緊急アラーム
驚きと戸惑いだらけだった、初めての風俗店での仕事から、気付けばあっという間に、2ヶ月が経っていた。
店長や他の男性スタッフからのフォローとアドバイスにより、ある程度の仕事は、覚えたと思う。
実際に、お客さんへの応対やプレイルームの清掃や店の清掃等は、店舗で雇っている、社員やアルバイトの人達が全てやってくれる。
俺は本当に店舗の運営と管理、後は風俗嬢のお姉さん達のフォローぐらいしか仕事をしない。してはいけない。
店の雑務に時間を割くぐらいなら、風俗嬢と上手く付き合う方法を勉強しろと言われている。
新人で未経験のマネージャーだからだろうか、風俗嬢のお姉さん達も大目に見てくれたりで、何とかかんとかトラブルも無く過ごせていると思う。
来月からは、店長とマネージャーの俺で、昼と夜それぞれに分かれて店に詰める事になるそうだ。どちらかが昼の時間帯の責任者として、もう片方は夜の時間帯の責任者として。
2ヶ月程度の期間で、もう責任者として、1人で店に勤めるって事に、驚いた。普通の会社や普通のお店なら、まだまだ研修期間ぐらいじゃないのか?
その話を聞いた時に、店長に、俺にはまだ早いのでは? そう聞いてみたのだが、店長は。
『この業界はね、どれだけ勤めたか何かまったく関係無いよ、出来るなら、出来ると判断されたなら、店に入って2日目の子でも、チーフになったり出世出来る、実力世界だから、まぁ店長とマネージャーには本社勤務にならないと、なれないけど、それも実力があれば本社から誘いが来るから』
なるほど……実力主義の世界か。大変そうだが、その分、見返りも達成感の得られそうだな、俺もどこまで行けるか分からないが、この会社で頑張って、出世とやらを目指してみるのも、悪くないかもな。こう言う仕事が本当に向いてるってのも、気付かせて貰えたし。
『あ~そうそう、マネージャー』
俺の働く会社がそうなのか、この業界がそうなのか、分からないが、役職が付いてる人は、名前じゃなく、役職で呼ばれるし、呼ぶ。俺は最初、マネージャーと呼ばれる事に、中々慣れず、呼ばれても、反応出来なかったりしたが、それも呼ばれ続ければ慣れていくもので、今では俺も、店長やチーフと言った役職の付いてる人の事を名前で呼ぶ事は無くなっていた。
『俺と一緒にって勤務が、これから無くなるから、最後に覚えておいて欲しい大事な事を今から教えるから、本当に大事な事だから、ちゃんと覚えてね』
そう言うと、事務室の店長やマネージャーが仕事をする机の隅に、赤いランプがプレイルームの数と同じだけ設置されている所に俺を連れて来る。
このランプ、ずっと気になってた。なんだろう?って、火災警報とか防犯警報とかのランプじゃなさそうだし。
『このランプ、滅多に光らないんだけど、光ったら、店にとって一大事が起きてる事を知らせるランプだから、これが光ったら……』
店長が、俺に続きを説明しようとした時に、偶然にも左から3番目のランプが点滅を始めた。
『そう、こんな感じに光ったら……っておい! 一大事だ! 木村! そこのインカムよこせ!』
普段はとても温和で優しそうな話し方をする店長の口調がガラリと変わり、俺をマネージャーと呼ばずに名前で、しかも呼び捨てにしてる事から、本当に何かヤバイ事が起きてると、俺も思った、慌てて、机の上に置いてあるインカムを店長に渡した。
俺達、男性スタッフは、全員がインカムを勤務中は、常に付けておく事を義務付けられていて、業務連絡等を全てインカムでやり取りしている。お客さんとの距離が近いだけに、お客さんに余分な事を聞かれない為。だそうだ。
『99番だ! 3号室で99番!』
何かの符丁だろう。店長は、インカムに向け、全男性スタッフに緊急事態が起こった事を知らせる。手の空いていた男性スタッフが、ワラワラと事務室に押し寄せて来た。
俺はこの時、大変な事が起こってしまったと慌てる一方で、何が起きたのか、興味しんしんだった。
『マネージャー! これ持って!』
店長から渡された物は、事務机の一番下の引き出しに入れてあった、こんな物、何に使うんだ? そう思っていた物を渡された。
金属で作られた、本物らしい持ってみるとかなり、ズシリと重さを感じる手錠だ。
他の男性スタッフは、普段は誰も使おうとしないロッカーを開けて、中から何やら棒状の物を手にする。
「それって……」
俺がその棒状の物に見当を付け聞くと。
『スタンガン、客も僕らも怪我無く処理するのに最適だから』
そう言って少し笑いながら、店舗で雇っている社員の人が教えてくれた。
そうして、俺や店長、その他スタンガンで武装した、男性スタッフは、目的の3号室を目指した。
3号室のドアを、ぶち破るようなイキオイで開ける、男性スタッフの1人。中には、当然、風俗嬢のお姉さんとお客さんが居た。
しかし、いつものような状況では無く……
部屋の隅に全裸のまま、体をバスタオルで隠している風俗嬢のお姉さんが、座っていて、お客さんはこちらも全裸のまま、ベッドの上で、何か少し怯えた感じで、オロオロと所在無さげにしている。
『お客さん、私達が来た理由分かるよね? 大人しく付いて来てくれると、こちらも手間が減るし、お客さんも痛い思いしなくて済むんだけど?』
店長が、手に持つスタンガンを、お客さんによく見えるように持ち、声を掛けた。
お客さんは、抵抗等をするつもりも無く、きっと、こんな目に合うとすら想像もしてなかったんだろう、大人しくしていた。
『マネージャー、一応、念のために手錠を掛けさせて貰って、お客さん、悪いけど暴れないと思うけど、念のためにね、協力してね、こちらもお客さんが暴れないなら、何もしないから』
俺は、全裸のままのお客さんの元に近寄り、手を後ろに回して下さい。そう、出来るだけ刺激しないように、丁寧な口調で声を掛け、お客さんの手に手錠をはめた。
その後、男性スタッフが手伝い、お客さんに自分が履いていたパンツとスボンを履いてもらい、上半身には、別のスタッフが持ってきていた、バスローブが掛けられた。
事務室に、俺達と3号室でサービスをしていた風俗嬢のお姉さん、お客さんが入ると、店長がお客さんを椅子の1つに座らせてから、俺に説明をしてきた。
『99番、これは、部屋の中でお客さんが、風俗嬢に本番の強要をした事を意味する符丁』
『そして、実際に本番行為が、ほんの少し、それこそ、1cmでも挿入されたら、風俗嬢が部屋に設置されたボタンを押すと、そこのランプが光って知らせる、これはその為のランプなんだよ』
俺は、店長の説明を、絶対に忘れないつもりで、真剣な眼差しで店長を見つめて、頷く。
『ここは、ヘルスだよね、ソープランドとは違う、法律で本番行為は絶対にしてはならないと決められている、そんな行為を黙認したり、許したりしたら、お客さん達の口コミで、あっという間に広がっちゃう【あそこの店は本番が出来る】ってね、そうなったら、すぐに警察が押し寄せて来て、摘発されちゃうから、本番行為は、どんなルール違反よりも、厳しく、そして絶対に許したりしちゃダメなんだ』
俺は、それまで実際に働いていても、こう言う業界は何処か、無法地帯、アンダーグラウンド的な物が、あるんだろうなぁと思っていた。だけど、本当は、こう言う業務だからこそ、法律を厳守して、決められたルールに沿って、真面目に店の営業をしている。下手したら、普通の企業よりも、健全でクリーンな業界なんだと、認識を改めさせられた。
その後、お客さんに事情を聞くと、最初は軽いノリだったそうだが、風俗嬢に断られている内に、バカにされているような気分になり、風俗嬢を押し倒して、無理やり挿入をした。そう言う事らしい。
そして、拘束を解かれたお客さんは、店長と俺と一緒の話し合いで、警察には通報しない。通報しないが、金銭的示談と言う形で、解決する事になった。
お客さんの顔写真を撮り、名刺を貰い、免許証をコピーさせて貰い、携帯の番号を聞き、実際に、携帯に電話を掛け繋がるか確認して、後日、本社の方から連絡が行くと言う事を伝え、お客さんを解放した。
もちろん、そのお客さんは、ブラックリストに載る事になり、2度と俺の会社が経営している、全ての店舗で、遊ぶ事の出来ない、出入り禁止処置を取ることになる。
店長には、お店にとっては、良くない事だけど、実際に体験出来てラッキーだったな。と言われた。確かに口で説明されただけで、店長も居なくて俺が1人で責任者として店に入るときに、事が起きていたら慌てるだけで、絶対に上手く処理出来る自信は無かっただろう。
緊急アラーム。
お店と、そこで働いてくれる風俗嬢を絶対に守る。
情けも容赦も甘い顔も見せてはならず、お客さんを処断する。
それが、お店も風俗嬢も他のルールを守って楽しく遊んでくれるお客さんも守る事になる。
俺は、その事を強く心に刻み付けた。