど、1人で練習していた近藤が、納得出来たと言う感じの顔をして、リビングのソファーに座る。
その顔の感じなら、テストの方も、問題は無さそうだ。
そして、俺は、近藤をリビングに残して、事務所から、マンションの廊下へと出ると、エレベーターや階段の方には向かわずに、隣の部屋のインターフォンを押した。
あれから、すぐに、本社の方が事務所の隣の空き部屋を借りてくれたので、今は寮として使っている。
「俺~開けて」
そうインターフォンに話し掛け、ドアのカギを開けて貰い、部屋の中に入ると、ルイとモモカの2人が居た。
ルイとモモカの顔を見比べ、どっちでもいいけどなぁ……と思っていたが、少し指名の少ないモモカの方に決めた。
「モモカ、近藤に【講習】頼める? アイツも、マネージャーになったから、いつか女の子にも教える側にならなきゃだから」
そう言うと。
『講習は、大丈夫だけど、部長、サツキちゃんじゃ無くてもいいのかな?』
まぁそうだよな。普通は、付き合ってる彼女に教えて貰えって思うよな。
「あ~うん、逆にサツキじゃない方がいいんだ、近藤に、この仕事するなら、彼女が近くに居ても、仕事だと割り切るって事も、覚えて貰わないとな、と言う事で頼むわ」
『そっか、うん、いいよ~今から?』
「今から、隣行こうか」
そう言って、モモカを伴い隣に行く。ルイも付いて来たが、ルイ……今からそんな、ニヤニヤした顔してたら、近藤にバレるだろ。
どうせ、どんな反応をするのか見てみたい。なんて事なんだろ?
隣の事務所に、3人で入ると、近藤はリビングで、サツキと何やら話をしていた。
俺は、事務所に置いてある机の引き出しから、1枚白い封筒を取り出し、自分の財布から、17,000円を封筒に入れる。
「近藤~お前、今から、そこのホテルにモモカ連れて行ってこい」
近藤は、早速、モモカをお客さんの所に向かわせるのかと、勘違いしている。
『はい、初仕事ですね、頑張ってきます』
初仕事なのも、頑張って貰うのも、どっちも正解なんだが、違うんだよな、そもそも、お前、事務所に居て、お客さんから電話来たかどうかぐらい分かるだろ。
サツキは、今からモモカと近藤が、ホテルに行き、講習をする事を悟ったが、特に何かあるような様子は、見られなかった。
この分ならサツキは大丈夫だな。
「違う、モモカにお前が、未経験の子なんかに、教える時の為に、必要な事を教えて貰ってくるの」
『あっ……え? え? えっと……講習ってやつです?』
頷いて、そうだと、近藤に伝える。
「サツキ、問題無いよな?」
『全然まったく、私がデリヘル嬢なのに、近藤くんは嫌なんて、変だもん』
ちゃんと割り切れてるな。これなら、近藤次第で、これからも上手く付き合っていけるだろう。
「だ、そうだ、ほら、早く行ってこい、ホテル代あるか?」
首を何度も縦に振る近藤。
「それじゃ、モモカ、これ、オモチャとパンストの分も入ってるから、120分な」
そうして、白い封筒をモモカに渡し、2人を送り出した。
ルイがニヤニヤしていた。お前……ちょっと趣味悪いぞ。




