辞令と拝命
この日俺は、店に出てないきゃいけない筈の時間なのに、車を走らせていた。
昨日の閉店間際に、店長の方に連絡があり、俺に本社の方に顔を出してから、店に行くようにと指示が出されていたようだ。
本社が入るビルの駐車場に車を停めて、本社へと向かう。
本社事務所のドア前に立ち、1つ深呼吸してからドアを開けて室内へと入った。
事務所の中には、中央の応接席に、専務と本部長が座っているのが目に入った俺は。二人に挨拶をする。
「おはようございます専務、おはようございます本部長」
そう言って、頭を下げる。
二人も俺に挨拶を返してくれた後に、本部長から、ソファーに座るように言われた。俺は二人と向かい合う側のソファーに腰を下ろして、二人の事を見た。
『今日、わざわざ来て貰ったのは、ちょっと木村マネージャーに、話があったからなんだ』
そう、専務が話を切り出した。
『そうそう、この前は邪魔しちゃってごめんね、でもすごいよね、結構お店混んでたのに、ちゃんと、セットで3人ずつ、着けるんだから、田中部長も驚いてたよ』
本部長が、この前、店に遊びに来た時の事を言い出した。自分の付け回しに、3人ともが合格を出してくれたような気がして、嬉しかった。
『木村マネージャー、1つ質問だ、君のこの会社に入ってからの目標を教えてくれるかな? どこか自分に合ってる店の頂点、店長になる事だったりするかい?』
そう言って専務が俺に問い掛けてきた。
俺の目標か……専務が言うように、今の店の店長になるのは、仕事もきっと思い通りに出来るはずだ、だけど、それで俺は満足するだろうか? 俺はこの業界で働くと決めた時に、何を思った? 1つの店の店長になる事か? 違う! 俺は風俗業界と言う物の全てを知ってみたい、そう思ったはずだ。
「今の店の店長になれば、きっと自分の思い通りに店の経営が出来ると思います、おもいますが、俺の目標は、風俗業界の全てを知る事です、ですからチャンスが貰えるのであるなら、色んな業種を経験してみたいです」
俺の決意を聞いた、専務と本部長は、満足した顔を浮かべてくれた。
『木村マネージャー、今ね会社で、今までに無かったお店を、オープンさせるって予定があるんだ、3ヶ月後、そのお店の店長を君に任せたいと、俺も本部長も思ってる』
俺が今までに無かった店の店長に……
専務も本部長もそこまで、俺の事を買っていてくれてたのか。
『ただね、1つ問題と言うか……があってね、人事の関係で少し人の移動をさせなきゃいけないんだ、そして、その移動で1つ困った事が起こりそうでね、木村マネージャーに助けて貰おうかと』
本部長がそう俺に話してきた。俺が出来る事なら……
『来月の頭から、新しいお店が始まるまでの、2ヶ月間、木村マネージャーに、あるお店にヘルプとして行って欲しいんだよ』
「はい、分かりました、大丈夫です、いつでも行けます」
俺は、本部長の言葉に即答して応えた。
「それで……そのヘルプに行く店は、ヘルスですか? キャバクラですか?」
俺にヘルプとしての役目が回るって事は、経験のある、ヘルスかキャバクラだろうと思い、聞いてみた。
『君にヘルプとして行って貰いたいお店は、セクキャバだよ、セクシーキャバクラ』
セクキャバか……キャバクラに似て非なる物。これはこれで楽しみだな。俺は、新しい事への挑戦に胸を踊らせる。
しかも、ヘルプ期間が終われば、そのまま会社としても初の試みとなる新店舗の店長になるんだ。何だかワクワクしてくるな。
「分かりました」
ハッキリとそう答えた。次の瞬間に、専務と本部長がソファーから立ち上がる、俺も慌てて二人に習い、席を立ち、二人と向かい合った。
『辞令! 木村太郎、今月いっぱいで現在の店舗での従事を止め、来月頭から本社の指定する店舗にて、2ヶ月間の従事を命ずる、また3ヶ月後より、本社が出店する店舗での、店長として従事する事も同時に命ずる、発令者、川原誠、専務取締役』
「謹んで、拝命いたします!」
『口頭なのは、社風って事で』
本部長の言葉に、3人とも同時に吹き出してしまった。
そして、本社でのやり取りを終えた俺は、一路、お店へと向かう。
お店に着いてすぐに店長と大村マネージャーのところに向かった。
二人は既に聞いていたようで、俺の出した答えが何かを聞いてきた。
「店長と大村マネージャーには、お世話になりました、俺はもっと風俗業界と言う物を知る為に、このお店から巣立とうと思います」
そう答えた。二人は俺の決断を受け入れ、自分の事のように喜んでくれた。
『あっそうそう、混乱を避ける為に、この事はギリギリまで、3人だけの秘密でね』
店長の言葉に、俺と大村マネージャーが頷いた。
色々と悩みましたが、第2章キャバクラ編を収束に向かわせる事にしました。
作者本人も、実際は色んな店舗を回りましたが、結果キャバクラと言う業種を選び、一番長く勤めていました。
まだまだ、キャバクラと言う業種の事を、読者のみなさんには、伝えきれてませんが、この作品を書くに当たり、初めに思った【あまり知る人の少ない風俗業界の事を知って貰おう】と言うコンセプトに基づき、キャバクラ業界の事だけを、書き続けるのは、最初に決めたコンセプトに反している。と言う判断の元に、悩みましたが決めました。
キャバクラ編を楽しみに読んでいた読者の方には、申し訳無いですが、近い内に、第2章は、終わり、第3章がスタートします。
第3章になっても、引き続き、この作品を読んでくれる事を信じています。




