願い。打診。昇進。
お店の方は、しっかりと軌道に乗せる事が出来た事もあり、常連のお客さんも多少なりとも付いた。気が付けば開店したあの日から、もう半年近くの月日が流れていた。
開店から2ヶ月程は、赤字だったが、今では毎月、必ず黒字になっている。
一緒に働いてる仲間達にも、変化があった者、無かった者と居るが、トラブル等に合ったり、巻き込まれたりはしていない。俺を除いて……
藤田は、相変わらず、おバカなままだ。そして、あの野郎は、ミキと現在付き合っている。あんな口の臭い奴のどこがミキは良いと思ったのか、未だに謎のままだ。
近藤は、あれからも、事務所に入り浸っているおかげで、電話番に人手を取られる事も無く、お店としては、大いにありがたい存在だ。藤田も友達の近藤を見習えばいいのに。そして、最近では、何やら新しく、事務所待機で働いてくれてるデリヘル嬢のサツキと良い雰囲気なので。付き合いたいのなら、俺の方から本社に幹部候補生として、紹介してやると伝えたら、本人はヤル気はありそうだった。
ユキだが、今も変わらずデリヘル嬢として、俺を助けてくれているが、今では開店の頃のようにレギュラーメンバーとして、働く事も減り、本当に女の子が足りない時にだけ、デリヘル嬢として、お客さんの相手をするぐらいに留まり。事務所待機してる女の子達の相談役と言うか、仲を取り持ったり、後はまぁ俺の秘書のような事をしている事が多い。デリヘル嬢に比べたら、安いがちゃんと、お店の方から給料も出している。
ミキは、藤田のバカに言い寄られて、きっと断るに断れない弱味に漬け込まれて、泣く泣く付き合わされているのだろう。待ってろよミキ。いつか助けてやるから。
マリナは、持ち前の技術の高さと、雑誌に顔を出していると言う効果から、今では、うちのお店No.1の指名率を誇るデリヘル嬢になっている。No.1になった今でも、驕る事も無く、出会った頃のままの、素直な人の気持ちを、よく察してくれる子のままだ。
ルイは、最初の自信無さげな様子から一変して、慣れると共に、キャバ嬢時代の接客術を用いて、それなりに稼ぐデリヘル嬢へと育っていた。本人が言うには【キャバよりこっちの方が向いてる】だそうだ。後、ルイがデリヘル嬢として働く事になった、キッカケの収入面だが、こちらも本人曰く【キャバクラで働くのなんか2度と嫌】と言うぐらいには、稼げている。
そして、俺が開いたデリバリーヘルス【sweet line】には、新たに待機勤務で働くデリヘル嬢が2人増えている。
1人は、近藤と最近何やら良い雰囲気のサツキ。見た目がどう見ても中学生ぐらいにしか見えないがちゃんと成人しているモモカ。この2人が働き始めた事によって、ユキが四六時中事務所待機する。なんて必要も無くなった訳だ。
さて……肝心の俺だが、俺は現在。お店が事務所として使ってる部屋では無く、本社の方へと向かう車の中に居る。
今日は、本部長と専務にお願いがあって、本社に出向こうとしている訳だ。これは、お店の運営に大いに関わる問題なので、何が何でも、2人のうちどちらかを、説得させる必要がある。
本社の入るビルの駐車場に車を停めて、本社へと向かう。
本社に入る為のドアを開け中に入ると共に挨拶をした。
「おはようございます」
軽く頭を下げて挨拶をした後に、俺の目に飛び込んで来たのは……上半身に何も服を着ずに、短パンだけを履いて、汗を流しながら、何やら必死に体を動かしてる、3人の男達であった……
俺は、状況が掴めずに、茫然として、突っ立っていたのだが、俺に背中を向けている3人の男達の内の1人が、後ろを振り返り、俺に挨拶をしてきた。
『おっ……ハァハァ……木村店長……ハァハァ……おはよう』
「社長……何してるんですか?」
『うん? 最近運動不足なのと、お腹出てきたから、ダイエット?』
よくよく見ると、3人の男達の前には、テレビが置いてあり、その画面の中で、アフリカ系のムキムキの男が、似合わない爽やかそうな笑顔で、音楽に合わせて、運動しているのが映し出されていた。
「今時、ブートキャンプかよ……」
この3人……普通に働いてるの見た事が無いな。
俺が来た事により、3人の男達の、怪しげな儀式は終わりを告げる。その時、ボソリと専務が溢した言葉がとても印象的だった……
『やっと終われる……』
うん。間違いないな……社長と本部長の悪ノリに専務はなし崩しに捲き込まれたんだろう。
その後、汗を拭き、服を着替えた3人が並んで座るソファーの対面に置かれたソファーに、俺も座る。
『それで、木村店長、今日はどうしたの? 何やらお願いがあるとか言ってたけど、お金足らない?』
本部長……ちゃんと売り上げの報告上げてるから、最近はずっと黒字なの知ってるでしょ貴方。
「はい、実はですね、事務所に待機してくれてる、デリヘル嬢が2人増えて、その2人が出来たら寮に入りたいって希望出してまして」
『なるほどね、寮になる部屋の確保をして欲しいって事だ』
専務の言葉に、無言で頷いた。
『いいよ、女の子達が居てこそだもんね、全然問題ないよ、それで部屋とか目星は付けてあるの? まだなら、こっちで勝手に探すけど』
「はい、部屋の方は、事務所に使ってる部屋の隣が空きまして、そこがいいかなと、一応、管理してる不動産屋には、話を通して、仮押さえは頼んであります」
そう。事務所の横の部屋が、この前引っ越して行き、今は空室になっている。しかし、立地が良いマンションなので、直ぐに埋まってしまうだろうと、早急に話を付けに来たのだ。それと部屋の間取りが4LDKなので、家賃が少し、お高い。寮は無料にしたい俺としては、何とか、この3人の内の最低1人は、上手く騙して、味方に付けなくては……
そう思っていたのだが……社長が一言。
『うん、いいよ、隣なら便利だしね、何人が入る予定なの?』
あっさり決まってしまった。
「寮を希望しているのは、新しく店に来てくれた2人とルイですね、3人だと広すぎる部屋なので、ユキとも話し合って、俺達もこの際、住んじゃおうかって事に」
社長の鶴の一声で、あっさり決まってしまい、意気込んでやって来た俺は少し、拍子抜けしてしまったが、まぁ、結果認められたので良しとしよう。
『家具類とかは、お店の方で建て替えておく? こっちで先に出そうか?』
今日の社長は、何か変だな? こう言う話は普段なら、本部長か専務に任せっきりなのに、今日はやけに社長自らが。
「そうですね、建て替え出来ない事も無いんですが、出来たら会社の方で……」
『いくら? 1本で足りる?』
「はい」
そんな、やり取りを社長としていたら、専務が立ち上がり、本社に置かれてるゴツい金庫を開けて、中から資金を持ってきた。そのお金を俺の目の前に置いた。
『ちゃんと領収書と余ったお金持ってきてね、まぁ木村店長に言うまでも無い事だけど』
この会社……本当、底が知れんな……ポンと1本、100万円を出すんだから。
俺がお金を受け取り、持っていたカバンの中に入れた途端に、3人が一気に表情を、ニヤニヤさせ始めた。嫌な予感がする。俺……実は何か罠に嵌められて無いだろうか? あっさり認めてくれた事と言い、資金まであっさり出してくれた事と言い。
『社長、入れましたね? 見ました?』
『うん、見ちゃったよ、本部長、確かに入れたね』
あ~これ、罠に嵌められたわ……
「はぁ……で? 今回は何ですか?」
俺の諦めにも似た呟きに。専務が。
『木村店長もこうやって、この2人の毒牙に……犠牲者は俺だけでいいと思っていたのに』
と言う、囁きが聞こえた。俺、専務の二の舞になるのは、決定事項らしい。何でこの2人は、俺をここまで買ってくれるのか、未だに不明だ。
『木村店長のお店、と言うかまぁデリヘルなんだけど、木村店長の頑張りのおかげで、最初に予想してたよりも、売り上げがあってね、こっちの方面も、伸ばしてみてもいいかなって、会議で決まったのよ、そこで木村店長の出番な訳ね、2号店を出す事にしたから、よろしくね』
2号店を出すのはいいが、また俺なのか……
「また……俺に丸投げですか?」
『うん! また木村店長に丸投げなの』
本部長よ、そこは、こうもうちょっと言い方と言うか、あるだろう丸投げだと認めて言うなよ。
『2号店は、△○市に出したい』
社長が県内第2の都市の名前を上げた。△○市なら、十分に、お店もやっていけるだろうな。そうか、そこに俺が2号店を出すのか。
社長の言葉が終わると、突然、社長が立ち上がる、他の2人も社長に少し遅れて立ち上がり、3人で座っている俺を見てくる。
俺も3人に釣られるように立ち上がると。
社長が話をし始めた。
『知っての通り、我が社は、風俗業の運営と経営を主軸にした会社だ、そしてこの4人も承知の様に風俗業界とは、実力主義の世界だ、長く会社に勤める能無しよりも、新人の有能な方を優遇する……この度、我が社は新たに【無店舗型性風俗事業部】を新設する事になった、そこで、木村太郎君、君をこの新事業部の【部長】に抜擢する事が、役員一同全員の賛成を持ち決定した、今後も我が社の発展の為に、君の力を貸して欲しい』
え? 社長は何を言ってるんだ? デリヘルが儲かりそうなんで、店を増やすのは、まぁ当然だが、俺にその事業部の部長をやれ! って言わなかったか?
『口頭なのは、社風である!』
本部長の決め台詞と俺の部長昇進が決まった。




