店長と面談
「キャバ嬢達の掌握か……」
俺は今、キャバクラに転勤する前に勤めていた、ファションヘルスに在籍しているヘルス嬢のユキと借りている、二人だけの部屋のリビングに置かれているソファーに座りタバコを、くゆらせながら、昨日の出来事を思い出している。
そこに、缶ビールとコップを2つ手に持ったユキが、キッチンの方からリビングに入ってきて、俺の隣に座った。
俺は、差し出されたコップの1つを手に取ると、そのコップに缶ビールの中身を、注がれた。
『太郎ちゃん、お店で何かあったの? いつになく真剣な顔で考え事してたみたいだけど?』
俺は、彼女のユキが手に持ったままの、缶ビールを自分の手に取り、彼女のコップに、缶ビールの中身を注いでやる。
「昨日さ、店長と話し合いと言うか、面談みたい物をしたんだよ、その時に店長に言われた事を、考えてたんだ……」
その日、いつもの時間に開店前の店へと入った、既に店長と大村マネージャーは来ており、いつものように、二人と挨拶を交わし、開店前にするべき仕事に、取り掛かろうとしていた時、店長に呼び止められた。
『木村マネ、今日、お店が終わってから、少し時間取って貰えるかな? ちょっと一緒に久し振りにメシでも食いに行かない?』
そう言われた俺は、今日は特に閉店後に、行う講習会も無い事から、二つ返事で、店長に了承の意を伝えた。
そして、普段とさして代わり映えの無い普通の営業時間が過ぎた……
『マネージャー! ご飯食べに行こうよ!』
最近、特に俺になついてくれている、ルイが閉店直後に俺をご飯に誘ってきた。
「あ~ごめんなルイ、ちょっと先約があるんだよ」
『そうなんだ……アカネちゃん?』
そんなやり取りを、ルイとしているところに店長が、やって来て。
『ルイ悪いねぇ、ルイが大好きな、木村マネージャーは、今日はこれから僕と楽しいデートに行くんだよ』
『な~んだ、店長と約束してたんだね、それじゃ私も付いて行くなんて事も言えないし、今日は大人しく帰ろうかなぁ~』
そう言って、ルイは更衣室の方へと歩いて行った。
『木村マネ、もう行ける?』
「あっはい、大丈夫です、もう出れます」
そんな、やり取りの後、二人で近くに居た男性スタッフに、先に店を出る事を告げてから、店長と二人、店を後にした。
そのまま、二人で店から歩いて数分のところにある、深夜遅くまで営業をしている、ラーメンチェーンの店に入った。
『最近はどうかな? 何かトラブルに合ってたり、何か悩んでるような事ある?』
席に座り、二人とも注文を終えると、おしぼりで手を拭きながら店長が俺に、そう訪ねてきた。
「そうですねぇ……特に店長の手を煩わすような事には、お陰さまで合ってないですね、むしろ、順調です」
『昨日ね、エリカが僕に言ってきたよ、木村マネに伝えて欲しいって』
「何をですか?」
『エリカは、たった一言【負けました】そう伝えて下さいって』
負けた? どういう事だろう? 別にエリカと何か勝負をしていたり、競っていたりした覚えが、まったく無いのだが……
『最近、付け回し、楽でしょ? 付け回しに慣れてきだした頃と比べて』
そう店長に言われたので、ここ最近の付け回しの状況と、慣れてきだした頃の事を、頭の中で比較してみた。
『そう言えば……最近は、キャバ嬢達に、文句を言われなくなったなぁ……って今、思ったでしょ?』
俺は、驚いた、正に今、店長が言った通りの事が頭の中に浮かび、店長が言った通りの事を、店長に言おうとしていたからだ。
『キャバ嬢達に、ちょっと前までは、付け回ししてる際に文句たくさん言われたんじゃない? 例えば……』
【もっとフリーのお客さんに着けろ】
【もっとフリーのお客さんに着ける回数を減らせ】
【本指名のお客さんの席に着いてる時間を伸ばせ】
【誰々を私のヘルプに使うな】
【誰々をヘルプに使え】
【私の本指名が連れてきたフリーに誰々は着けるな】
【私の本指名のフリーには誰々を必ず着けろ】
【何で私が誰々のヘルプに着かなきゃダメなのよ】
『とか……挙げていったらキリの無いぐらいに』
そう言って、店長は俺に向かい苦笑いを浮かべたので、俺も店長が挙げた事をキャバ嬢に言われました。と言う意味を込めて、店長に苦笑いで返した。
『女の子達って基本的に群れたがるでしょ? それは別に悪い事じゃないよね、群れる事で団結力が高まって、良い相乗効果を生む事だってたくさんあるしね』
「そうですね、俺もそう思います」
そう答えた後に、店長は、俺にこんな話をしてきた。
少し前まで、店には、大まかに分けて3つのキャバ嬢の派閥があった。
1つ目の派閥は、No.1のエリカが派閥の長を勤める派閥。
2つ目の派閥は、アカネが派閥の長を勤める派閥。
3つ目はルイを中心とした、どこの派閥にも属していない中立派
この3つの派閥が、店の中に、キャバ嬢達の間に存在していた。
そして、その派閥の形と言うか、バランスは今崩れようとしていて、新しい形に生まれ変わろうとしている。
俺と言う存在が現れた事によって……
『幹部は、全員がキャバ嬢達を、ある程度は掌握しないとダメなんだよ、そうしないと円滑に、お店にとって良い方向に持って行けないからね、自分の思い通りに動いてくれる、キャバ嬢は多ければ多い程良い、分かるかな?』
確かに……俺達幹部は、お店の利益と言う物を、大前提にして動く。キャバ嬢達が自分の利益の為に頑張るのと違って。
お店の利益を優先させようとした時に、キャバ嬢達と、ぶつかる事だってあるだろう、自分の利益を第1に考えるキャバ嬢に、店の利益の為と言って、キャバ嬢の利益にならない事だって、させる時があるからだ。
きっと、店長がさっき挙げた、キャバ嬢達の文句ってヤツも、お店の利益とキャバ嬢個人の利益が、上手く噛み合わなかった時に、出てくるんだろう。
『そこで、僕達幹部は、お店の利益、まぁ正直に言おうか、自分の出世の為に、キャバ嬢をある程度の数、掌握して、思い通りに動かす必要が出てくる訳だね、これは必ずと言っていい』
店長は今、とても大事な話を俺に聞かせようとしている。そう感じ取った俺は、黙って頷き、店長に先を話して下さいと促した。
『そのキャバ嬢達の掌握には、昔から2つの、やり方がある、そして、これ以外のやり方が、生まれた事はあるだろうが、今も残ってない事から、この昔からある2つの方法がベストなんだろう』
『どちらの方法も、群れを作りだがる女の子の習性と言うか本能と言うか、それを利用するんだ、だから、狙う対象は、派閥の長になる』
俺は、テーブルに置かれた、水の入ったコップを手に取り、一気に水を飲み干し、喉を潤した、何か喋っていた訳でも無いのに、喉がカラカラになっていたから。
『1つ目の方法は、木村マネージャーが意識をまったくしないで、気付かずに、行った方法【キャバ嬢の信頼を勝ち取る】これは、リスクが無い、無い代わりに、成功する事が非常に難しい』
『2つ目の方法は……1つ目の方法で、キャバ嬢達の信頼を得た、木村マネージャーが、今更行う必要は無い、むしろ逆効果になって、今より悪くなるだろう、だから絶対にこの今から話す方法を、何があっても実行に移さないで欲しい、これは、僕からの木村マネージャーへのお願いだ』
店長が、俺に絶対にやるな! とお願いしてまで止める方法……
『2つ目の方法は……キャバ嬢が女性であり、幹部が男性であると言う事実を利用するんだ、要するに、惚れさせて、利用するって方法だな、恋人の頼みだから、好きな人が困っているから、恋人に出世して欲しいから、そんな女性が思う気持ちを利用する』
なるほど……俺がそれを選択して実行に移す事は、俺自身が許せないと思うが、店長の言う通り非常に有効な手段ではあるな……
『この方法は、リスクが大きすぎる代わりに、難易度が低い、そしてリスクの方に天秤が傾くと、もう止まらない、幹部とキャバ嬢の関係は悪くなる一方になってしまう、だから僕は、この方法が嫌いだ、僕も選ばないし、僕の部下達にも選んで欲しくは無いと思ってる』
確かに店長の言う通りだ。恋愛感情を利用している以上、その恋愛感情が悪い方に向けば、効果は一気に逆側に、天秤が傾く。
『ただ、木村マネージャーが、風俗業界で仕事をするなら、知ってなきゃいけない事だったから、あえて取る必要の無い方法の事も話した、信頼を勝ち取る事が出来ない幹部は、この方法を取るしか無くなる、そして、その方法を取るしか無くなった幹部を、木村マネージャーがいつか、部下として持つかも知れない……その時に、その部下を良い方向に向かわせる為には、実情を知ってなきゃいけないから、今話したんだ』
本当に店長も、この2つ目の方法が嫌いなんだろう。苦渋に満ちた顔を俺に向けている、きっと……本当は話をする事すら嫌だったんだろう、でも俺の為に、俺がきっといつか、その方法を選ぶしか無い幹部に出会った時の為に、嫌な気持ちを我慢して、話してくれたんだろう……それならば、俺が取るべき選択は1つだ。
「店長、話してくれて、本当に本当にありがとうございました、約束します! 俺は店長が嫌っている方法を絶対に使わない事を」
俺の決意の言葉を聞いた店長は、とても嬉しかったのか、笑顔を向けている。
『それじゃ、話が少し脱線してしまったが、続きを話そうか……僕が教えるまでも無く、木村マネージャーは、自分だけの力で、アカネが長を勤めてる派閥の信頼を得た、そして、木村マネージャーの指導に従いアカネ達は結果を残していく、これはもちろんアカネ達の努力の賜物だろう、だけど木村マネージャーが居たからこそ、起こった結果でもある』
店長の話に耳を傾け続ける……
『そして、結果を残したアカネ達を通して木村マネージャーが、出来る幹部、そう周りが見る、そうしてルイが木村マネージャーに心頭していった、その結果今までどの派閥にも属して無かった、中立派のキャバ嬢達も続々と、アカネの派閥に組み込まれて行く』
『今、うちの店には、木村マネージャーの指導の元に結果をちゃんと出したアカネが率いる最大派閥と、前からあるエリカが率いる派閥の2つの派閥が存在している、木村マネージャーと言う存在が、3つあった派閥の内、2つを合体させて、1つの大きな派閥に変えたんだ』
何の打算も無いままに、ヤル気を見せてくれた、アカネ達の為に! そう思いやって来た事がこのような結果を生んだのか。
『そして、昨日、エリカは、これからは木村マネージャーの思う意向に沿って動きます、と言う敗北宣言を僕にしてきた、今、この店の全てのキャバ嬢は、木村マネージャーの元に集まった……おめでとう、一番難しい事をクリアさせたな、これからは、本当に、木村マネージャーが思い描く店の理想通りに、店が動いて行くぞ、キャバ嬢全員が木村マネージャーの為なら、そう思い動くんだから……』
「と言う話を、昨日店長としたんだよ」
最後まで口を挟まず、黙って聞いていたユキが。
『そっか……私もね、風俗業界で働いてるから、分かるよ、それがどれだけ難しくて、どれだけ必要な事なのか、それが出来なくて、辞めて行った男性スタッフの人達とかも目にしてきたから……おめでとう、太郎ちゃん』
そう言ってユキは、俺に祝福のキスをしてくれた。
少しアルコール臭いキスだった……